デジタル遺言が成立しました。でも、今日から使えるわけではありません
この記事の要点
- 「デジタル遺言」の正式名称は保管証書遺言。2026年6月に法律は成立しています
- ただし施行日はまだ決まっておらず、最長で2029年6月24日までのどこかです
- 一方、公正証書遺言の手続きのデジタル化は2025年10月にすでに始まっています
「スマホで遺言が作れるようになるそうですね」
この夏、ご相談の途中でこの話題が出ることが何度かありました。ニュースをご覧になった方が多いようです。おっしゃるとおり、今年の6月に法律が成立しています。報道の内容そのものは間違っていません。
気になっているのは、そのあとに続く言葉のほうです。
「じゃあ、それができてから遺言を作ろうかな」
今回はこの一言について書きます。改正そのものは良い方向へ進んでいると思っています。手書きが負担だという声に応える内容ですし、私も歓迎しています。ただ、「それができてから」というのが、いつのことなのか。今日はそこを確かめていこうと思います。
1.何が決まったのか
令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同月24日に公布されました(令和8年法律第45号)。報道で「デジタル遺言」と呼ばれているものの正式な名前は、保管証書遺言といいます。
法務省が公表している資料によると、おおよそ次のような制度です。
- ✓パソコンなどを使って遺言を作成できる(手書きでなくてよい)
- ✓署名、またはそれに代わる措置(電子署名が想定されています)が必要
- ✓作成したデータ、またはそれを印刷したものを法務局に提供して、保管を申請する
- ✓保管の申請はオンラインでもできる
- ✓遺言書保管官が相当と認めるときは、ウェブ会議を利用した手続きもできる
- ✓遺言者本人が、遺言の全文を口述する
- ✓法務局が保管するので、紛失や改ざんを防げる
- ✓相続が始まったあと、家庭裁判所の検認は不要
あわせて、遺言書への押印も任意になります。自筆証書遺言、秘密証書遺言、特別の方式の遺言、いずれも押印が要件から外れます。加除訂正のときの押印も同じです。
ここまでは、報道されているとおりです。
「スマホで書いて終わり」ではありません
法務局への保管の申請が必要で、しかも遺言者ご本人が遺言の全文を口述することが要件になっています。言い換えると、文章を作る部分が楽になる制度であって、手続きが消えてなくなるわけではない、ということです。
2.ただ、いつから使えるかは、まだ決まっていません
ここが今回の本題です。
この法律は「公布の日から○年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」という形をとっています。そして、改正の中身によって、その期限が違います。
| 改正の内容 | 施行の期限 |
|---|---|
| ①押印の任意化、証人の欠格事由の見直しなど | 公布から1年以内 2027年6月24日まで |
| ②成年後見制度の見直し | 公布から2年6月以内 2028年12月24日まで |
| ③保管証書遺言の創設など | 公布から3年以内 2029年6月24日まで |
保管証書遺言は③です。法務局のシステム改修が必要なので、一番あとのグループに入っています。
そしてもうひとつ、見落とされやすい点があります。これは「2029年6月24日から始まる」という意味ではありません。「2029年6月24日までのどこかで、政令が定めた日から始まる」という意味です。その政令は、まだ出ていません。
つまり今の時点では、開始日そのものが存在していないのです。2年後かもしれませんし、3年近くかかるかもしれません。「いつから使えますよ」と申し上げられる人は、現時点ではどこにもいません。
3.その数年のあいだに、何が起きるか
開始日が決まっていないということは、「待つ」というのは、終わりの見えないまま待つということでもあります。その数年をどう考えるか。ここで、遺言について最も大切なことを申し上げます。
遺言は、いつまでも作れる訳ではありません。
遺言をするには遺言能力が必要です(民法963条)。判断能力が十分でなくなってからでは、自筆証書遺言も、公正証書遺言も、そして保管証書遺言も、同じように作れません。新しい制度ができても、この前提は変わりません。
