第18回 オンラインカジノは本当に合法?知られざる日本の法的リスクと落とし穴

近年、オンラインカジノの利用を巡るトラブルや報道が世間を騒がせています。特に、著名人が関与したニュースは記憶に新しいのではないでしょうか。多くの方が「海外のサイトだから大丈夫だろう」と安易に考えてしまいがちですが、実はその認識には大きな「落とし穴」が潜んでいます。今回は、オンラインカジノを巡る日本の法律の現状と、多くの人が陥りやすい誤解について、司法書士の視点から詳しく解説していきます。

日本の「賭博罪」とオンラインカジノの現状

まず、日本の刑法における「賭博罪」についてご説明しましょう。賭博とは、結果が確実には予想できない事柄に対して金品を賭ける行為を指します。日本の刑法では、原則としてこの賭博行為を禁じています。

しかし、ここには複雑な事情が絡んでいます。日本の法律には「国民の国外犯」という概念があり、一部の犯罪(殺人や放火など)は日本人が海外で行っても日本の法律で裁かれる対象となります1。ところが、賭博罪はこの国民の国外犯の対象外とされています。これはつまり、日本人が海外の国で合法的に運営されているカジノを利用して賭博を行うことは、日本の法律では罰せられない、ということを意味します1。

この「海外での合法カジノはOK」という認識が、オンラインカジノに対する誤解の根源となっています1。オンラインカジノはサーバーが海外にあるため、「海外の合法カジノと同じ」と錯覚しがちですが、日本の刑法が問うのは「どこで賭博行為が行われたか」という点です。日本国内からインターネットを通じてオンラインカジノに参加する行為は、現行の日本の法律下では間違いなく違法とされています。

広まった誤解の背景

なぜこれほど多くの人がオンラインカジノを「合法」だと誤解してしまったのでしょうか。その背景には、社会全体に浸透したある種のプロモーションも指摘できます1。特に、テレビCMなどで「オンラインカジノの無料版」が積極的に宣伝されていたことが挙げられます。無料版は金銭を賭けないため賭博には当たりませんが、ここから「本物のオンラインカジノ」へと誘導されるケースが多く、あたかも有料版も問題ないかのような誤解を生んでしまったのです。有名タレントやスポーツ選手が広告塔を務めていたことも、その信頼性を高めてしまった一因と言えるでしょう。

責任の所在と法の本質

この状況において、最も責任が問われるべきは、安易に広告を流したメディア側、特にテレビ局やラジオ局であると考えられます。彼らはCMを放送する際に、その内容について審査を行う専門部署があるはずです。無料版から有料版への誘導があり、それが違法な賭博に繋がる可能性を認識しながらも、広告費欲しさにCMを流したとすれば、その責任は非常に重いと言わざるを得ません。CMに出演したタレントやスポーツ選手は、その内容の違法性を知る由もなく、彼らを責めるべきではありません。

一方で、「賭博罪」が本当に必要なのかという議論も存在します。多くの国では、スポーツ賭博などが合法化されている地域も少なくありません。日本においても、国や地方公共団体が胴元となる競馬、競輪、競艇といった「公営ギャンブル」や宝くじは合法とされています。宝くじは構造的に見れば完全な賭博ですが、国が運営するものは法律で許可されています。この「一般人はダメで、政府はOK」という現状は、「賭博は本来、そこまで悪いことではないのではないか」という問いを投げかけます。

賭博を罪とすることには、確かに「ギャンブル依存症」による個人の破産や生活破綻を防ぐという建前があります。実際に、依存症によって財産を失い、生活が立ち行かなくなる人は存在します。私も、ギャンブルで借金を重ねてしまった多くの方の債務整理のお手伝いをしてきました。しかし、その一方で、賭博を犯罪とすることによる大きなマイナス面も存在します。一つは、反社会的勢力(暴力団など)の資金源になるということです。もう一つのマイナス面は、多くの善良な一般市民を「犯罪者」にしてしまうことです。違法性の認識が曖昧なまま、あるいは「みんなやっているから大丈夫だろう」という軽い気持ちで手を出してしまい、意図せずして法律を犯してしまう人が後を絶ちません。

今後の展望と利用への警鐘

今後、賭博に関する法制度が見直される可能性も議論されています。例えば、貸金業規制のように、年収の3分の1を超えるような高額な金銭を賭ける行為を規制対象とする、といった方策が議論されています。また、ギャンブル事業者が得る収益の一部を、ギャンブル依存症の治療や支援を行う施設の運営費用に充てる、といった仕組みも有効でしょう。多くの日本人は、自己責任の範囲内で娯楽としてギャンブルを楽しんでおり、ごく一部の人が依存症に陥るという実態を踏まえれば、このような立法政策は十分に合理性があると考えられます。

しかし、繰り返しになりますが、現行法の下では日本国内からのオンラインカジノ利用は違法です。過去に多くの利用者がいたとしても、警察がその全員を立件することは物理的に困難です。しかし、非常に頻繁に、あるいは多額の金銭を賭けている一部の利用者については、立件される可能性が十分にありますので、決して安易な気持ちで利用しないよう、くれぐれもご注意ください。

法律は社会情勢の変化に応じて見直されるべきものです。オンラインカジノを巡る現在の状況は、私たち国民が、そして政治家が、賭博に関する法制度のあり方を改めて深く考えるべき時期に来ていることを示唆しているのかもしれません。

もし、オンラインカジノの利用に関して不安や疑問をお持ちの場合は、お近くの法律の専門家にご相談いただくことをお勧めします。

第17回 家族を困らせない!デジタル時代の新しい「備え」:あなたのスマホ、PCに残された見えない遺産とは?

