第40回 アパート経営者必見!成年後見制度では守れない資産を「家族信託」で守る方法

司法書士の時任です。
ご自身の老後の備えや、ご両親の今後の資産管理について「そろそろ真剣に考えなければ」と思われている40代から70代の方は多いのではないでしょうか。

特に、ご両親がアパートなどの賃貸経営をされている場合、万が一、親御さんが認知症になってしまったら、その大切な資産はどうなってしまうのか、不安を感じるかもしれません。

今回は、**アパート経営者が認知症になっても、資産の管理や運用を円滑に継続するための画期的な対策、「家族信託」**について、具体的に解説いたします。


認知症で困る前に!アパート経営を円滑に引き継ぐ「家族信託」徹底解説


1. アパート経営者が「認知症」になると、なぜ困るのか?

賃貸経営者が認知症になると、経営に大きな支障が出ます。
なぜなら、重要な契約行為ができなくなるためです。

親御さんが認知症になると、以下のような問題が発生し、アパート経営が事実上ストップしてしまう可能性があります。

  • 預金口座からの引き出しができない
     → アパートの賃料が入る銀行口座からお金を下ろせなくなり、必要な経費や税金の支払いができなくなります。
  • 新しい入居者との契約が結べない
     → 入居希望者が現れても、賃貸借契約を結ぶことができません。
  • 大規模修繕やリフォームの契約ができない
     → 建物の維持管理に必要な修繕契約が締結できません。
  • 資産活用や売却ができない
     → 不動産の売却や建て替えといった資産活用ができなくなります。

こうした事態に備えずにいると、経営が滞り、資産価値が下落するリスクに直面します。


2. 成年後見制度では不十分な「資産活用」

認知症になってしまった場合の対策として「成年後見制度」がありますが、この制度にも限界があります。

成年後見制度を利用すれば、財産の管理や経費の支払いは可能になる場合もあります。
しかし、後見人はご本人の財産を「守る」ことを目的としているため、資産を積極的に活用する行為(投資)には制限がかかります。

例えば、

  • 大規模修繕やリフォーム → 投資と捉えられると実行できない可能性があります。
  • アパートの建設や投資用物件の購入 → 基本的にできません。
  • 相続税対策のための不動産売却 → これも難しくなります。

また、財産が多い方の場合は、弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選任される可能性が高く、その場合、継続的に後見人への報酬が発生します。


3. 「家族信託」の仕組みと登場人物

そこで有効な対策となるのが「家族信託」です。

家族信託とは、ご本人の判断能力がしっかりしているうちに、信頼できる家族(主に子ども)との間で信託契約を結び、ご本人の財産管理・処分を託す仕組みです。

家族信託では、財産を巡る登場人物が3つの立場に分かれます。

立場役割具体例(アパート経営のケース)
委託者(いたくしゃ)元々財産を所有していた人親御さん(アパートの所有者)
受託者(じゅたくしゃ)財産を託され、管理・処分をする人お子さん(契約に基づきアパートを管理)
受益者(じゅえきしゃ)信託財産から利益(賃料)を受け取る人親御さん(アパート経営の利益を受け取る)

この場合、親御さんは「委託者」であり、「受益者」を兼ねることが一般的です。


4. 家族信託で「できること」を具体的に定める

親御さんとお子さんの間で信託契約を結び、アパートを子どもに信託(託す)します。

信託契約書の中では、お子さん(受託者)にどのような権限を与えるかを細かく定めておきます。

受託者に与えられる権限の例

  • 不動産を管理する権限
  • 入居者と賃貸借契約を結ぶ権限
  • 大規模修繕やリフォームを行う権限
  • 状況に応じて、不動産を売却・建て替えする権限
  • 新たな不動産を購入する権限(資産活用)

これにより、家族信託を組んだ後に親御さんが認知症になっても、お子さんが契約書に基づいて必要な手続きを問題なく進めることができます。
賃料の受け取りやリフォーム契約など、日常的な経営行為が滞りなく継続できます。


5. 信託財産の管理とお金の流れ

お子さんがアパートの管理を続け、入居者から賃料を受け取りますが、そのお金はお子さん個人のものではありません。

受託者であるお子さんは、受け取った賃料から必要な経費を支払い、賃貸経営を続けます。
そのお金は「信託専用の口座」で厳密に管理され、受益者である親御さんのために使われます。

