第76回 「実家を売れば3,000万円控除」は本当?

――司法書士が見た、特例の前でつまずくケース

こんにちは。つくば市の司法書士事務所TOKITO、代表司法書士の時任です。

親御さんが亡くなり、誰も住まなくなった実家をどうするか。売却を考えたとき、「相続した家を売るなら3,000万円まで税金がかからない特例がある」という話を耳にされた方も多いと思います。

確かにそのような特例はあります。ただ、相続のご相談を受けていると、特例の話にたどり着く前の段階でつまずいてしまうケースを少なからず見かけます。今回は、8月末に公表された令和9年度の税制改正要望の内容も交えながら、相続した実家を売る前に確認しておきたいことをお話しします。

茨城県でも空き家は増えています

総務省の令和5年住宅・土地統計調査によると、茨城県内の住宅約139万戸のうち、空き家は196,200戸。空き家率は14.1%で、全国平均の13.8%を上回っています。

特に気になるのが、賃貸用や売却用ではない、いわゆる「使い道の決まっていない空き家」です。管理されずに放置される可能性が高いこの種の空き家は、県内でこの10年に約1.4倍(6.7万戸→9.3万戸)に増えました。

そして、空き家を取得したきっかけで最も多いのが「相続」です。国土交通省の調査(令和6年空き家所有者実態調査)では58%を占めています。空き家の問題は、多くの場合、相続の問題でもあるのです。

相続した空き家を売ったときの「3,000万円特別控除」とは

正式には「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」といいます。亡くなった方が住んでいた家やその敷地を相続した人が、一定の要件を満たして売却した場合、売却で得た利益(譲渡所得)から最高3,000万円を差し引くことができる制度です。

主な要件は次のとおりです。

  • ✔ 亡くなった方が住んでいた家と、その敷地を相続した人が売ること
  • ✔ 家が昭和56年5月31日以前に建てられたものであること
  • ✔ 相続の直前に、亡くなった方以外に住んでいた人がいないこと
  • ✔ 相続してから売るまで、貸したり、自分で住んだりしていないこと
  • ✔ 耐震基準を満たした状態で売るか、建物を取り壊して売ること(令和6年以降は、売却した年の翌年2月15日までに買主側で耐震改修や取壊しをする場合も対象)
  • ✔ 売却代金が1億円以下であること
  • ✔ 親子や夫婦など、特別な関係にある人に売るのではないこと

このほか、家と敷地を相続した相続人が3人以上いる場合、控除額は2,000万円までとなります(令和6年1月1日以後の売却)。また、亡くなった方が老人ホーム等に入所していた場合でも、一定の要件を満たせば対象になります。

手続きとしては、売った物件のある市区町村から「被相続人居住用家屋等確認書」の交付を受け、確定申告をする必要があります。

なお、特例が使えるかどうかの最終的な判断は税務の領域です。当事務所では、個別のケースについては連携する税理士と一緒に確認するようにしています。

いつまでに売ればいいのか

期限は「相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで」です。少し分かりにくいので例を挙げます。

たとえば2024年5月に親御さんが亡くなった場合、3年を経過するのは2027年5月。その年の12月31日、つまり2027年12月31日が売却の期限です。

もう一点、見落としやすいのが特例そのものの期限です。この特例は現行制度では令和9年(2027年)12月31日までの売却が対象とされています。たとえば2025年に相続した方の場合、本来の「3年」の期限は2028年末ですが、制度が延長されなければ、実際に使えるのは2027年末までということになります。

「3年あるからゆっくりでいい」とは限らない、ということです。

⚠ ご夫婦で住んでいた家は、この特例の対象外です

意外に知られていないのが、「相続の直前に、亡くなった方以外に住んでいた人がいないこと」という要件です。つまり、この特例が想定しているのは、一人暮らしだった親御さんの家(施設に入る前に一人で住んでいた家を含みます)です。

お父様が亡くなったとき、お母様が一緒に住んでいた――このようなご家庭は多いと思いますが、その場合は「相続した実家だから3,000万円控除」とはなりません。

以前、こんな事例がありました。

お父様が亡くなり、相続人はお母様とお子さんお一人。ご両親が暮らしていた実家は、お父様が亡くなったことをきっかけに売却し、お母様はお子さんと同居されることになりました。

私は、相続登記、遺産分割協議から売却時の登記まで、一連の手続きをお手伝いしました。意識したのは、売却の時期から逆算して相続登記を急ぐことと、相続人の間で売却の方針を先にまとめておくことです。売ると決めてから名義を変えるのでは、買い手が見つかったときに手続きが間に合わないことがあるからです。

このケースのように、亡くなった方と一緒に住んでいたご家族が実家を売る場合は、空き家の特例ではなく、住んでいた方ご自身の「マイホームを売ったときの特例」が検討の対象になります。ここで大事なのは、遺産分割で誰が実家を取得するかによって、検討できる特例が変わりうるという点です。

