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第16回【フジテレビ「サン!シャイン」取材協力】大阪・ミナミ14.5億円地面師事件から学ぶ「住民票不正取得」の恐ろしさと制度の課題


先日、大阪・ミナミで発覚した地面師事件のニュースは、多くの皆さんに衝撃を与えたことと思います。不動産会社代表になりすまし、土地取引をもちかけて約14億5千万円もの大金をだまし取ったとされるこの事件。その巧妙な手口は、私たちのすぐ身近にある制度の「隙」を突いたものであり、専門家としても強い危機感を抱いています。

私のもとにも、この事件について「一体どうやって、そんな大金が騙し取られてしまったのか?」というご相談やご質問が寄せられています。そして先日、光栄なことにフジテレビの朝の報道番組「サン!シャイン」から取材協力のご依頼をいただき、司法書士の立場から、この事件の背景にある問題点や、私たちが注意すべき点について解説させていただきました。

テレビでは時間の制約もあり、十分にお伝えできなかった点もあります。そこで今回は、ブログという形式で、改めてこの事件の詳細と、特に私が専門家として最も問題だと感じている、事件の「発端」となったある制度の悪用について、深く考察してみたいと思います。

事件の発端:巧妙に悪用された「住民票不正取得」の手口

今回の地面師事件で明らかになった、彼らの最初の、そしておそらく最も重要なステップは、「住民票の写し」を不正に入手したことでした。

彼らは、ターゲットとした不動産会社の代表に「数十万円を貸した」という虚偽の「借用書」を作成し、自治体の窓口に提出しました。そして、法律上、本人でなくても「訴訟提起などの必要性が認められれば」住民票の写しが交付される制度を悪用したのです。これは利害関係人からの請求という制度になります。

これが、事件の恐ろしい幕開けでした。なぜなら、大阪市によると、提出された借用書などの記載内容の確認は行うものの、原則として、当事者(本来の所有者である不動産会社代表)への連絡などは行わない運用になっているからです。つまり、悪意を持った第三者が虚偽の書類を用意すれば、本人に知られることなく住民票の写しを手に入れられる「抜け穴」が存在していたことになります。

本来の所有者の住民票写しを入手できたことが、今回の巨額詐欺事件の「なりすましの発端」となったことは、非常に重要なポイントです。個人の最も基本的な情報が記載された住民票が、不正な手段で第三者の手に渡ってしまったことが、その後の巧妙な犯罪を可能にしてしまったのです。

住民票情報からの「なりすまし」の連鎖

入手した住民票には、ターゲットの正確な氏名、住所、生年月日などの個人情報が記載されています。地面師グループは、この情報を悪用して、さらに巧妙な偽装工作を進めました。

  1. まず、住民票の個人情報を基に、ターゲットである不動産会社代表の運転免許証を作成しました。
  2. この偽の免許証を使って、役所でターゲットの「印鑑登録」を勝手に変更しました。
  3. 変更後の印鑑で、「正規」に見える印鑑登録証明書を入手しました。
  4. 次に、偽の印鑑登録証明書と実印を使って、不動産会社の代表印(法務局届出印)を変更しました。加えて、偽の株主総会議事録などの書類も作成しました。
  5. これらの偽造書類を用いて、不動産会社の「法人登記簿」を変更し、詐欺グループの男が会社の新しい代表取締役に就任したかのように見せかけたのです。

こうして、グループ側は、あたかも自分たちが正規の物件所有者であるかのように装う「公的書類」を次々と手に入れました。そして、これらの偽造書類を信頼させると同時に、交渉相手には「(本来の所有者の)おいにあたる」などと嘘をつき、巧みに土地取引を持ち掛けたのです。