具体的には、

  • 親御さんの生活費として渡す
  • 医療費や介護費の支払いに充てる

といった使い方が想定されます。


6. 相続発生時(二次相続)への備え

家族信託の大きなメリットの一つは、親御さん(委託者・受益者)が亡くなった後の資産の行方を、あらかじめ契約で指定できることです。

信託契約書に「信託の終了の仕方」や「帰属権利者(財産の承継者)」を定めておくことができます。

ケース1:親御さんの死亡で信託を終了する場合
信託を終了させ、残った信託財産を契約書で指定した帰属権利者(配偶者やお子さんなど)に引き継がせます。
受託者であるお子さんは、不動産の名義を帰属権利者に移転登記し、信託口座の残金を個人口座に振り込んで引き渡します。

ケース2:親御さんの死亡後も信託を継続する場合(二次相続対策)
信託を継続させ、引き続きお子さん(受託者)がアパートの管理を続けます。
この場合、信託契約書の中で次の受益者を定めておきます。

たとえば、次の受益者を配偶者(お子さんから見ればお母さん)とすれば、亡くなったお父様に代わり、その後の利益はお母様の生活費や医療費に充てることができます。

さらに、次の受益者(お母さん)が亡くなった後の財産の承継者についても指定可能です。
このように、家族信託は数代にわたる資産承継の設計を可能にする強力なツールなのです。


7. 家族信託を検討すべきタイミング

家族信託は、認知症対策としての財産管理に非常に有効です。
しかし、親御さんが信託の仕組みや契約内容を理解できない状態(認知症など)になってしまうと、家族信託を組むことはできません。

そのため、親御さんの判断能力がしっかりしているうちに、早めに専門家にご相談いただくことが重要です。

アパート経営という大切な資産を家族で守り、未来へ活かし続けるために、家族信託の活用をぜひ検討してみてください。

第39回 「まさか、知らない親族が?」40代からの相続準備!

面識のない相続人が現れたときの手続きと解決法

ご自身の相続、またはご両親の相続について考え始めた40代から70代の皆様。
相続手続きを進める中で、予期せぬ問題に直面することがあります。

特に多いのが、
「全く交流のない親族が、戸籍上は相続人になっていた」
というケースです。

「本当に連絡を取らないといけないの?」「トラブルになるのでは?」と不安に感じるかもしれません。
しかし、ご安心ください。司法書士として、このようなケースを現場でどのように進め、解決へと導いているのかを具体的に解説します。


1. なぜ「知らない相続人」が現れるのか?

相続の手続きは、亡くなられた方(被相続人)の「戸籍調査」から始まります。
これは、被相続人が生まれてから亡くなるまでのすべての戸籍を集めて、法律上の相続人が誰なのかを確定させる作業です。

この戸籍調査の過程で、
「あら、こんなところに相続人がいたんだ」
という事態が発覚することは、実は珍しくありません。

特に、おじい様やおばあ様、あるいは伯父様・伯母様の相続手続きを進める際に、こうしたケースが起こりやすい傾向にあります。

背景にある事情

  • 昔の方は、現在よりもお子様の人数が多いことが一般的でした。
  • 「養子縁組」によって家を出ていかれた方も多くいらっしゃいました。

例えば、おばあ様の相続手続きを進める際、養子に出されたお子様がいた場合、その方も当然に法律上の相続人となります。
もしその方がすでに亡くなっている場合、さらにそのお子様(孫世代)に相続権が移り、結果として相続人の人数が予想以上に増えていることもあります。

交流が全くないとはいえ、遺産分割協議にはその方々の協力が欠かせません。


2. 知らない相続人への最初のコンタクトと5つの重要書類

「知らない相続人がいる」と判明した場合、実務上、私たちはまずその方へお手紙を書くところから手続きをスタートさせます。

相手の方は、見ず知らずの人間から突然「あなたが相続人です」と連絡を受けて、大きな不安を感じている可能性が高いからです。
単なる事務的な手続きとして進めるのではなく、人間的な配慮が必要です。