「相続」と聞くと、不動産や預貯金、有価証券といった“形ある財産”を思い浮かべる方がほとんどでしょう。しかし現代には、スマートフォンやパソコン、インターネット上に存在する「デジタル遺産」という、もう一つ無視できない重要な財産があります。

40代から70代の皆さま、ご自身やご両親の“もしもの時”に備え、デジタルの世界へ目を向けたことはありますか? 近年このデジタル遺産をめぐるトラブルは急増しており、過去8年間で相談件数は3倍以上に膨れ上がっているそうです。思わぬ問題に直面するご家庭が少なくないのが現状です。

なぜ「デジタル遺産」が家族の負担になるのか?

想像してみてください。大切な家族が突然この世を去った後、残された遺族は悲しみの中でさまざまな手続きを進めなければなりません。その過程で、次のような“デジタルの壁”にぶつかるケースが後を絶ちません。

  • ネット銀行や証券口座にアクセスできない
    ログイン ID やパスワードが分からなければ、残高確認も解約手続きも進みません。手続きは可能でも、膨大な時間と労力がかかります。相続人がデジタル遺産に気が付かず、相続手続きや確定申告を済ませたあとで、遺産分割協議のやり直しや修正申告となってしまうケースもあります。
  • サブスク料金の支払いが続く
    動画配信やオンラインストレージなどの月額サービスは、契約状況が分からなければ利用していなくても料金が引き落とされ続けてしまいます。
  • 思い出やプライベートな写真・データにアクセスできない
    デバイスにロックがかかっていると、写真や連絡先など大切なデータにたどり着けないことがあります。
  • 知られざる秘密のデータが見つかる
    故人が家族に知られたくなかった個人的情報が発見され、遺族が精神的ショックを受ける例も報告されています。

これらの問題は“他人事”ではなく、いつでも誰にでも起こり得る“自分事”です。

トラブルを未然に防ぐための「デジタル時代の備え」

司法書士としておすすめする三つの対策をご紹介します。

  1. ログインパスワードの共有方法を決める
    • 物理メモを活用:名刺サイズの紙などにデバイスや重要サービスのパスワードを書き留め、通帳や保険証券と一緒に保管しておく。プライバシーが気になる場合は、家族だけが解読できるヒントや暗号にし、スクラッチ加工で隠すなどの工夫を。
    • 緊急時情報伝達サービス:定期的に生存確認を行い、一定期間応答がない場合に指定家族へ情報を自動送信する有料サービスもあります。単身世帯や急変リスクが気になる方に有効です。
  2. デジタルデータを整理しプライバシーを守る
    • データ整理ツールの利用:データを「重要」「開示」「秘密」の三つに分類できるアプリを活用し、相続関連情報とプライベート情報を明確に分ける。
    • 生前整理を習慣化:不要データの削除や整理を定期的に行い、万が一の負担を軽減しましょう。
  3. 専門家へ相談する
    デジタル遺産は範囲が広く、すべてを把握して対策を講じるのは容易ではありません。情報開示の範囲や管理方法、法的手続きとの連携など、専門知識が求められる場面も少なくありません。当事務所では、デジタル資産の棚卸しから具体的な対策、ご家族への情報共有まで、状況に合わせた最適なプランをご提案いたします。例えば、死後事務委任契約や遺言での対策が理想的です。

今すぐ始められる「デジタル時代の備え」

「終活」はまだ先のことと思われるかもしれませんが、デジタル遺産の問題は“突然への備え”としての性格が強いものです。まずはご自身のスマートフォンやパソコンに何が入っているか、どのサービスと契約しているかを「見える化」してみましょう。そして「誰に」「どのように」伝えるかを具体的に決めることが、家族をトラブルから守り、平穏な相続を実現する第一歩となります。

ご自身とご家族の安心のために、デジタル時代の新しい「備え」を今日から始めましょう。ご不明点やご不安があれば、どうぞお気軽にご相談ください。


第16回【フジテレビ「サン!シャイン」取材協力】大阪・ミナミ14.5億円地面師事件から学ぶ「住民票不正取得」の恐ろしさと制度の課題


先日、大阪・ミナミで発覚した地面師事件のニュースは、多くの皆さんに衝撃を与えたことと思います。不動産会社代表になりすまし、土地取引をもちかけて約14億5千万円もの大金をだまし取ったとされるこの事件。その巧妙な手口は、私たちのすぐ身近にある制度の「隙」を突いたものであり、専門家としても強い危機感を抱いています。

私のもとにも、この事件について「一体どうやって、そんな大金が騙し取られてしまったのか?」というご相談やご質問が寄せられています。そして先日、光栄なことにフジテレビの朝の報道番組「サン!シャイン」から取材協力のご依頼をいただき、司法書士の立場から、この事件の背景にある問題点や、私たちが注意すべき点について解説させていただきました。

