第72回 「一度始めたらやめられない」後見は終わります

「父の預金が下ろせなくなった」「母名義の実家を売りたいのに、話ができない」

相続のご相談をお受けしていると、こうしたお話を伺うことがあります。解決の手段として案内されるのが成年後見制度なのですが、説明を進めると、多くの方が同じところで手を止めます。「一度始めたら、亡くなるまでやめられないんですよね?」と。

その仕組みが、2026年6月の法改正で変わりました。ただ、この改正には「まだ使えない」という大きな注意点があります。今回はそこを中心にお話しします。

1. 2026年6月、成年後見制度の改正法が成立しました

令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が参議院本会議で可決・成立し、同月24日に公布されました。あわせて関係法律の整備法(令和8年法律第46号)も成立しています。

成年後見制度は2000年に始まった制度です。介護保険と同じ年のスタートでした。私がこの仕事を始めたのはその5年後ですので、司法書士としてのキャリアのほぼ全期間、この制度と付き合ってきたことになります。四半世紀を経て、はじめての抜本的な改正です。

法務省は改正の背景として、高齢化の進展や単独世帯の増加といった家族のあり方の変化により、成年後見制度・遺言制度へのニーズが増加し、多様化していることを挙げています。

2. これまでの成年後見制度は、なぜ「使いにくい」と言われてきたのか

現行の制度は、ご本人の判断能力の程度によって「後見」「保佐」「補助」の3つに分かれています。もっとも判断能力が低下している方が「後見」で、選ばれた成年後見人が包括的な代理権と取消権を持ちます。

ここに、二つの難点がありました。

ひとつは、必要のない範囲まで任せることになる点です。たとえば「遺産分割協議をするため」という理由で後見を申し立てたとします。ところが後見が始まると、遺産分割だけでなく、日々の預金の出し入れから契約ごとまで、財産に関わることが広く後見人の権限に入ります。法務省の資料でも、利用の動機と比べて自己決定が必要以上に制限される、という点が課題として明記されています。

もうひとつは、やめられない点です。現行法では、判断能力が回復しない限り制度の利用を終えることができません。実家の売却が終わっても、遺産分割が済んでも、後見は続きます。当然、後見人への報酬もご本人の財産から支払われ続けます。

最高裁判所が公表している「成年後見関係事件の概況」によれば、令和7年12月末時点の利用者数は259,901人です。認知症の方の数を考えれば、決して多い数字ではありません。制度が知られていないというより、知ったうえで「それなら使わない」と判断されてきた面があると、私は受け止めています。

3. 何がどう変わるのか

今回の改正で、制度の骨格が次のように変わります。

項目改正後の内容
① 3類型の一元化「後見」と「保佐」を廃止し、「補助」に一元化します。特定の行為について個別に権限を付与する仕組みが基本になります。
② 必要な範囲だけたとえば遺産分割の代理権だけを補助人に与える、といった設計が可能になります。権限を付与するには、原則としてご本人の同意が必要です。
③ 終了できるように判断能力が回復していない場合でも、制度利用の必要がなくなったと家庭裁判所が認めるときは、申立てまたは職権によって終了できます。
④ 交代しやすく解任事由に「本人の利益のために特に必要があるとき」が加わります。横領などの不正がなくても、たとえば補助人がご本人と面談しないといった場合に交代を求められます。
⑤ 本人の意見を最優先に家庭裁判所が補助人を選ぶ際に考慮すべき要素の冒頭に「本人の意見」が置かれます。補助人にはご本人の意向を把握する義務も明文化されました。
⑥ 任意後見も柔軟に家庭裁判所が明らかに監督の必要がないと認めるときは、任意後見監督人を選任せず、家庭裁判所が直接監督することが可能になります。

あわせて遺言制度も見直されました。押印が任意になるほか、パソコン等で作成した遺言のデータを法務局に提供し、法務局が保管する「保管証書遺言」が新設されます。こちらは別の回で改めて取り上げます。

4. 「では、改正を待てばいいのでは?」──ここが今回いちばんお伝えしたいところです

ニュースをご覧になった方から、すでに何度か同じ質問をいただいています。「新しい制度のほうが良さそうだから、それまで待ちます」。

お気持ちはよく分かります。ただ、ここで施行日を確認していただきたいのです。

成年後見制度の見直しに関する部分の施行日は、公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされています。公布日が令和8年6月24日ですから、遅くとも令和10年(2028年)12月24日までに施行される、ということになります。政令で定める日ですので、それより早まる可能性はありますが、家庭裁判所のシステム改修や運用ルールの整備が必要ですから、相応の準備期間がかかると見ておくべきでしょう。

つまり、これから2年ほどは、これまでどおりの制度が動き続けます。今日申し立てをすれば、今日の制度が適用されます。「後見・保佐は廃止された」という報道の見出しだけを見て、もう変わったと思い込んでしまうと、判断を誤ります。

なお、改正法には経過措置が置かれています。施行日の時点ですでに後見や保佐を利用している方は、基本的に現行法の内容のまま利用を継続できます。新制度に移りたい場合は、改正後の補助の制度について申立てをすることになり、その際に現在の後見・保佐開始の審判は取り消されます。利用そのものを終えたい場合の申立ての道も用意されています。