この仕事を21年続けてきて、いちばん申し訳ない気持ちになるのは、「もう半年早ければ」というご相談です。ご本人は元気なつもりでいらした。ご家族も、まだ先の話だと思っていらした。そして、あるとき急に、選択肢が減ってしまう。
しかもこの話は、ご家族の側から切り出すのが難しいのです。「遺言を書いておいて」とは言いにくい。財産を狙っていると思われたくない。そうやってお互いに遠慮しているうちに、時間だけが過ぎていきます。私が普段お受けしているご相談も、実際にはこの「切り出しにくさ」をどう扱うかという話が多くを占めています。
制度の施行日は政令で決まります。ご本人の状態は、政令とは関係なく変わります。確実にタイムリミットがあります。
4.デジタル化なら、もう使えるものがあります
「待とうかな」という気持ちの多くは、実は「今の手続きが面倒そうだ」というところから来ているように感じます。そこで、すでに始まっているものを整理しておきます。
(1)公正証書遺言の手続きは、2025年10月1日にデジタル化されています
令和5年の公証人法の改正により、公正証書に関する一連の手続きが、2025年10月1日からデジタル化されました。
- ✓公証役場に出向かなくても、オンラインで嘱託(申込み)ができる
- ✓条件を満たせば、ウェブ会議を利用したリモート方式で作成できる
- ✓公正証書は原則として電子データで作成・保存される
- ✓嘱託人は電子サインのみで、押印は不要
- ✓正本や謄本は、紙でも電子データでも受け取れる
「公証役場まで行くのが大変だから」という理由で先送りにしていた方にとっては、事情がもう変わっています。
ただし、ウェブ会議が使えるのは、ご本人の希望があり、かつ公証人が相当と認めた場合に限られます。希望すれば必ず、というものではありません。また、この取扱いができるのは指定を受けた公証人の役場に限られますので、実際に進めるときは事前の確認が要ります。
(2)自筆証書遺言書保管制度でも、試行が広がっています
法務局が自筆の遺言書を預かる制度についても、令和8年2月2日から、保管申請の提出書類を電子メールで事前にチェックしてもらえる取扱いが、39都道府県・68の遺言書保管所に拡大されました。書類の写しを先に送っておけば、当日の手続きがスムーズになります。
ただし、保管の申請そのものは、今も遺言者ご本人が法務局に行く必要があります。ここは変わっていません。「オンラインで完結する」と誤解されると当日に困りますので、念のため申し添えます。
(3)民間の「デジタル遺言サービス」には、法的な効力はありません
スマートフォンのアプリやクラウドサービスで「デジタル遺言」をうたうものがありますが、現行法のもとでは、これらに遺言としての効力はありません。改正法が施行されても、法務局に保管を申請していないデータは保管証書遺言にはなりません。
ご自身の考えを整理しておくエンディングノートとしては、とても良いものだと思います。ただ、財産の行き先を法的に決めるものではない、という点は分けて考えていただければと思います。
5.「今作ったら、無駄になりませんか」
ご相談の場でよくいただく質問です。結論から申し上げると、無駄にはなりません。
遺言は、いつでも撤回できます(民法1022条)。前の遺言と内容が食い違う部分は、あとの遺言で撤回したものとみなされます(民法1023条)。つまり、あとから作り直すことが前提として認められている制度なのです。
ですから、こう考えていただくのが現実的だと思います。
- ✓今は、自筆証書遺言書保管制度か公正証書遺言で作っておく
- ✓保管証書遺言が始まって、そちらのほうが使いやすければ、そのときに作り直す
- ✓作り直すまでの数年間は、今の遺言が効力を持ち続ける
この「作り直すまでの数年間」こそが、待つか作るかの差そのものです。何も起きなければ、作り直す手間が一度増えるだけです。何かが起きたときには、遺言があるかないかで、ご家族の手続きがまったく違うものになります。
なお、自筆証書遺言書保管制度の手数料は1件3,900円です。公正証書遺言は財産の額に応じた手数料がかかります。作り直しを前提にするなら、まず前者から、という選択も十分にあり得ます。
6.施設や法人への遺贈をお考えの方へ
最後に、報道ではあまり触れられていない改正をひとつ。一部の方には、これが今回いちばん実務に響くかもしれません。
遺言の証人になれない人の範囲が広がります。