テレビでは時間の制約もあり、十分にお伝えできなかった点もあります。そこで今回は、ブログという形式で、改めてこの事件の詳細と、特に私が専門家として最も問題だと感じている、事件の「発端」となったある制度の悪用について、深く考察してみたいと思います。

事件の発端:巧妙に悪用された「住民票不正取得」の手口

今回の地面師事件で明らかになった、彼らの最初の、そしておそらく最も重要なステップは、「住民票の写し」を不正に入手したことでした。

彼らは、ターゲットとした不動産会社の代表に「数十万円を貸した」という虚偽の「借用書」を作成し、自治体の窓口に提出しました。そして、法律上、本人でなくても「訴訟提起などの必要性が認められれば」住民票の写しが交付される制度を悪用したのです。これは利害関係人からの請求という制度になります。

これが、事件の恐ろしい幕開けでした。なぜなら、大阪市によると、提出された借用書などの記載内容の確認は行うものの、原則として、当事者(本来の所有者である不動産会社代表)への連絡などは行わない運用になっているからです。つまり、悪意を持った第三者が虚偽の書類を用意すれば、本人に知られることなく住民票の写しを手に入れられる「抜け穴」が存在していたことになります。

本来の所有者の住民票写しを入手できたことが、今回の巨額詐欺事件の「なりすましの発端」となったことは、非常に重要なポイントです。個人の最も基本的な情報が記載された住民票が、不正な手段で第三者の手に渡ってしまったことが、その後の巧妙な犯罪を可能にしてしまったのです。

住民票情報からの「なりすまし」の連鎖

入手した住民票には、ターゲットの正確な氏名、住所、生年月日などの個人情報が記載されています。地面師グループは、この情報を悪用して、さらに巧妙な偽装工作を進めました。

  1. まず、住民票の個人情報を基に、ターゲットである不動産会社代表の運転免許証を作成しました。
  2. この偽の免許証を使って、役所でターゲットの「印鑑登録」を勝手に変更しました。
  3. 変更後の印鑑で、「正規」に見える印鑑登録証明書を入手しました。
  4. 次に、偽の印鑑登録証明書と実印を使って、不動産会社の代表印(法務局届出印)を変更しました。加えて、偽の株主総会議事録などの書類も作成しました。
  5. これらの偽造書類を用いて、不動産会社の「法人登記簿」を変更し、詐欺グループの男が会社の新しい代表取締役に就任したかのように見せかけたのです。

こうして、グループ側は、あたかも自分たちが正規の物件所有者であるかのように装う「公的書類」を次々と手に入れました。そして、これらの偽造書類を信頼させると同時に、交渉相手には「(本来の所有者の)おいにあたる」などと嘘をつき、巧みに土地取引を持ち掛けたのです。

なぜ巨額詐欺は成功したのか? 取引側の心理と背景

約14億5千万円という巨額の詐欺がなぜ成立してしまったのでしょうか。その背景には、取引された物件の特性と、不動産業界の心理が関係していると考えられます。

ターゲットとなったのは、いずれも地価が高騰する大阪・ミナミの繁華街に位置する「好物件」でした。特に、ある物件は国立文楽劇場からも近く、インバウンドも多く行き交う「絶好の立地」だったと報じられています。

このような物件は、購入後に転売することで簡単に利益が得られる期待が高く、「購入希望者が結構いたはずだ」 と言われています。そのため、少しでも早く手に入れたいという、不動産業界の「われ先に」という心理が利用された可能性があります。

また、今回だまし取られた売買代金の中には、ある物件だけで4億5千万円とされるものがありますが、不動産業界の関係者からは「立地を踏まえれば、考えられない安値。相場はもっと高い」 との声も上がっています。安値で購入できれば簡単に利益が得られる という思惑が働き、通常は行うべき下見や測量などを重ねた慎重な手続きを省略してしまう会社も業界内に存在する とされており、こうした事情も、地面師に騙されやすくなる一因だったかもしれません。

巧妙に作られた偽造書類、そして好条件の物件に対する「早く手に入れたい」「安く買って儲けたい」という心理。これらの要素が複雑に絡み合い、今回の巨額詐欺を成功させてしまったと言えるでしょう。

制度運用への問題提起:司法書士として訴えたいこと

今回の事件を通じて、司法書士として最も強く訴えたいのは、やはり事件の「発端」となった住民票の写しの不正取得を許してしまった、現行の制度運用に対する問題提起です。

前述の通り、大阪市では、利害関係人からの請求に対しては、提出された書類の記載内容を確認するものの、原則として当事者への連絡は行わない運用となっています。この運用が、悪意を持った第三者が、虚偽の借用書一枚で他人の住民票を手に入れることを可能にしてしまう「抜け穴」となっている可能性があるのです。

司法書士は、不動産登記手続きや相続手続きなどで、職務上他人の住民票を取得する機会があります。その際は、厳格な本人確認と、「なぜその方の住民票が必要なのか」という具体的な理由、そしてその必要性の確認が求められます。

一方で、自治体の窓口での「利害関係人からの請求」に対する審査は、より形式的にならざるを得ない部分があるのかもしれません。しかし、今回の事件のように、住民票という重要な個人情報が不正に取得されることで、その後のなりすまし犯罪に直結してしまう現状を考えると、自治体側にも、より厳格な審査基準や運用が求められるべきだと強く感じています。