この最初のコンタクトにおいて、私たちでは信頼と安心感を持っていただくために、5つの重要な書類を同封して送付しています。

同封する5つの書類

  1. 事情説明書
     ご依頼を受け、相続人調査を行った結果、あなたが法律上の相続人であることが判明した旨を説明します。
     また、相続手続きの流れについても丁寧に説明します。
  2. 相続関係説明図
     被相続人を中心に、誰が相続人になり、それぞれの法定相続分がどれくらいかを一目で分かる家系図形式で作成します。
     これにより、ご自身の立場と全体像を理解していただけます。
  3. 財産目録
     今回手続きの対象となっている相続財産の一覧です。
     不動産であれば所在地や評価額、預貯金であれば金融機関名や残高など、詳細をまとめて透明性を確保します。
  4. 意向確認書
     相続手続きについて、
     「協力していただけるか」「それとも難しいか」
     という意向を確認するための重要な書類です。
  5. 依頼者様の「お気持ちを伝える手紙」(最も重要)
     事務的な書類だけでは不安や警戒を感じる方もいます。
     そこで最も大切にしているのが、ご家族の「お気持ちを伝える手紙」です。

 なぜ今この手続きを進めているのか、生前の被相続人がどのような方だったのか——そうした人間的な情報を伝えることで、書類に温かみが生まれます。
 この手紙があることで印象が変わり、協力的な姿勢へつながるケースが多くあります。


3. 相手の意向確認と手続きの3つの道筋

お手紙を送付した後、多くの場合、相手の方からお電話などで連絡があります。
意向確認書に記入・返送いただくか、電話で意向を伺います。

意向確認書では、「協力する」場合でも、具体的にどのような遺産分割を希望されるかを確認します。

  • 法定相続分通りに相続するか
  • 自分は何も相続しない意思か
  • 不動産はいらないが預貯金だけは欲しい、など特定の希望があるか

また、「協力は難しい」という場合には、相続放棄を希望されるかをお聞きします。
相続放棄をすれば、その方は相続人ではなくなります。

手続きの3つの道筋

道筋1:協力していただける場合
希望に沿って遺産分割協議書を作成します。
全員が署名・実印を押印し、印鑑証明書を添付して完成。
その後、不動産の名義変更や預貯金の分配を行います。

道筋2:相続放棄を希望された場合
家庭裁判所で相続放棄の手続きを行い、その方は「最初から相続人ではなかった」扱いになります。
残りの相続人で遺産分割を進めます。

道筋3:協力も放棄も難しい場合
合意形成が困難な場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てます。
調停委員を交えて話し合い、それでも決着しない場合は審判により裁判所が決定します。
その決定内容に基づき、最終的に名義変更を行います。


4. 諦めずに解決を目指すために

相続の手続きは複雑でも、最終的には必ず何らかの形で決着します。
ただし、その結果が「自分の望んだ形」とは限りません。

相続人の構成や財産内容によっては、柔軟な調整が必要なこともあります。
「知らない相続人」とのやり取りは精神的な負担も大きいものです。

そんな時こそ、専門家である司法書士に相談いただくことで、スムーズで円満な解決への道筋を描くことができます。


【最後に】

相続は、パズルのように複雑に絡み合った人間関係と法律を、一つひとつ解きほぐしていく作業だと言えるかもしれません。

特に交流のない方が相続人になった場合、最初のコンタクトでいかに信頼関係を築くかが非常に重要です。

このプロセスは、「見知らぬ人へ心を込めた手紙を送ること」から始まります。

まずは状況を正確に把握し、最善の解決策を見つけるために、どうぞお気軽にご相談ください。

第38回 5分でわかる配偶者居住権

司法書士の時任です。40代から70代の皆様、ご自身の老後のこと、そしてご両親の相続のことが現実味を帯びてくる時期ですね。

相続の準備を進める中で、このような不安を感じることはありませんか?