なぜ巨額詐欺は成功したのか? 取引側の心理と背景

約14億5千万円という巨額の詐欺がなぜ成立してしまったのでしょうか。その背景には、取引された物件の特性と、不動産業界の心理が関係していると考えられます。

ターゲットとなったのは、いずれも地価が高騰する大阪・ミナミの繁華街に位置する「好物件」でした。特に、ある物件は国立文楽劇場からも近く、インバウンドも多く行き交う「絶好の立地」だったと報じられています。

このような物件は、購入後に転売することで簡単に利益が得られる期待が高く、「購入希望者が結構いたはずだ」 と言われています。そのため、少しでも早く手に入れたいという、不動産業界の「われ先に」という心理が利用された可能性があります。

また、今回だまし取られた売買代金の中には、ある物件だけで4億5千万円とされるものがありますが、不動産業界の関係者からは「立地を踏まえれば、考えられない安値。相場はもっと高い」 との声も上がっています。安値で購入できれば簡単に利益が得られる という思惑が働き、通常は行うべき下見や測量などを重ねた慎重な手続きを省略してしまう会社も業界内に存在する とされており、こうした事情も、地面師に騙されやすくなる一因だったかもしれません。

巧妙に作られた偽造書類、そして好条件の物件に対する「早く手に入れたい」「安く買って儲けたい」という心理。これらの要素が複雑に絡み合い、今回の巨額詐欺を成功させてしまったと言えるでしょう。

制度運用への問題提起:司法書士として訴えたいこと

今回の事件を通じて、司法書士として最も強く訴えたいのは、やはり事件の「発端」となった住民票の写しの不正取得を許してしまった、現行の制度運用に対する問題提起です。

前述の通り、大阪市では、利害関係人からの請求に対しては、提出された書類の記載内容を確認するものの、原則として当事者への連絡は行わない運用となっています。この運用が、悪意を持った第三者が、虚偽の借用書一枚で他人の住民票を手に入れることを可能にしてしまう「抜け穴」となっている可能性があるのです。

司法書士は、不動産登記手続きや相続手続きなどで、職務上他人の住民票を取得する機会があります。その際は、厳格な本人確認と、「なぜその方の住民票が必要なのか」という具体的な理由、そしてその必要性の確認が求められます。

一方で、自治体の窓口での「利害関係人からの請求」に対する審査は、より形式的にならざるを得ない部分があるのかもしれません。しかし、今回の事件のように、住民票という重要な個人情報が不正に取得されることで、その後のなりすまし犯罪に直結してしまう現状を考えると、自治体側にも、より厳格な審査基準や運用が求められるべきだと強く感じています。

例えば、

  • 提出された借用書などの書類の真偽を確認するための手段を強化する。
  • 不動産取引を目的とした請求など、特に悪用のリスクが高いと判断されるケースについては、例外的に本人に通知を行う、あるいは電話などで意思確認を試みるなどの対応を検討する。
  • 請求理由の「必要性」を、より具体的に、厳格に判断する。

個人の権利行使の機会確保は非常に重要ですが、それを理由に不正な情報取得が容易になってしまっては本末転倒です。悪用されやすい制度には、それに見合ったリスク管理策を講じる必要があります。今回の事件は、私たちの個人情報が、いかに脆い基盤の上に成り立っているかを痛感させるものです。

まとめ:地面師事件から学ぶべきこと

大阪・ミナミの地面師事件は、巧妙な詐欺師が、既存の法律や制度の「隙」を突き、いかに巨額の不正を行うことができるのかを私たちに突きつけました。そして、その最初の突破口が、まさか「住民票の不正取得」であったという事実は、私たちが日頃当たり前だと思っている公的制度の中に、思わぬリスクが潜んでいることを教えてくれています。

司法書士として、このような悪質な地面師の手口や、それを可能にしてしまう制度の課題を、広く社会に知っていただくことの重要性を改めて感じています。今回のテレビ取材協力も、そのための貴重な機会となりました。

私自身も、今回の事件から得られた知見を活かし、お客様の大切な財産や権利をこのような不正から守るため、より一層専門知識と注意力を磨いていく決意です。


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