例えば、

  • 提出された借用書などの書類の真偽を確認するための手段を強化する。
  • 不動産取引を目的とした請求など、特に悪用のリスクが高いと判断されるケースについては、例外的に本人に通知を行う、あるいは電話などで意思確認を試みるなどの対応を検討する。
  • 請求理由の「必要性」を、より具体的に、厳格に判断する。

個人の権利行使の機会確保は非常に重要ですが、それを理由に不正な情報取得が容易になってしまっては本末転倒です。悪用されやすい制度には、それに見合ったリスク管理策を講じる必要があります。今回の事件は、私たちの個人情報が、いかに脆い基盤の上に成り立っているかを痛感させるものです。

まとめ:地面師事件から学ぶべきこと

大阪・ミナミの地面師事件は、巧妙な詐欺師が、既存の法律や制度の「隙」を突き、いかに巨額の不正を行うことができるのかを私たちに突きつけました。そして、その最初の突破口が、まさか「住民票の不正取得」であったという事実は、私たちが日頃当たり前だと思っている公的制度の中に、思わぬリスクが潜んでいることを教えてくれています。

司法書士として、このような悪質な地面師の手口や、それを可能にしてしまう制度の課題を、広く社会に知っていただくことの重要性を改めて感じています。今回のテレビ取材協力も、そのための貴重な機会となりました。

私自身も、今回の事件から得られた知見を活かし、お客様の大切な財産や権利をこのような不正から守るため、より一層専門知識と注意力を磨いていく決意です。


第15回 相続放棄の費用、期限とは?売れない負動産を相続しない選択


負動産

「親が亡くなったけれど、プラスの財産はほとんどなく、借金や手入れされていない実家(いわゆる『負動産』)が残されてしまった…」

「遠い親戚に相続が発生したと連絡が来たけれど、全く付き合いがなく、どう対応すればいいか分からない…」

相続は、大切な方を亡くされた悲しみの中で行わなければならない、非常にデリケートで複雑な手続きです。特に近年、核家族化や高齢化の進展に伴い、相続に関する悩みも多様化しています。中でも、借金や価値の低い不動産といった「負の遺産」を相続したくないという理由から、「相続放棄」を検討される方が増えています。

しかし、相続放棄は安易に考えてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまう可能性も。今回は、相続放棄について知っておくべき基本的な知識や手続きの流れ、注意点について、司法書士の視点から解説します。

相続放棄を検討する方が増えている背景

なぜ今、相続放棄を選択する方が増えているのでしょうか?

主な理由の一つとして、亡くなられる方の数自体が増加傾向にあることが挙げられます。それに伴い、相続の発生件数が増え、相続に関する問題に直面する方も自然と多くなります。

また、都市部であればまだしも、地方に実家が残された場合など、買い手がなかなかつかない、あるいはそもそも値がつかないといった不動産(いわゆる「負動産」)が増えていることも背景にあります。こうした不動産は、所有しているだけで固定資産税などの費用がかかり、管理の手間も生じます。そのため、「手放すのにお金がかかるくらいなら、いっそ相続しない方が良い」と考える方が少なくありません。

親が残した借金を相続したくないという理由だけでなく、このように「負の遺産」としての不動産を相続したくないという動機から、相続放棄が検討されるケースが増えているのです。

相続放棄とは?その前に知っておくべき「相続人」の範囲

相続放棄は、亡くなった方(被相続人)の遺産を全て受け継がないという意思表示です。家庭裁判所に申述することで行います。この手続きが受理されると、初めから相続人ではなかったことになります。

相続放棄について考える上でまず理解しておきたいのが、「誰が相続人になるのか」という相続人の範囲と順位です。

  • 常に相続人になる人:被相続人の配偶者
  • 配偶者以外で相続人になる可能性のある人:
    • 第1順位:被相続人の子。子が既に亡くなっている場合は孫、孫も亡くなっている場合はひ孫と、下の世代へ権利が移ります(代襲相続)。
    • 第2順位:被相続人の父母。父母が共に亡くなっている場合は祖父母と、上の世代へ権利が移ります(直系尊属)。※第1順位の人がいない場合に相続人になります。
    • 第3順位:被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は甥や姪へ権利が移ります(代襲相続)。※第1順位、第2順位の人がいずれもいない場合に相続人になります。

もし、上記の相続人が全員相続放棄を選択した場合、相続権は次の順位の相続人へと移っていきます。例えば、配偶者も子も相続放棄した場合、相続権は父母や祖父母へ。さらに父母や祖父母も全員放棄した場合は、兄弟姉妹や甥姪へと移る可能性があるのです。

知らないうちに自分が「相続人」に?