• 「長年住んだ自宅を、パートナーが将来も失わずに済むだろうか?」
• 「自宅の価値が高いため、預貯金などの生活資金が満足に相続できないのではないか?」

日本の相続財産の典型的なケースとして、自宅の価値が遺産全体の半分以上を占めることが非常に多いのが現状です。これが、残された家族間の遺産分割を難しくしてしまう大きな原因にもなっています。特に相続人同士の関係が良好ではない場合、自宅を相続できなければ、残された配偶者が住む場所を失ってしまう事態も起こり得るのです。

しかし、ご安心ください。2020年4月1日に施行された改正相続法によって、この問題を解決する強力な選択肢が誕生しました。それが**「配偶者居住権」**です。

今回は、司法書士の視点から、この配偶者居住権がどのように残された配偶者様の生活を守り、そして相続財産の分け方を柔軟にするのかについて、わかりやすく解説します。


1. 配偶者居住権とは?所有権と何が違うのか

配偶者居住権とは、亡くなった方(被相続人)が所有していた建物、あるいは夫婦で共有していた建物に、残された配偶者様が賃料の負担なく、無償で一生涯住み続けることができる権利です。

この権利の画期的な点は、従来の相続における「建物所有権」とは明確に区別された、「居住権」という新たな権利として認められたことです。

これにより、遺産分割の際に、以下のような取り決めが可能になりました。

• 自宅建物の所有権は子どもが相続する。
• 自宅建物の**居住権(配偶者居住権)**は残された妻(または夫)が取得する。

つまり、建物の所有者と、そこに住む権利を持つ人が別々になるという、新しい相続の形を選べるようになったのです。

配偶者居住権が導入されたことにより、相続財産の分け方の選択肢が大きく広がったと理解してください。

導入時期と設定方法の前提

配偶者居住権の設定は、2020年4月1日以降に開始した相続について適用されます。また、被相続人が亡くなる前に作成した遺言によって、配偶者に居住権を遺贈するという形で設定することも可能です(これも2020年4月1日以降に作成された遺言が対象です)。


2. なぜ配偶者居住権が「老後の安心」につながるのか

配偶者居住権の最大のメリットは、自宅の所有権全てを相続しなくても、その家に無償で住み続けることが保証される点にあります。

自宅の価値が高い場合、配偶者様が所有権を全て相続してしまうと、ご自身の法定相続分(権利)のほとんどが自宅で占められてしまい、老後の生活資金として重要な預貯金などの金融資産を十分に確保できなくなる可能性がありました。

配偶者居住権を利用すると、この二律背反の悩みを解決できます。

【具体例】預貯金も自宅も守りたいBさんのケース

配偶者居住権が有効に機能する典型的なパターンは、「自宅の価値が遺産の半分以上を占めており、かつ相続人同士の仲が良くない可能性がある場合」です。

具体的な事例で見てみましょう。

財産総額
1億円(自宅5,000万円+預貯金5,000万円)

相続人
妻Bさん(年金暮らし、自宅に住み続けたい)
前妻の子Cさん(Bさんとは仲が良くない)

Bさんは住み慣れた自宅を失いたくない一方で、老後の生活のために預貯金も半分程度は相続したいと考えています。Cさんも、法定相続分(1/2)にあたる5,000万円の財産を相続したいと考えています。

配偶者居住権を活用した場合の遺産分割

配偶者居住権を設定すると、自宅(5,000万円)の権利を二つに分けます。

  1. 配偶者居住権(無償で住める権利):例えば2,500万円と評価された場合
  2. 負担付き所有権(居住権がついた状態の所有権):5000万円から配偶者居住権分をマイナスした2500万円となります

※これらの評価額算定は専門的であり、税務上の取り扱いも複雑なため、税理士などの専門家と相談して進める必要があります。

この評価に基づき、遺産分割協議を行うと、以下のようなバランスの取れた相続が可能です。

  • 妻Bさん
    配偶者居住権(2,500万円)+ 預貯金(2,500万円)
    合計5,000万円
    自宅を確保しつつ、老後資金も確保
  • 子Cさん
    負担付き所有権(2,500万円)+ 預貯金(2,500万円)
    合計5,000万円
    法定相続分を確保

