負動産
「親が亡くなったけれど、プラスの財産はほとんどなく、借金や手入れされていない実家(いわゆる『負動産』)が残されてしまった…」
「遠い親戚に相続が発生したと連絡が来たけれど、全く付き合いがなく、どう対応すればいいか分からない…」
相続は、大切な方を亡くされた悲しみの中で行わなければならない、非常にデリケートで複雑な手続きです。特に近年、核家族化や高齢化の進展に伴い、相続に関する悩みも多様化しています。中でも、借金や価値の低い不動産といった「負の遺産」を相続したくないという理由から、「相続放棄」を検討される方が増えています。
しかし、相続放棄は安易に考えてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまう可能性も。今回は、相続放棄について知っておくべき基本的な知識や手続きの流れ、注意点について、司法書士の視点から解説します。
相続放棄を検討する方が増えている背景
なぜ今、相続放棄を選択する方が増えているのでしょうか?
主な理由の一つとして、亡くなられる方の数自体が増加傾向にあることが挙げられます。それに伴い、相続の発生件数が増え、相続に関する問題に直面する方も自然と多くなります。
また、都市部であればまだしも、地方に実家が残された場合など、買い手がなかなかつかない、あるいはそもそも値がつかないといった不動産(いわゆる「負動産」)が増えていることも背景にあります。こうした不動産は、所有しているだけで固定資産税などの費用がかかり、管理の手間も生じます。そのため、「手放すのにお金がかかるくらいなら、いっそ相続しない方が良い」と考える方が少なくありません。
親が残した借金を相続したくないという理由だけでなく、このように「負の遺産」としての不動産を相続したくないという動機から、相続放棄が検討されるケースが増えているのです。
相続放棄とは?その前に知っておくべき「相続人」の範囲
相続放棄は、亡くなった方(被相続人)の遺産を全て受け継がないという意思表示です。家庭裁判所に申述することで行います。この手続きが受理されると、初めから相続人ではなかったことになります。
相続放棄について考える上でまず理解しておきたいのが、「誰が相続人になるのか」という相続人の範囲と順位です。
- 常に相続人になる人:被相続人の配偶者
- 配偶者以外で相続人になる可能性のある人:
- 第1順位:被相続人の子。子が既に亡くなっている場合は孫、孫も亡くなっている場合はひ孫と、下の世代へ権利が移ります(代襲相続)。
- 第2順位:被相続人の父母。父母が共に亡くなっている場合は祖父母と、上の世代へ権利が移ります(直系尊属)。※第1順位の人がいない場合に相続人になります。
- 第3順位:被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は甥や姪へ権利が移ります(代襲相続)。※第1順位、第2順位の人がいずれもいない場合に相続人になります。
もし、上記の相続人が全員相続放棄を選択した場合、相続権は次の順位の相続人へと移っていきます。例えば、配偶者も子も相続放棄した場合、相続権は父母や祖父母へ。さらに父母や祖父母も全員放棄した場合は、兄弟姉妹や甥姪へと移る可能性があるのです。
知らないうちに自分が「相続人」に?
ここで注意が必要なのは、自分が相続人であることを自覚していないケースです。特に、長年音信不通だった親戚に相続が発生した場合など、「まさか自分が相続人になるなんて」と考えている方も少なくありません。
しかし、上の順位の相続人が全員相続放棄をした結果、それまで全く関与していなかった方が、突然「あなたが相続人です。相続の手続きをしてください」と連絡を受けることがあります。
このような事態を避けるためには、上の順位の相続人が相続放棄をした場合、次に相続人となる可能性のある方へ、その旨を知らせる配慮が重要です。
相続放棄の手続きと「3ヶ月」の期限
相続放棄の手続きは、必要書類を揃え、家庭裁判所に申述書を提出して行います。戸籍謄本などを収集する必要があり、ご自身で行うことも可能ですが、専門家である司法書士にご依頼いただくのが一般的です。
司法書士に相続放棄の手続きを依頼した場合の費用は、1名あたり1万2,000円から8万5,000円程度が目安となることが多いようです。事案の複雑さなどによって費用は変動しますので、依頼前に確認することが大切です。
そして、相続放棄には厳格な期限があります。原則として、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述しなければなりません。
この「知った時」というのが重要なポイントです。被相続人が亡くなった日から3ヶ月ではなく、「自分が相続人になったと知った日」から3ヶ月です。例えば、遠い親戚で亡くなったことを知らなかった場合や、上の順位の相続人が全員放棄したことで初めて自分が相続人になったことを知った場合など、亡くなってから数年後、あるいは10年以上経過してから相続人になったと知ることもあります。この場合でも、自分が相続人になったと知った日から3ヶ月以内であれば、相続放棄の手続きが可能です。
ただし、この「知った時」がいつであるかを明確に証明できるよう、専門家と相談しながら手続きを進めることをお勧めします。
一度相続放棄をしたら「やっぱりやめた」は、できない!