ここで注意が必要なのは、自分が相続人であることを自覚していないケースです。特に、長年音信不通だった親戚に相続が発生した場合など、「まさか自分が相続人になるなんて」と考えている方も少なくありません。

しかし、上の順位の相続人が全員相続放棄をした結果、それまで全く関与していなかった方が、突然「あなたが相続人です。相続の手続きをしてください」と連絡を受けることがあります。

このような事態を避けるためには、上の順位の相続人が相続放棄をした場合、次に相続人となる可能性のある方へ、その旨を知らせる配慮が重要です。

相続放棄の手続きと「3ヶ月」の期限

相続放棄の手続きは、必要書類を揃え、家庭裁判所に申述書を提出して行います。戸籍謄本などを収集する必要があり、ご自身で行うことも可能ですが、専門家である司法書士にご依頼いただくのが一般的です。

司法書士に相続放棄の手続きを依頼した場合の費用は、1名あたり1万2,000円から8万5,000円程度が目安となることが多いようです。事案の複雑さなどによって費用は変動しますので、依頼前に確認することが大切です。

そして、相続放棄には厳格な期限があります。原則として、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述しなければなりません。

この「知った時」というのが重要なポイントです。被相続人が亡くなった日から3ヶ月ではなく、「自分が相続人になったと知った日」から3ヶ月です。例えば、遠い親戚で亡くなったことを知らなかった場合や、上の順位の相続人が全員放棄したことで初めて自分が相続人になったことを知った場合など、亡くなってから数年後、あるいは10年以上経過してから相続人になったと知ることもあります。この場合でも、自分が相続人になったと知った日から3ヶ月以内であれば、相続放棄の手続きが可能です。

ただし、この「知った時」がいつであるかを明確に証明できるよう、専門家と相談しながら手続きを進めることをお勧めします。

一度相続放棄をしたら「やっぱりやめた」は、できない!

相続放棄を検討する上で、最も重要な注意点の一つは、一度家庭裁判所に受理された相続放棄は、原則として撤回(取り消し)ができないということです。

「借金があると思っていたけれど、手続きをした後に実は多額のプラスの財産があったことが分かった」といった場合でも、残念ながら一度放棄したものを「やっぱり相続します」と翻すことはできません。

そのため、相続放棄の手続きを行う前には、被相続人の財産状況(借金や不動産だけでなく、預貯金や有価証券なども含め)をしっかりと調査することが極めて重要です。プラスの財産が借金よりも多い可能性もゼロではありません。

しかし、3ヶ月という期限の中で、被相続人の全ての財産を漏れなく調査するのは簡単なことではありません。特に、どこにどんな財産があるか分からない場合は、専門家のサポートが必要になることもあるでしょう。

全員が相続放棄しても残る可能性のある「管理義務」とは?意外な落とし穴

さらに、相続放棄をしたからといって、全ての問題から完全に解放されるわけではないケースがあることにも注意が必要です。

もし相続人全員が相続放棄をしたとしても、残された相続財産(特に不動産である実家など)について、「管理義務」が残る場合があるのです。

これは、相続財産が原因で第三者に損害を与えてしまう可能性のある場合、その損害を防止するための最低限の管理は行う必要がある、という考え方です。例えば、相続放棄した空き家が、地震や台風で倒壊し、隣家に被害を与えてしまったといった場合、損害賠償の責任を問われる可能性があります。

特に「現にその財産を占有している」場合、管理義務が残ると考えられています。例えば、相続放棄はしたけれど、たまに実家に行って掃除をしている、といったケースなどがこれに該当する可能性があります。

では、この管理義務から完全に解放されるにはどうすれば良いのでしょうか?一つの方法として、相続財産管理人を家庭裁判所に申し立てて選任してもらうという手続きがあります。相続財産管理人は、被相続人の財産を管理・清算する役割を担います。

しかし、この相続財産管理人選任の手続きには、数十万円単位の費用(予納金)がかかることが一般的です。そのため、この方法を選択することも、必ずしも容易ではありません。

相続放棄は、借金などを受け継がないための有効な手段ですが、これらのように「やっぱりやめた」ができないことや、管理義務が残る可能性があるといった意外な落とし穴が存在します。

終わりに:相続放棄を検討するなら専門家へご相談を

ここまで見てきたように、相続放棄は非常にメリットが大きい手続きである一方で、注意すべき点も多く、単純な手続きではありません。特に、期限が3ヶ月と短い中で、財産調査をしっかり行い、将来的なリスク(管理義務など)も踏まえて慎重に判断する必要があります。

相続が発生して、借金や空き家などの「負の遺産」のことでお悩みの方、あるいは自分が相続人であると知ったけれどどうすれば良いか分からないという方は、決してご自身だけで抱え込まず、まずは相続の専門家である司法書士にご相談ください。

司法書士は、相続放棄の手続きのサポートはもちろん、財産調査のアドバイスや、相続放棄以外の選択肢(限定承認など)も含めて、お客様にとって最善の方法を一緒に検討し、適切な手続きをナビゲートいたします。

当事務所でも、相続に関するご相談を承っております。どうぞお気軽にお問い合わせください。


第14回 相続時の預金の取り扱いでよくある疑問5選|口座凍結・税金・仏壇費用まで

相続が発生すると、故人名義の預金口座をどのように扱えば良いのか、様々な疑問や不安が生じることがあります。司法書士として相続のご相談をお受けする際にも、預金に関するご質問は非常に多く寄せられます。

例えば、「亡くなる前に故人の預金を引き出して使っても良いのか?」「亡くなった後、口座は凍結されてしまうのか?」「相続した預金で相続税を払っても問題ないのか?」といったことです。これらの疑問について、今回は5つのポイントに分けて分かりやすく解説いたします。(一部税務に関する記載がありますが、当職は税理士ではございません。ご参考程度にして頂き税理士にご確認頂きますようお願いします)