5. 待てるご家族と、待てないご家族

ここが分かれ道です。判断の軸は「改正がいつか」ではなく、ご本人の判断能力が今どの状態かです。

すでに判断能力が低下している場合

  • 入院費や施設費の支払いのために預金を動かす必要があるなら、待つという選択肢はありません。
  • 相続が発生していて、相続人の中に判断能力が低下した方がいる場合、遺産分割協議はその方を抜きに進められません。
  • この段階では、任意後見契約も家族信託も締結できません。契約には判断能力が必要だからです。

まだお元気な場合

  • 選択肢が最も広い状態です。任意後見、家族信託、遺言を組み合わせて設計できます。
  • 「まだ大丈夫」と思っているうちが、実は唯一の準備期間です。

最高裁の統計で、申立ての動機を見ると特徴がはっきり出ています。もっとも多いのが預貯金等の管理・解約で全体の約93.4%、次いで身上保護が約74.2%、不動産の処分が約36.3%、相続手続が約25.6%です(令和7年、複数計上)。どれも「もう動かなければならなくなってから」の動機です。備えとして申し立てる方は、ほとんどいらっしゃいません。

茨城県のデータも見ておきます。水戸家庭裁判所管内の集計は578件で、そのうち市区町村長による申立てが176件、約30.4%を占めています。全国平均は約23.7%ですから、これを上回る水準です。ご親族が申立てをできない、あるいは申立てをする方が身近にいない、という事情を抱えたケースが、この地域では相対的に多いことがうかがえます。

6. お元気なうちだからできる備え

改正を待つのではなく、今できることを整理しておきます。

任意後見契約は、判断能力があるうちに「将来こうなったら、この人に、この範囲で任せる」と自分で決めておく契約です。家庭裁判所が選ぶのではなく、ご自身で相手と内容を決められる点が最大の違いです。今回の改正では、家庭裁判所が明らかに監督の必要がないと認めるときは任意後見監督人を選任せず家庭裁判所が直接監督できる仕組みや、ご本人が公正証書で指定した方も契約を発効させる申立てをできる仕組みが設けられました。使いやすくする方向の見直しです。

ただ、任意後見の利用者数は令和7年12月末時点で2,833人にとどまっています。全体の259,901人と比べると、ごくわずかです。国会の附帯決議でも、任意後見制度の利用が低調である要因の把握と分析、利用促進が求められました。裏を返せば、備えとして先に手を打っている方はまだ少ない、ということでもあります。

家族信託は、財産の管理や承継の方法を契約で設計しておく仕組みです。家庭裁判所の関与なく、ご家族の判断で不動産の管理や売却を進められる点が実務上の利点です。参議院法務委員会の附帯決議でも、成年後見制度の利用前または利用と同時に備えることのできる将来設計として、福祉型信託の環境整備を進めることが挙げられています。

遺言は、遺す側の意思をはっきりさせておく方法です。相続人が集まって話し合う必要そのものを減らせます。

どれかひとつが正解ということはありません。ご家族の構成、財産の中身、そしてご本人の希望によって、組み合わせ方は変わります。

7. 相続が始まってから気づく方が、いちばん多いのが実情です

私どもにご相談をいただくきっかけで多いのが、相続手続きが途中で止まってしまったというものです。

よくあるのは、こういう流れです。父が亡くなり、相続人は母と子ども2人。実家の名義変更をしようと手続きを進めたところ、母の判断能力が低下していて遺産分割協議ができないと分かる。金融機関でも同じことを言われる。そこではじめて、成年後見制度という言葉が出てくる。

この段階では、もう選べる手はかなり限られています。制度を利用するしかない、という状況です。

これは「争い」ではありません。誰も揉めていないのに、手続きだけが進まなくなる。ここが成年後見の問題の本質だと、私は思っています。相続人同士が本気で争っている案件は弁護士の領域ですが、こうした「止まってしまった手続き」や、相続人の間の意見の調整は、司法書士がお手伝いできる範囲です。

そして、この止まり方の多くは、生前に手を打っておけば起きなかったものです。

⚠ 今すでに申立てを検討されている方へ

「改正されるなら待とう」という判断は、状況によっては取り返しのつかない結果につながります。

施行は早くても2年近く先です。その間に施設費の支払いが滞る、空き家になった実家の管理ができない、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月)が迫る、といった事態は待ってくれません。

逆に、急ぐ事情がなく、ご本人の状態も安定しているのであれば、あえて今すぐ動かないという判断もあり得ます。どちらが良いかは、ご事情を伺わなければ判断できません。迷われたら、動く前に一度ご相談ください。

おわりに

今回の改正は、成年後見制度を「守られる制度」から「必要な分だけ選んで使う制度」へ変えるものです。方向としては、ご本人にとって良い改正だと考えています。

ただ、制度が良くなることと、ご自身のご家族が困らないことは別の話です。制度が変わるまでの2年間にも、ご家族の状況は動きます。

成年後見について当事務所が後見人としての実績を数多く持っているわけではありません。そこは正直に申し上げます。私どもがお役に立てるのは、ご事情を詳しく伺ったうえで、後見・任意後見・家族信託・遺言のどれをどう組み合わせるのが最善かを一緒に考え、必要な手続きと登記まで一貫して形にすることです。

「うちはまだ早い」と思われるうちが、いちばん選択肢の多い時期です。

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【出典】法務省民事局「『民法等の一部を改正する法律』(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」/法務省民事局「成年後見制度に関する制度改正の状況について」(令和8年7月)/最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況──令和7年1月〜12月──」
※本記事は令和8年(2026年)9月時点の情報に基づいています。施行期日は今後政令で定められます。個別の事案については必ず専門家にご相談ください。