相続放棄を検討する上で、最も重要な注意点の一つは、一度家庭裁判所に受理された相続放棄は、原則として撤回(取り消し)ができないということです。
「借金があると思っていたけれど、手続きをした後に実は多額のプラスの財産があったことが分かった」といった場合でも、残念ながら一度放棄したものを「やっぱり相続します」と翻すことはできません。
そのため、相続放棄の手続きを行う前には、被相続人の財産状況(借金や不動産だけでなく、預貯金や有価証券なども含め)をしっかりと調査することが極めて重要です。プラスの財産が借金よりも多い可能性もゼロではありません。
しかし、3ヶ月という期限の中で、被相続人の全ての財産を漏れなく調査するのは簡単なことではありません。特に、どこにどんな財産があるか分からない場合は、専門家のサポートが必要になることもあるでしょう。
全員が相続放棄しても残る可能性のある「管理義務」とは?意外な落とし穴
さらに、相続放棄をしたからといって、全ての問題から完全に解放されるわけではないケースがあることにも注意が必要です。
もし相続人全員が相続放棄をしたとしても、残された相続財産(特に不動産である実家など)について、「管理義務」が残る場合があるのです。
これは、相続財産が原因で第三者に損害を与えてしまう可能性のある場合、その損害を防止するための最低限の管理は行う必要がある、という考え方です。例えば、相続放棄した空き家が、地震や台風で倒壊し、隣家に被害を与えてしまったといった場合、損害賠償の責任を問われる可能性があります。
特に「現にその財産を占有している」場合、管理義務が残ると考えられています。例えば、相続放棄はしたけれど、たまに実家に行って掃除をしている、といったケースなどがこれに該当する可能性があります。
では、この管理義務から完全に解放されるにはどうすれば良いのでしょうか?一つの方法として、相続財産管理人を家庭裁判所に申し立てて選任してもらうという手続きがあります。相続財産管理人は、被相続人の財産を管理・清算する役割を担います。
しかし、この相続財産管理人選任の手続きには、数十万円単位の費用(予納金)がかかることが一般的です。そのため、この方法を選択することも、必ずしも容易ではありません。
相続放棄は、借金などを受け継がないための有効な手段ですが、これらのように「やっぱりやめた」ができないことや、管理義務が残る可能性があるといった意外な落とし穴が存在します。
終わりに:相続放棄を検討するなら専門家へご相談を
ここまで見てきたように、相続放棄は非常にメリットが大きい手続きである一方で、注意すべき点も多く、単純な手続きではありません。特に、期限が3ヶ月と短い中で、財産調査をしっかり行い、将来的なリスク(管理義務など)も踏まえて慎重に判断する必要があります。
相続が発生して、借金や空き家などの「負の遺産」のことでお悩みの方、あるいは自分が相続人であると知ったけれどどうすれば良いか分からないという方は、決してご自身だけで抱え込まず、まずは相続の専門家である司法書士にご相談ください。
司法書士は、相続放棄の手続きのサポートはもちろん、財産調査のアドバイスや、相続放棄以外の選択肢(限定承認など)も含めて、お客様にとって最善の方法を一緒に検討し、適切な手続きをナビゲートいたします。
当事務所でも、相続に関するご相談を承っております。どうぞお気軽にお問い合わせください。
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