  1. 亡くなった方の預金、いつ引き出せる?(相続開始前後の対応)

相続が発生すると、お通夜や葬式など様々な費用が発生し、手元にお金が必要となる場面が多くあります。そのため、故人が入院中に、今後の葬儀費用などに充てるため、あるいは口座凍結を懸念して、亡くなる直前にご家族が故人の預金を引き出しておく、という話はよく聞かれます。これらの行為自体は、他の相続人の方々の了解を得て行う分には、特に問題となることはありません。

しかし、注意が必要なのは、相続税の申告における財産の評価です。相続税における財産評価は、原則として、亡くなった方(被相続人)が亡くなられた当日における財産の価値に基づいて行われます。預貯金や不動産、その他の財産や負債などが含まれます。

例えば、故人が亡くなる直前に、今後の費用に充てる目的で預金口座から300万円を引き出したとします。亡くなった当日の口座残高は、引き出し後の1700万円となります。一見、故人の財産が減ったように見えますが、税務上の評価においては注意が必要です。引き出された300万円は、形を変えて故人の財産として存在していると考えられます。したがって、相続税の申告では、引き出し後の口座残高1700万円と、手元にある現金300万円を合わせた2000万円が故人の預貯金等として計上されるべき、ということになります。安易に引き出し後の口座残高のみで申告すると、過少申告とみなされ、税務調査の際に指摘を受ける可能性があります。

相続税の申告においては、亡くなった日時点での預貯金残高と、引き出されて現金として手元にある分を合わせて計上します。その上で、実際に支払った葬儀費用などは、別途債務控除として差し引くという手続きをとります。固定資産税や入院費、公共料金なども同様に扱われます。

一方、相続が発生した後に、故人の預金を引き出すこと自体は、税務上の問題は生じにくいと言えます。なぜなら、相続財産の評価は亡くなった日時点で行われるためです。この場合も、他の相続人の了解を得て行うことが重要です。遺産分割協議がまとまっていれば、口座名義人以外の方でも手続きにより引き出しが可能になります。

  1. 口座が凍結されたらどうする? 一部を引き出す方法は?

「口座が凍結されてお金が引き出せなくなる」という話を聞いてご心配される方もいますが、実は銀行は自動的に口座名義人の死亡情報を把握しているわけではありません。ご家族が亡くなられたことを銀行に知らせなければ、多くの場合、すぐに口座が凍結されることはありません。

しかし、遺産分割協議がまとまる前に、銀行の窓口で故人の口座から多額(目安として50万円以上)の引き出しを試みたり、残高証明書を取得しようとしたりすると、銀行は口座名義人の死亡を認識し、口座が凍結される可能性があります。口座が凍結されると、原則として相続人全員の同意や、遺産分割協議書などの手続きを経て、凍結解除の手続きをしないとお金を引き出せなくなります。

ただし、2019年7月1日からは、遺産分割協議が完了する前でも、一定の要件を満たせば、故人の預金から生活費や葬儀費用などに充てるために、「仮払い制度」を利用して一部を引き出すことができるようになりました。引き出せる額には上限があり、口座残高に応じた法定相続分の3分の1まで、かつ最大150万円までとなっています。他の相続人の同意を得ずに手続きを進めることも可能ですが、後々のトラブルを防ぐためにも、他の相続人への配慮は重要です。

また、遺産分割協議がまとまる前に一部の相続人が勝手に預金を引き出す行為は、他の相続人との間で争いの火種となる可能性があるため、十分な注意が必要です。さらに、故人に借金が多く相続放棄を検討している場合に、安易に預金を引き出してしまうと、相続放棄ができなくなる場合もあります。

  1. お墓や仏壇の購入費用、相続財産から引ける?

相続税の計算において、故人の借金(債務)や葬儀にかかった費用は、相続財産から差し引いて計算することができます(債務控除、葬式費用控除)。では、故人のためにお墓や仏壇を購入した費用は、この控除の対象となるのでしょうか?

亡くなられた後にご家族が故人のためにお墓や仏壇を購入した場合、その費用は相続税計算上の「債務控除」の対象とはなりません。つまり、相続財産から購入費用分を差し引いて相続税を計算することはできない、ということです。

一方、故人が生前にご自身の預金などでお墓や仏壇を購入されていた場合、これらの祭祀財産は相続税法上「非課税財産」とされており、相続財産に含めなくて良いとされています。故人生前にご自身の財産で購入しておけば、その購入費用で資産は減少し、購入したお墓や仏壇は非課税財産として相続されるため、結果として相続税の負担を軽減できる可能性があると言えます。

  1. 相続税の支払い、相続した預金からでも大丈夫?

「被相続人から相続した財産を使って相続税を支払ってはいけない」という話を聞いて、不安に思われる方がいらっしゃるようですが、そのような法律上の制限は一切ありません。ご安心ください。多くの相続人の方が、相続によって得た預貯金などから相続税を支払われています。ご自身の固有の預金から支払っていただいても全く問題ありません。

ただし、相続財産の大部分が不動産で、預貯金などの現金資産が少ない場合、相続税を支払うための現金が不足し、納税に苦労する可能性があります。このような事態を防ぐため、財産を残す側のご両親などは、遺族が相続税の支払いに困らないよう、生前のうちから現預金をある程度確保しておいたり、不動産の一部を持分贈与するなどして対策を検討することが望ましいでしょう。専門家である税理士などに相談し、計画的に対策を進めることをお勧めします。

  1. 遺産をまとめて分配するのは贈与?