今の民法では、受遺者(遺贈を受ける人)とその配偶者・直系血族は証人になれません。改正後は、ここに受遺者の被用者が加わります。受遺者が法人の場合は、その法人の被用者と役員も証人になれなくなります。
背景には、おひとりで暮らす高齢の方が増え、入所している施設などへ遺贈をされる例が出てきている、という事情があります。そのときに施設の職員の方が証人に入っていると、遺言が本当にご本人の意思なのか、あとから疑いを持たれかねません。
つくばでも、長くお世話になった施設や法人へ財産の一部を、というご相談はあります。心のこもったご判断だと思いますし、私はそうしたご希望をきちんと形にしたいと考えています。だからこそ、証人をどなたにお願いするかは、今後より慎重に考える必要があります。
この部分は、法務省の資料では公布から1年以内の施行とされているグループに入っています。保管証書遺言よりずっと早く、2027年6月24日までには動き出す見込みです。
おわりに
今回の改正は、遺言をもっと使いやすくしようという方向のものです。手書きの負担が減り、押印がなくなり、法務局に行かなくても手続きができるようになる。良い改正だと思います。
ただ、制度が整うのを待っている間も、ご本人とご家族の時間は進みます。
「デジタル遺言が始まったら考えよう」というのは、ご自身の予定を制度の施行日に合わせる、ということです。本来は逆で、ご自身とご家族の状況に合わせて、そのときに使える方法で備えておく。制度が良くなったら、そのときに乗り換える。そういう順番のほうが、無理がないように思います。
新しい制度が始まったら、このブログでもあらためてご案内します。それまでの間、今できることを一緒に考えさせてください。
公正証書遺言は、当事務所を窓口にして進められます
ここまで読んで、「では公正証書遺言のほうを作っておこうか」と思われた方に、ひとつご案内です。
公正証書遺言は、ご自身で文案を考えて公証役場に持ち込んでいただく必要はありません。当事務所を窓口として、作成までひととおりお手伝いできます。
まず司法書士がお話をうかがいます。ご家族の構成、財産の内容、これまでの経緯、そして「誰に何を、どうして遺したいのか」。そのうえで、そのご家族に合った文案をこちらで作成します。公証役場との日程調整、必要書類のご案内、当日の立ち会いまで、一連の流れをお任せいただけます。
お引き受けできること
- ✓ご家族の状況をうかがったうえでの、オーダーメイドの文案作成
- ✓公証役場との打ち合わせ・日程調整
- ✓戸籍謄本など必要書類の取り寄せ
- ✓作成当日の立ち会い
ご本人にしていただくのは、お話しいただくことと、できあがった文案をご確認いただくことです。
遺言は、書き方によって、遺したい形にならないことがあります。不動産の表示が正確でないために登記が通らない。遺言執行者を定めていなかったために、手続きのたびに相続人全員の協力が必要になる。こうしたことは実際に起こります。文案を作るという仕事は、そのあとの登記や名義変更まで見ている司法書士の領分と、かなり近いところにあります。
どう書けばいいかわからない、という段階でかまいません。むしろ、その段階からご一緒するほうが、良いものになります。
相続・遺言・家族信託のご相談は、司法書士事務所TOKITOへ
つくば市を中心に、キャリア21年・2,000件を超えるご相談に向き合ってきました。ご相談の約6割が、生前対策・家族信託に関するものです。
「何から始めればいいかわからない」
「家族に切り出しにくい」
「相続人同士が疎遠で、連絡を取りづらい」
そうした、まだ形になっていない段階のご相談こそ歓迎しています。揉めてしまう前に、整えておく。それが私たちの仕事です。
司法書士事務所TOKITO 代表司法書士 時任 裕
茨城県つくば市谷田部2980
TEL:〔電話番号〕029-875-5991
受付:〔受付時間〕月~金8:30-18:00 土日祝日定休日
参考にした資料
- 法務省「民法等の一部を改正する法律案」(令和8年法律第45号)
- 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」概要資料
- 法務省「預けて安心!自筆証書遺言書保管制度」
- 日本公証人連合会「公正証書の作成手続がデジタル化されます!」
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