第35回 【司法書士が警告】「家族信託を自分でやる」は危険?

失敗しないための準備と費用を徹底解説

こんにちは。司法書士の時任です。

40代から70代の皆様、ご自身の老後やご両親の相続について「そろそろ対策を始めないと」と真剣にお考えではないでしょうか。

特に、認知症になった後の財産管理や、スムーズな相続を実現するための「家族信託」が今、非常に注目されています。

この家族信託について、「契約書さえ作れば自分でできるのでは?」と考える方もいらっしゃいます。

結論から申し上げますと、家族信託の契約自体は理論上、自力で作成することは可能です。

しかし、専門家として皆様にお伝えしたいのは、「できる」ことと「機能する」ことの間には大きな壁があるということです。

今回は、家族信託を自力で始めることの危険性と、安心確実な対策のために必要な知識、そして専門家に頼む際の費用対効果について、分かりやすく解説します。


家族信託とは?40代から始める安心の財産管理

まず、家族信託とはどのような制度でしょうか。

簡単に言えば、ご自身の財産(不動産や預金など)を、信頼できるご家族に託し、その管理や運用、そして処分までを任せる仕組みのことです。

この制度の最大のメリットは、ご自身が将来、認知症になって判断能力を失ってしまった場合でも、あらかじめ指定したご家族(受託者)が財産管理を継続できる点にあります。

これにより、いわゆる「資産凍結」のような状態を避け、大切な財産を未来にわたって守ることができます。

家族信託は、主に認知症対策として活用されますが、障害のあるお子様の将来を守る目的や、特定の相続対策としても利用が広がっています。


家族信託は契約行為!理論上は自力でできる

家族信託をスタートさせる方法はいくつかありますが、基本的にはご自身(財産を託す人=委託者)と、財産を託される家族(受託者)の間で「信託契約」を結ぶことによって始まります。

この契約行為には特に法令上の制限はありません。

そのため、契約書さえ整えば成立し、インターネット上のテンプレートや市販の書籍などを利用して、自力で契約書を作成する方も存在します。


家族信託を始めるために必須の準備

しかし、家族信託はただ契約書を作るだけで済むものではありません。

スタートさせるためには、主に以下の準備を正確に進める必要があります。

  1. 信託財産の決定:何を託すのか(不動産、金銭、預金など)を明確にします。
  2. 登場人物の決定:財産を託す人(委託者)、託される人(受託者)、そして信託した財産から利益を受ける人(受益者)の最低3名を決定します。
  3. 信託契約書の作成:契約内容を文書化します。
  4. 信託登記の手続き:信託財産に不動産が含まれる場合、名義を委託者から受託者へ変更する登記が必要です。
  5. 信託口口座の開設:金銭を信託する場合、金融機関と調整の上、信託専用の口座を開設しなければなりません。