遺産分割協議がまとまった後、相続財産である預金などを代表相続人(例:長男)の口座に一度集約し、そこから各相続人の口座へ、協議で定めた割合に応じて分配するという手続きをとる場合があります。この場合、代表相続人の口座を経由したとしても、それは遺産分割の履行として行われるものであり、贈与には該当しません。贈与税がかかる心配はありませんのでご安心ください。

通常、家族間でも年間110万円を超える財産のやり取りには贈与税がかかる可能性がありますが、相続財産の分配はこれとは異なる扱いとなります。

まとめ

相続における預金は、日常生活と密接に関わるため、多くの疑問が生じやすい部分です。適切な知識がないまま手続きを進めると、他の相続人とのトラブルに発展したり、税務上の問題が生じたり、場合によっては相続放棄ができなくなるといったリスクもあります。

特に、相続開始前後の預金の引き出しについては、税務上の注意点や、他の相続人との事前の話し合いが不可欠です。また、遺産分割協議がまとまる前に預金を引き出す場合は、口座凍結のリスクや、「仮払い制度」の利用を検討するなど、慎重な対応が求められます。

相続手続きは複雑で、預金一つをとっても様々な注意点が存在します。ご自身の状況に合わせて、適切な手続きを進めるためには、専門家である司法書士にご相談いただくことをお勧めします。当事務所では、預貯金の解約、遺産分割協議の支援や相続登記など、相続手続き全般をサポートさせて頂きます。

第13回 知っておきたい。身内が亡くなった時の相続手続き完全版

司法書士の時任です。今回は、身内が亡くなられたときの相続の手続きについて解説していきます。

大切なご家族を亡くした場合、悲しみと同時に様々な手続きに直面することになります。特に、初めて経験する相続手続きは複雑で戸惑うことも多いでしょう。大切な人を失った直後は、悲しみと喪失感に包まれ、先のことを考える余裕もないかもしれません。それは当然のことです。大切な人を失った直後は故人に寄り添う時間をもってください。それから故人を見送る準備をしても遅くはないと思います。

それでは、身内が亡くなった時の相続手続きを、臨終当日から順を追って解説します。

1:臨終の当日から1週間に行う相続手続き

1-1:訃報連絡

まず、関係の深い家族や親族(目安は3親等)に訃報を伝える必要があります。家族等の身内にはどんな時間帯であっても早く知らせることが基本です。それ以外の友人や縁戚には、葬儀の日取りが決まった時点でお知らせします。

1-2:ご遺体の搬送、安置

病院で亡くなった場合、病室から病院の霊安室へ移動します。その間にご遺体の安置場所を決めます。自宅か葬儀社や火葬場の霊安室などです。都心部に限り、火葬までの間、故人を宿泊させることができる「遺体ホテル」というサービスもあります。ご遺体の搬送は、病院提携の葬儀社に依頼することもできます。その場合でも、その後の葬儀は別の葬儀社に依頼しても問題はありません。

1-3:死亡診断書の受取

医師から死亡診断書を受け取ります。死亡診断書は、火葬や埋葬の際に必要となる書類です。

1-3:通夜、葬儀、告別式

故人を偲ぶために、通夜、葬儀、告別式を行います。形式や内容は、宗派や地域によって異なります。

  • 葬儀社に依頼する場合は、希望に合わせてプランを選ぶことができます。
  • 家族だけで行うことも可能です。

1-5:遺言書の確認

故人が遺言書を残していないか確認します。遺言書があれば、その内容に従って遺産を分配する必要があります。

  • 遺言書は、自宅や銀行の貸金庫など、様々な場所に保管されている可能性があります。
  • 公正証書遺言の場合は、公証役場で原本を確認することができます。あるかないか分からない時でも調べることができます。

1-6:初七日法要

故人の冥福を祈るために、初七日法要を行います。初七日法要は、亡くなってから7日目の法要です。

  • 初七日法要は、自宅や寺院で行うことができます。
  • 僧侶を招いて読経を行うこともできます。

1-7:お墓を考える

故人の遺骨を安置するためのお墓について考えます。お墓の種類や費用は様々です。

  • 既存のお墓に入る場合と、新しいお墓を購入する場合があります。
  • 費用は、墓地の種類や石材の種類によって異なります。

1-8:死亡届出の提出

市区町村役場に死亡届を提出します。死亡届は、亡くなってから7日以内に出す必要があります。

  • 死亡届には、故人の氏名、住所、死亡日時などが必要です。
  • 死亡診断書が必要です。

1-9:埋火葬許可証の申請と提出

火葬場や埋葬場へ、埋火葬許可証を申請します。埋火葬許可証は、市区町村役場で発行されます。

  • 埋火葬許可証には、故人の氏名、住所、死亡日時などが必要です。
  • 死亡届が必要です。

2:臨終から14日以内に行う相続手続き

2-1:年金受給停止と未支給年金請求(10日以内)