Bさんは、家を追い出される心配がなくなり、安心して老後を過ごすことができるようになります。


3. 配偶者居住権の設定要件と注意すべき点

配偶者居住権は、残された配偶者の生活を守る素晴らしい仕組みですが、いくつかの前提要件と、設定後に注意すべき特性があります。

取得のための必須要件

配偶者居住権を取得するためには、以下の要件を満たす必要があります。

  1. 対象となる建物が、被相続人(亡くなった方)の財産に属していたこと。
  2. 配偶者が、相続開始の時(亡くなった時)にその不動産に居住していたこと。

これらを前提として、遺産分割協議、家庭裁判所の審判、または遺言によって配偶者居住権を設定することで、正式に権利を取得できます。

特に注意が必要なポイント

1.「法律上の配偶者」に限定される
この権利は、条文の文言通り「配偶者」に認められた権利です。

したがって、事実婚(内縁関係)の夫や妻には、配偶者居住権は認められません。これは非常に重要な注意点です。

2.不動産売却や譲渡が難しくなる
配偶者居住権を設定してしまうと、その不動産を売却したり、誰かに譲渡したりすることが難しくなります。

なぜなら、居住権を持つ配偶者と、負担付き所有権を持つ相続人(多くは子ども)の全員の同意がなければ、不動産全体の売却ができないという性質があるためです。

3.認知症対策としての側面
もし、居住権を持つ配偶者様が将来、認知症などで同意能力を失ってしまった場合、不動産全体の売却が必要になっても、全員の同意が得られず、不動産の処分ができない事態に陥るリスクもあります。

本当に配偶者居住権を設定することが、長期的に見て最適な対策なのかどうか、慎重に検討する必要があります。


4. まとめ:相続対策は「専門家」と共に

配偶者居住権は、残された配偶者が一生涯住み慣れた自宅に住み続けられるという、配偶者の生活に専属的な強力な権利です。

しかし、その財産的な評価(価格の算定)は専門的であり、また、設定後の不動産の流動性(売却可能性)にも大きな影響を与えます。

遺産分割を適正に進め、後悔のない相続対策とするためには、司法書士や税理士などの専門家と必ず相談しながら、ご家庭の状況に合った選択肢を選んでいくことが不可欠です。

私ども司法書士時任事務所では、皆様の相続における不安を解消し、円満な承継を実現するためのサポートを行っております。まずはお気軽にご相談ください

第37回 【司法書士が解説】「まさかうちが」で後悔しない!事業承継を成功させるための10年計画と株式の鉄則

時限爆弾と化した「後継者難」—あなたが今すぐ動くべき理由

皆様、こんにちは。司法書士の時任です。

このブログをご覧になっているあなたは、ご自身の事業の未来、あるいはご両親の会社の将来について、漠然とした不安を感じ始めているかもしれません。前回に引き続き事業承継についてお話していきます。

特に40代から70代という世代にとって、「事業承継」は、個人の相続準備と並行して、絶対に避けて通れない最重要課題です。

日本の会社の99.7%は中小企業です。
そして今、その多くが深刻な「時限爆弾」を抱えています。
それは後継者不足です。

現在、全国で100万社以上の企業が後継者を見つけられず、その結果、望まない廃業が急増しています。
後継者難を理由とする倒産件数は、近年、年間最多を更新し続けているという現実があります。

中小企業の代表者の平均年齢は2019年時点で62.1歳。
本来であれば、すでに事業承継の準備を完了させていなければならない時期にもかかわらず、多くの経営者が「まだ大丈夫」と準備を怠り、手遅れになってしまうケースが日本中で溢れています。

「あと5年で引退するつもりだ」と考えている経営者の方へ。
残念ながら、その5年では準備に間に合いません。
事業承継は想像以上に時間がかかる大仕事です。

  1. 事業承継にまつわる誤解を解く:「引退」ではなく「新たなる挑戦」

多くの方が、「事業承継」=「経営者の引退」と考えていますが、これは大きな誤解です。

承継は、会社にとっての**「新たなる挑戦」**の始まりです。

単に社長の座を譲るだけでは、後継者が急に先代の代わりを務めるのは非常に困難です。
後継者を新しい代表取締役に据えた後も、先代は会長として会社に残ることが理想的なステップです。

つまり、事業承継の本当のスタートラインとは、後継者候補と先代が二人三脚で共同経営を始めることなのです。

  1. 失敗しないための「時間軸」:なぜ10年〜15年が必要なのか

事業承継を成功させるために、まず頭に入れておくべきなのは、かかる時間です。

専門家の相談や手続きを含め、事業承継の完了には10年〜15年という長い期間が必要とされています。

その内訳を見てみましょう。

  1. 後継者候補の選定と育成: 少なくとも5年。
  2. 役員就任後の共同経営(アフターフォロー期間): 5年〜10年。

この長い時間軸を理解した上で、「今すぐ」準備に取り掛からなければなりません。

  1. 承継成功に向けた具体的ステップ(時間を逆算して動く)