売却まで見据えているのであれば、遺産分割協議の内容を固める前の段階で、税理士に一度確認しておくことをおすすめします。

売る前に「名義」を確認してください

特例以前の問題として、司法書士の立場から必ずお伝えしているのが名義の確認です。不動産の名義が亡くなった方のままでは、売却することができません。

当たり前のように聞こえますが、実際には思わぬところで止まることがあります。

以前ご相談をいただいたケースです。ご主人が亡くなり、奥様がご自宅の土地を相続されました。土地の相続登記はすぐに済んだのですが、問題はその上に建つ古い家でした。登記簿を確認すると、建物の名義は30年前に亡くなったご親戚のまま。その方は長く施設で暮らされ、家はずっと空き家になっていました。

相続人をたどると何代にもわたる相続(数次相続)が発生しており、最終的には奥様が一度も会ったことのない遠縁の方々が建物の権利を持っている状態でした。建物を取り壊すにも、土地を売るにも、建物の所有者の同意が欠かせません。

戸籍から相続人の方々を特定し、私から事情をご説明する手紙をお送りして、お一人ずつご理解をいただきました。突然、面識のない親戚の家のことで手紙が届くわけですから、受け取る側の戸惑いも当然です。経緯を丁寧にお伝えすることを何より大切にしました。

最終的に、建物の権利を奥様に集約することができ、古家付きのまま買い手が見つかったため、土地と建物をまとめて売却することができました。

このように、土地と建物で名義が違う、何十年も前の方の名義のまま、といったケースは決して珍しくありません。そして、相続人の中に疎遠な方や連絡先の分からない方がいる場合、名義の整理だけで数か月単位の時間がかかることもあります。

また、3,000万円の特例を受ける際の確定申告でも、売った人が相続によって取得したことを登記事項証明書などで明らかにする必要があります。相続登記は、売却の前提であると同時に、特例を受けるための前提でもあるのです。

なお、2024年4月1日より前に発生した相続については、相続登記の期限が2027年3月31日です(詳しくは第75回で解説しています)。売却を考えているかどうかにかかわらず、まずは名義の確認から始めていただければと思います。

令和9年度税制改正要望で求められていること

2026年8月28日、国土交通省が令和9年度の税制改正要望を公表しました。その中に、この空き家の特例について次の内容が盛り込まれています。

①期間の延長
令和10年1月1日から令和13年12月31日まで、4年間延長する
②築年要件の緩和
現在の「昭和56年5月31日以前に建築された家屋」という要件を緩和する
③民事信託への対象拡大
「相続・遺贈と同視し得る民事信託契約の終了に伴い家屋・敷地等を取得した場合」を対象に加える

要望資料では、制度ができて10年が経ち、新耐震基準を満たすような比較的新しい家でも傷みが進んでいるものが増えていることが背景として挙げられています。築年要件が緩和されれば、これまで対象外だった家も対象になる可能性があります。

家族信託を検討している方へ

私が特に注目したのは③です。国土交通省は要望の背景として、「相続後に空き家が放置されないためには、民事信託の活用など、相続前の準備を進めておくことも重要」と述べています。国の資料で、家族信託(民事信託)が空き家対策の手段として名指しされているわけです。

一方で、要望として対象への追加が求められているということは、裏を返せば、現時点では家族信託を経由して実家を取得した場合の扱いが明確ではないということでもあります。

家族信託を設計する際には、「信託が終わったとき、実家を誰が取得し、どうするのか」まで決めておくことが大切です。今後の税制の動きも踏まえながら、信託の出口まで含めて考えておくことで、相続後に家が宙に浮くことを防ぎやすくなります。

まだ「要望」の段階です

ここまでご紹介した改正内容は、あくまで国土交通省からの要望です。実際に改正されるかどうか、どのような内容になるかは、例年12月に取りまとめられる税制改正大綱を経て決まります。

「延長されるだろうから」と先送りにするのではなく、まずは現行の期限(令和9年12月31日)を前提に段取りを考えておくことをおすすめします。

まとめ

相続した実家の売却で3,000万円の特例が使えるかどうかは、税金の話です。ただ、その手前には、

  • ✔ 不動産の名義が誰になっているか
  • ✔ 相続人全員と連絡が取れるか、売却の方針がまとまっているか
  • ✔ 遺産分割で誰が実家を取得するか

といった、相続手続きの段階で決まってしまうことがたくさんあります。特例の期限から逆算すると、思っているほど時間の余裕はありません。

「名義がどうなっているか分からない」「長く連絡を取っていない相続人がいる」「何から手を付けていいか分からない」という段階でも構いません。早めにご相談いただくほど、取れる選択肢は多くなります。

相続した実家のこと、まずはご相談ください

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司法書士事務所TOKITO 代表司法書士 時任 裕