時限爆弾と化した「後継者難」—あなたが今すぐ動くべき理由
皆様、こんにちは。司法書士の時任です。
このブログをご覧になっているあなたは、ご自身の事業の未来、あるいはご両親の会社の将来について、漠然とした不安を感じ始めているかもしれません。前回に引き続き事業承継についてお話していきます。
特に40代から70代という世代にとって、「事業承継」は、個人の相続準備と並行して、絶対に避けて通れない最重要課題です。
日本の会社の99.7%は中小企業です。
そして今、その多くが深刻な「時限爆弾」を抱えています。
それは後継者不足です。
現在、全国で100万社以上の企業が後継者を見つけられず、その結果、望まない廃業が急増しています。
後継者難を理由とする倒産件数は、近年、年間最多を更新し続けているという現実があります。
中小企業の代表者の平均年齢は2019年時点で62.1歳。
本来であれば、すでに事業承継の準備を完了させていなければならない時期にもかかわらず、多くの経営者が「まだ大丈夫」と準備を怠り、手遅れになってしまうケースが日本中で溢れています。
「あと5年で引退するつもりだ」と考えている経営者の方へ。
残念ながら、その5年では準備に間に合いません。
事業承継は想像以上に時間がかかる大仕事です。
- 事業承継にまつわる誤解を解く:「引退」ではなく「新たなる挑戦」
多くの方が、「事業承継」=「経営者の引退」と考えていますが、これは大きな誤解です。
承継は、会社にとっての**「新たなる挑戦」**の始まりです。
単に社長の座を譲るだけでは、後継者が急に先代の代わりを務めるのは非常に困難です。
後継者を新しい代表取締役に据えた後も、先代は会長として会社に残ることが理想的なステップです。
つまり、事業承継の本当のスタートラインとは、後継者候補と先代が二人三脚で共同経営を始めることなのです。
- 失敗しないための「時間軸」:なぜ10年〜15年が必要なのか
事業承継を成功させるために、まず頭に入れておくべきなのは、かかる時間です。
専門家の相談や手続きを含め、事業承継の完了には10年〜15年という長い期間が必要とされています。
その内訳を見てみましょう。
- 後継者候補の選定と育成: 少なくとも5年。
- 役員就任後の共同経営(アフターフォロー期間): 5年〜10年。
この長い時間軸を理解した上で、「今すぐ」準備に取り掛からなければなりません。
- 承継成功に向けた具体的ステップ(時間を逆算して動く)
それでは、事業承継を成功に導くための具体的な手順を、時間軸を意識して見ていきましょう。
ステップ1:承継の決意と専門家への相談
事業承継を決意したら、まず後継者候補を決定し、社内にアナウンスします。
同時に、顧問税理士、会計士などの専門家に相談を開始します。
この段階で、税務上の問題や、株式承継のスキームを検討し始める必要があります。
ステップ2:後継者の集中的な「育成」期間(約5年間)
選定された後継者候補は、約5年をかけて、会社のあらゆる業務経験を積む必要があります。
営業、現場、企画、経理、人事など、会社経営の全体像を理解させることが目的です。
ステップ3:役員就任と「二人三脚」での共同経営(5年〜10年)
一通りの経験を積んだ後、後継者を役員などの責任あるポジションに就かせます。
役員就任直前は「社長室長」などの肩書で、先代と行動を共にするのが一般的です。
役員就任後も、先代(会長)は会社経営から完全に身を引くのではなく、5年〜10年間かけてアフターフォローを行います。
このフォロー期間を経て、ようやく事業承継が完了となるのです。
4.経営権を安定させる「株式承継」の2つの鉄則
事業承継の成否を握るのは、株式の取り扱いです。
株式の承継なくして、安定した経営は実現しません。
もし株式を渡さずに社長の座だけを譲ってしまうと、後継者は**「ただのお飾り社長」**となり、安心して経営ができなくなってしまいます。
鉄則①:株式は必ず「一人」に集中させる
親族内での承継でよくある失敗が、株式を兄弟間で均等に分けてしまうことです。
これにより、経営が不安定になり、後々金銭的なトラブルの原因となるケースが後を絶ちません。
株式を承継させる際は、必ず後継者一人のみに集中させることが、経営安定化の最重要ポイントです。
鉄則②:安定経営の鍵は「67%」の議決権
後継者が安心して経営を行うためには、最低でも過半数(51%)以上の株式が必要です。
しかし、安定的な会社経営を目指すなら、過半数では不十分です。
なぜなら、51%の議決権でできるのは、会社法上の「普通決議」に限られるからです。
会社経営の根幹に関わる重要な決議(株主総会特別決議)を自力で成立させるためには、**議決権の67%(3分の2以上)**を握っている必要があります。
67%を確保することで、定款の変更(会社名や事業目的の変更)や、資本金の減少、事業譲渡、組織再編など、会社の未来を左右する重大な決定を、後継者が迅速に行うことが可能になります。
- 事業承継を阻む二大ハードル:個人保証と遺留分の問題
スムーズな承継の実現を阻む、特に難しい二つのハードルについても触れます。
最大のハードル:個人保証の引き継ぎ
会社が銀行から借り入れを行う際や不動産を購入する際、会社だけでなく代表者個人が連帯保証人となるのが一般的です。
事業承継においては、この先代の個人保証を後継者に引き継ぐ必要があります。
これは非常に高いハードルとなり、もし会社が健全な経営状態になければ、後継者(親族であっても)が大きなリスクを背負うことになり、承継を拒否される事態に陥りかねません。
相続トラブルの種:遺留分への対応
後継者に株式や主要な事業用資産を集中させた場合、後継者以外の相続人への配慮も欠かせません。
他の相続人に対し、不動産以外の財産をしっかり残していく対応が必要です。
この対応を怠ると、相続発生後に遺留分(法律で保証された最低限の相続割合)をめぐるトラブルが生じてしまいます。
この点については、必ず専門家と綿密な検討を行うべきです。
- 最後の選択肢:M&A(第三者への売却)
親族内にも従業員にも後継者がいない場合、**M&A(第三者への会社売却)**が検討されます。
M&Aは、後継者が見つからない場合の「最後の選択」として考えるべきです。なぜなら、M&Aは株式譲渡によって行われることが一般的で、一度経営権を失うと、会社の業態が買い手側の意向で全く別のものに変えられてしまったり、先代が長年かけて積み上げてきた理念や文化が失われてしまう可能性があるからです。
売却を進める際は、売り手と買い手が経営理念やビジョンを共有し、お互い納得の上で進めることが肝心です。
まとめ:理念の承継こそが、事業の未来を拓く
事業承継において、株や税務以上に大切なのが**「経営理念の承継」**です。
経営理念は、会社経営におけるステアリングとブレーキの役割を果たし、一方、経営ビジョンはアクセルの役割を果たします。
次世代に事業を託す際は、この理念とビジョンをしっかりと言葉にして引き継ぐことが、会社の求心力を保つ鍵となります。
また、後継者がスムーズに経営できるように、社内の受け入れ態勢を確立することも極めて重要です。
先代は新社長の決定に口出しせず、指示系統を一本化し、徐々に代替わりを進めてください。
代替わりの際には、長年会社を支えてきた幹部社員が離脱してしまうことは、残念ながらよくあるケースです。
これは避けられないことと割り切り、後継者にその旨を伝えて動揺のない体制を築く必要があります。
事業承継は、専門的な知識と長期的な計画が必須となる複雑なプロセスです。
ご自身のため、そして会社の未来のため、「5年後に引退」を考えるなら、「今すぐ」専門家に相談し、10年計画をスタートさせてください。
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