それでは、事業承継を成功に導くための具体的な手順を、時間軸を意識して見ていきましょう。

ステップ1:承継の決意と専門家への相談

事業承継を決意したら、まず後継者候補を決定し、社内にアナウンスします。
同時に、顧問税理士、会計士などの専門家に相談を開始します。

この段階で、税務上の問題や、株式承継のスキームを検討し始める必要があります。

ステップ2:後継者の集中的な「育成」期間(約5年間)

選定された後継者候補は、約5年をかけて、会社のあらゆる業務経験を積む必要があります。

営業、現場、企画、経理、人事など、会社経営の全体像を理解させることが目的です。

ステップ3:役員就任と「二人三脚」での共同経営(5年〜10年)

一通りの経験を積んだ後、後継者を役員などの責任あるポジションに就かせます。
役員就任直前は「社長室長」などの肩書で、先代と行動を共にするのが一般的です。

役員就任後も、先代(会長)は会社経営から完全に身を引くのではなく、5年〜10年間かけてアフターフォローを行います。

このフォロー期間を経て、ようやく事業承継が完了となるのです。

4.経営権を安定させる「株式承継」の2つの鉄則

事業承継の成否を握るのは、株式の取り扱いです。
株式の承継なくして、安定した経営は実現しません。

もし株式を渡さずに社長の座だけを譲ってしまうと、後継者は**「ただのお飾り社長」**となり、安心して経営ができなくなってしまいます。

鉄則①:株式は必ず「一人」に集中させる

親族内での承継でよくある失敗が、株式を兄弟間で均等に分けてしまうことです。
これにより、経営が不安定になり、後々金銭的なトラブルの原因となるケースが後を絶ちません。

株式を承継させる際は、必ず後継者一人のみに集中させることが、経営安定化の最重要ポイントです。

鉄則②:安定経営の鍵は「67%」の議決権

後継者が安心して経営を行うためには、最低でも過半数(51%)以上の株式が必要です。

しかし、安定的な会社経営を目指すなら、過半数では不十分です。
なぜなら、51%の議決権でできるのは、会社法上の「普通決議」に限られるからです。

会社経営の根幹に関わる重要な決議(株主総会特別決議)を自力で成立させるためには、**議決権の67%(3分の2以上)**を握っている必要があります。

67%を確保することで、定款の変更(会社名や事業目的の変更)や、資本金の減少、事業譲渡、組織再編など、会社の未来を左右する重大な決定を、後継者が迅速に行うことが可能になります。

  1. 事業承継を阻む二大ハードル:個人保証と遺留分の問題

スムーズな承継の実現を阻む、特に難しい二つのハードルについても触れます。

最大のハードル:個人保証の引き継ぎ

会社が銀行から借り入れを行う際や不動産を購入する際、会社だけでなく代表者個人が連帯保証人となるのが一般的です。

事業承継においては、この先代の個人保証を後継者に引き継ぐ必要があります。

これは非常に高いハードルとなり、もし会社が健全な経営状態になければ、後継者(親族であっても)が大きなリスクを背負うことになり、承継を拒否される事態に陥りかねません。

相続トラブルの種:遺留分への対応

後継者に株式や主要な事業用資産を集中させた場合、後継者以外の相続人への配慮も欠かせません。

他の相続人に対し、不動産以外の財産をしっかり残していく対応が必要です。

この対応を怠ると、相続発生後に遺留分(法律で保証された最低限の相続割合)をめぐるトラブルが生じてしまいます。

この点については、必ず専門家と綿密な検討を行うべきです。

  1. 最後の選択肢:M&A(第三者への売却)

親族内にも従業員にも後継者がいない場合、**M&A(第三者への会社売却)**が検討されます。

M&Aは、後継者が見つからない場合の「最後の選択」として考えるべきです。なぜなら、M&Aは株式譲渡によって行われることが一般的で、一度経営権を失うと、会社の業態が買い手側の意向で全く別のものに変えられてしまったり、先代が長年かけて積み上げてきた理念や文化が失われてしまう可能性があるからです。