【重要】自力で家族信託を進める4つの深刻なリスク

自力で家族信託の準備を進めることは可能ですが、その過程には専門家として看過できない多くのリスクが潜んでいます。

特に、40代から70代の大切な財産を守るための対策が、かえって将来の大きなトラブルにつながる可能性があるため、注意が必要です。


リスク1:契約書が「無効」となり、信託が機能しない

家族信託の仕組みは、一般的な民法上の契約(売買契約や贈与契約など)に比べて非常に複雑です。

もし自力で作成した契約書に不備があったり、法的要件が欠落していたりすると、契約自体が「無効」と判断されることがあります。

その結果、せっかく準備した信託が実際に機能しないという事態が発生する可能性があります。

テンプレートをそのまま利用したとしても、個別の事情に対応できず、結果的に機能不全に陥るケースもあります。


リスク2:思わぬ「税負担」が発生する

信託の内容や、委託者と受益者の設定を誤ってしまった場合、税務上それが**「贈与」と判断されてしまう**リスクがあります。

この場合、**想定外の多額の税金(贈与税など)**が突然発生し、大きな税負担を負うことになりかねません。

特に、受益権を連続させる特殊な信託行為(受益者連続型信託など)は複雑であり、ミスが生じやすい部分です。


リスク3:信託口口座が開設できない

信託専用の口座(信託口口座)を開設する場合、金融機関との調整が必須です。

しかし、金融機関によっては、専門家が関与していない契約書の場合、口座開設に応じてくれないケースが多々あります。

これは、素人の方が作成した契約書には法的要件の欠落や不備があり、そもそも信託自体が成立していない可能性があるためです。

金融機関側で契約書を詳細にチェック・修正する手間が発生するため、専門家の介入を求められるのが実情です。


リスク4:不動産登記手続きでミスが発生し、手続きがストップする

信託財産に不動産が含まれる場合に必要な信託登記は、通常の売買や贈与による名義変更よりも遥かに複雑です。

特に、信託目録といった特殊な書類を作成する必要があります。

この登記手続きは、専門家である司法書士の間でも、簡単には申請書が書けないほど難解な場合があり、申請にミスがあれば手続きがストップしてしまいます。


安心と確実性を手に入れる:専門家に依頼するメリット

大切なご家族の将来の財産を守るため、失敗のリスクを排除したいなら、専門家(司法書士など)に依頼することが最も確実です。

専門家に依頼する主なメリット

  1. 法律・税務の知識に基づいた適切な設計
     法律や税務の専門知識に基づいて、お客様の状況に最適な信託の仕組みを設計できます。
  2. 手続きの全面的なサポート
     複雑な登記手続きや契約書作成はもちろん、金融機関との調整も含め、必要な準備を全てサポートしてもらえます。
  3. 家族間の利害調整を支援
     信託設計や契約の過程で生じるご家族間の利害調整や話し合いの場面でも、第三者の立場として円滑な支援を受けることができます。

費用対効果を比較する:専門家依頼 vs. 成年後見制度

専門家に依頼する場合、費用が発生しますが、これは将来のトラブル回避や財産保護を目的とした**「投資」**として捉えるべきです。

専門家への初期費用目安

家族信託の設計や契約書作成にかかる司法書士報酬の目安は、40万円〜60万円前後(信託財産の価格によって変動)です。

これに、不動産が関わる場合の登記費用(司法書士報酬:5万〜15万円程度+登録免許税)や、公証役場での公正証書作成手数料などが加わります。

トータルで見ると、約50万円〜80万円程度が相場となることが多いです。もちろん信託する財産の価格や内容によって大きく変動します。


比較対象:成年後見制度のランニングコスト

家族信託を準備せずに認知症になってしまった場合、財産管理のために裁判所によって成年後見人が選任されます。

専門家が後見人となった場合、報酬が発生し、これは財産額によって増減しますが、平均して月々3万円程度の報酬がかかります。

  • 月々3万円 × 12ヶ月 = 年間36万円
  • 成年後見が10年間続けば、報酬の合計は360万円にもなります。

家族信託の経済的メリット

一方、家族信託では、ご家族を受託者に選定する場合、原則として受託者への報酬をゼロに設定できます。

家族信託の初期費用に仮に50万〜80万円かかったとしても、成年後見制度の長期的なランニングコスト(360万円など)と比較した場合、トータルで費用を抑えられる可能性が高いのです。

初期費用は数十万円かかりますが、長期的なコストや、何より「実際に機能する安心感」を考えると、専門家への依頼は決して高い投資ではないと言えるでしょう。


最後に

家族信託は、認知症や相続といった将来の不安に対する非常に有効な対策です。

しかし、自力で「できたつもり」になっていても、実際には機能しない信託になってしまうリスクがあることをご理解ください。

ご自身やご両親の大切な財産を確実に守るために、どの制度が最適なのか、そして専門家に頼むべきかどうかに迷われた際は、ぜひお気軽にご相談ください。

私たちが、皆様にとって適切な対策を一緒に検討させていただきます。