売却を進める際は、売り手と買い手が経営理念やビジョンを共有し、お互い納得の上で進めることが肝心です。

まとめ:理念の承継こそが、事業の未来を拓く

事業承継において、株や税務以上に大切なのが**「経営理念の承継」**です。

経営理念は、会社経営におけるステアリングとブレーキの役割を果たし、一方、経営ビジョンはアクセルの役割を果たします。

次世代に事業を託す際は、この理念とビジョンをしっかりと言葉にして引き継ぐことが、会社の求心力を保つ鍵となります。

また、後継者がスムーズに経営できるように、社内の受け入れ態勢を確立することも極めて重要です。
先代は新社長の決定に口出しせず、指示系統を一本化し、徐々に代替わりを進めてください。

代替わりの際には、長年会社を支えてきた幹部社員が離脱してしまうことは、残念ながらよくあるケースです。

これは避けられないことと割り切り、後継者にその旨を伝えて動揺のない体制を築く必要があります。

事業承継は、専門的な知識と長期的な計画が必須となる複雑なプロセスです。

ご自身のため、そして会社の未来のため、「5年後に引退」を考えるなら、「今すぐ」専門家に相談し、10年計画をスタートさせてください。

第36回 50代から考える会社の未来:事業承継考えてますか?

今、日本全国で「大廃業時代」が目前に迫っています。地域経済や物づくりを支える中小企業の多くが、深刻な問題に直面しているのです。
黒字であるにもかかわらず、後継者が見つからずに廃業に追い込まれる企業は、推計60万社に上るとされています。これは決して他人事ではありません。

今回は、事業承継にスポットを当てて解説していきます。

私の事務所のある地域(つくば市谷田部)でも、名店として長年親しまれながら、まだ続けられると願うお客さんの声とは裏腹に、体の限界と後継者不在のため、廃業を決意される経営者が少なくありません。長年培われた技術や、地域にとっての「ともしび」が、あっけなく消えてしまうのです。

  • この危機は、雇用や販売先、仕入れ先にも連鎖的な影響を及ぼし、地域経済の衰退に繋がりかねません。
  • 後継者難による倒産も、今年10月までの時点で過去最多に迫る勢いです。

あなたの会社が持つ技術や、経営者の思いを未来につなぐためには、今すぐ事業承継対策に着手する必要があります。この「人には話しづらい」テーマ に対し、私たちはどのような準備をすべきでしょうか。対策は「待ったなし」の状況です。


近年、日本社会で深刻な社会問題となっているのが、企業の**「後継者不足」**です。民間調査会社のデータによると、後継者不足を理由とする倒産件数は増加の一途を辿っており、2024年には調査開始以降で過去最多の463件を記録しました。また、黒字経営を続けていても、経営者の高齢化により後継者を選定できず、廃業に追い込まれてしまうケースも増えています。この傾向は特に小規模事業者や地方で顕著であり、このままでは地域に根付いた大切な文化や産業が失われてしまう危険性があります。

しかし、この深刻な課題を乗り越え、事業を未来へと繋ぐ有力な解決策として、**「第三者承継」**が今、大きな注目を集めています。これは、親族や社内の役員といった身内ではなく、外部の第三者が事業を引き継ぐ手法です。


「第三者承継」が提示する解決の可能性

第三者承継は、単なる経営資源の移動にとどまらず、その事業の価値や地域からの愛情を守り、発展させる「解決可能性」を提示しています。

  • 例えば、横浜市にある創業の長い町中華「三公苑」の事例です。高齢と体調不良を理由に引退を考えていた先代の店主(小川さん)から、お店を継いだのは、その味に惚れ込んだ中国出身のリンさんでした。リンさんは、先代からマンツーマンで厳しい特訓を受け、難易度の高いチャーハンやチャーメンの調理技術、調味料の配分や火加減を見事に習得しました。その結果、店は7年前に承継された現在も、長年の常連客が「味が変わらない」「いつもの美味しさ」と絶賛するほど、伝統の味を守り抜いています。
  • また、福島県にある30年以上続く画材店「美術堂」では、さらに意外な形で承継が実現しました。年齢を理由に廃業を考えていた元オーナーに対し、店の常連客だった伊藤深夜さん(59歳)が事業を引き継いだのです。伊藤さんは、会社員時代、残業後の帰宅途中に灯る店の温かい明かりと雰囲気に「背中を押されるような気持ち」になった経験から、「この灯を消したくない」という強い思いでオーナーとなることを決意しました。現在は、全オーナーの残した「お客さんへの愛情」が詰まったメモを頼りに試行錯誤を続けながら、温かい接客でお客さんを迎え入れています。

このように、第三者承継は、事業の大ファンであったり、地方移住を視野に入れるなど、様々な動機を持つ新たな担い手と出会うことで(長野県の温泉宿の例では地方移住を考えた男性が承継しました)、事業の継続を可能にします。


柔軟なマッチングによる継承のサポート

こうした第三者への事業承継を現実のものにしているのが、事業承継マッチングサービスの存在です。譲渡希望者と承継希望者を結びつけるサービスは、間に立って交渉や手続きをサポートし、後継者問題を解決に導きます。

  • 特に大きなメリットは、その柔軟性です。事業全体だけでなく、店舗のみ、機材・設備のみ、あるいは場所に関係なく味や技術のみを承継するといった、範囲を選択して交渉で決めることができます。
  • 事業を譲る側は、後継者問題の解決に加え、従業員や取引先への影響を最小限に抑えられます。
  • 一方、継ぐ側は、費用を抑えつつ、先代が培ってきたノウハウなどの経営資源をそのまま引き継げるという大きなメリットがあります。さらに、新たな担い手が異なる業界の知識や顧客目線といった新しい視点を持ち込むことで、事業に変革(掛け算)が起こり、新しい未来を築くきっかけにもなります。

事業承継マッチングサービスは有効な選択肢ですが、メリットだけでなく留意すべき点もあります。

  • 費用負担と条件面の硬直性
    成功報酬や掲載料、アドバイザリー費用が発生し、スモールM&Aでは相対的に負担感が大きいことがあります。サービス標準の手順に沿うため、交渉の自由度が下がる場面も。
  • 風評・機密管理の難しさ
    募集情報から従業員・取引先に噂が広まり、不安や離反を招くおそれ。
    → 対策:**秘密保持契約(NDA)**の徹底、段階開示(匿名→限定開示→現地確認)を採用。
  • 人・文化・暗黙知の承継の難度
    レシピ・仕入れ勘所・常連対応など、紙に落ちないノウハウは短期では移転しにくい。
  • 許認可・契約上の制約
    事業譲渡では許認可の取り直しや取引先の同意が必要なケースがあり、承継スキーム(株式譲渡/事業譲渡)の選択を誤ると止まります。
  • PMI(統合プロセス)の負荷
    引継ぎ後のオペレーション統合作業(会計・労務・IT・ブランド運用)が後手に回ると、品質低下や離職に直結します。
  • 希望者不足・時間要因
    地域・業種次第では「待っても応募が来ない」「合う相手に出会うまで長期化」もあり得ます。
  • 評価(バリュエーション)のギャップ
    売り手の思い入れと買い手の収益基準が乖離しやすく、交渉が停滞。のれん(ブランド)価値の捉え方もズレが出がち。

事業承継において第三者承継(M&A)が「解決可能性」を示す有力な手段であることは前述の通りですが、実はM&Aの成功は、契約が成立したその瞬間で決まるわけではありません。
むしろ、「売る/譲る」という契約の締結よりも、その後の「統合」、すなわちPMIのプロセスこそが、M&Aの成否を握る真の鍵となります。


PMIは「Post-Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)」の略

M&Aで“契約が成立したあと”に、2つの会社や事業を1つの形で“ちゃんと動くように整える作業のことです。
一言でいうと、買った価値を“実際の成果”に変える後片づけと立ち上げです。

M&Aの契約締結は、結婚式を挙げるようなものです。そこに至るまでの交渉は大変ですが、本当に重要なのは、その後に始まる**共同生活(PMI)**です。お互いの文化や習慣の違いを理解し、誠実なコミュニケーションを日々重ねる努力がなければ、経済的に豊かであっても、その関係(事業)を長く続けることはできないのです。

なぜ大事?

  • 買収の失敗の多くは「買う前(価格)」より**買った後(運営)**で起きます。
  • 例:主要社員が辞める、顧客が離れる、請求や在庫が止まる――利益が出る前に価値が目減りします。
  • PMIはそれを防ぎ、売上を守り、人材をつなぎ、ムダを減らすための実務です。

いかがでしたでしょうか。事業承継は、5年、10年というスパンでかかると言われています。とにかく時間がかかります。専門家への早めの相談をお勧めします。