公的年金の受給者が亡くなった場合、国民年金は14日以内、厚生年金は10日以内に年金事務所等に年金受給権者死亡届を提出します。死亡届が提出されないと年金が支給され続け、あとで返さなければならなくなるので注意しましょう。

また、年金は亡くなった月の分まで受け取ることができます。受け取っていない年金については未支給金として請求できます。

2-2:健康保険資格喪失届

資格喪失の届出をして、保険証を返納します。世帯主が亡くなった場合は世帯主を変更して新しい保険証の発行が必要となります。

2-3:介護保険資格喪失届

介護保険を利用していた場合は届け出が必要になります。14日以内に資格喪失届を役所に提出し保険証を返却します。

2-4:世帯主変更届

亡くなった方が世帯主だった場合は世帯主変更届を市町村に提出します。変更後の世帯主には15歳以上であれば誰でもなることができます。

2-5:公共料金などの各種契約の名義変更や解約

名義を変更するか、契約を解約します。利用料金の引き落とし口座も変更が必要です。

3:臨終から3か月以内に行う相続手続き

3-1:相続人の特定

遺産分割協議に参加する相続人の確定が必要です。戸籍を調査して、相続人を全員もれなく把握することが必要です。

3-2:相続財産の特定

現金、預貯金、有価証券、不動産、車や貴金属、金銭的価値があるものは基本的にすべて相続の対象となります。

相続財産に漏れがあると、あとで遺産分割がやり直しになってしまう可能性もあるので慎重に調査をしましょう。

3-3:遺産分割協議

相続財産を分けるときには、全ての相続人で話し合う遺産分割を行います。遺産はさまざまな分け方ができますが、相続人全員の合意がなければ分割することができません。遺言書があればその内容に従うことになります。

3-4:相続放棄と限定承認

被相続人の借金や債務などマイナスの財産があった場合、財産放棄と限定承認の2つの選択肢があります。

3-5:四十九日法要

法要を執り行う際には、お坊さんのスケジュールを押さえたり、親族や友人などの都合もあるためにも、事前に日取りを決めておかなければなりません。日程は一般的に49日前の土日祝日で調整します(49日よりあとにはしません)

3-6:納骨

骨壺をお墓に納める納骨法要を行います。これは49日法要とあわせて実施されるのが一般的です。

4:4か月以内に行う相続手続き

4-1:個人の方の所得税準確定申告と納税

年の途中で亡くなった故人の所得の申告と納税を相続人が代わって行うことを準確定申告といいます。申告することで高額医療費の還付を受けられることもあります。不慣れな人にとっては大変な作業です、専門家に相談してもよいでしょう。

4-2:遺産分割協議書作成

相続人全員で分割案がまとまれば合意の証拠として書面を作成し、全員が実印を押印します。

手書きやパソコンでの作成でもOKですが、亡くなった方とその相続人が誰で相続人が何をどれだけ相続するのかが明確に記入されていなければなりません。

5:10か月以内に行う相続手続き

5-1相続税の申告と納税

相続税の申告と納付の期限は、被相続人の死亡した翌日から10か月以内です。期限を過ぎると延滞税が発生することもあります。

5-2:預貯金、車、不動産有価証券などの相続

  • 金融機関に口座名義人の死亡を連絡するとすぐに口座が凍結され、引き落としができなくなります。
  • 預貯金、の継承者が決まったら被相続人の口座を解約して払い戻しの手続きをします。金融機関によっては書類の提出から数週間かかる場合もあるので早めに手続きをしましょう。
  • 不動産の分割には家や土地を売却したお金を遺産として分け合う「換価分割」と家や土地を相続した人がほかの相続人に相応のお金を支払う「代償分割」があります。
  • 家や不動産を相続したら法務局で登記申請を行いないます。専門的な知識が必要な場合もあるので司法書士に依頼することも検討してください。
  • 有価証券を相続した場合も相続手続きが必要です。解約や売却する場合でも相続人に名義変更をしてからの手続きになります。
  • 自動車は売却や廃車、又はそのまま乗り続けるかによって手続き方法が違います。
  • また、税金や保険、駐車場のこともあります。なるべく早く手続きをしましょう。

5-3:生命保険の受取

保険契約者または保険金受取人が保険会社に連絡します。必要書類が届いたら保険金の受取人が記入します。その後、保険会社による支払い可否判断があり決済になれば振込されます。

6:1年以降および5年以内にする手続き

6-1:一周忌法(1年後)

死去後1年目の祥月命日に行う法要です。一周忌法要をもって喪明けとなり親族、知人・友人を招いて寺院などで行います。

6-2:葬祭費と埋葬費の申請(2年以内)

国民健康保険や後期高齢者医療保険に加入していた場合に葬祭費用の一部として葬祭費が、また健康保険に加入していた場合は埋葬費が支払われます。

期限はそれぞれ2年以内ですが、健康保険資格喪失届提出時にあわせて申請するとよいでしょう。

6-3:高額療養費の払い戻し(2年以内)

保険の加入者が自己負担額を超えて支払った高額な医療費をあとから払い戻す制度があります。亡くなってから2年以内なら故人も適用されます。払い戻金は故人の財産に含まれます。

6-4:遺族年金の受給(2~5年以内)

故人の加入していた年金や支払っていた保険料、払い込み期間により受給できる遺族年金の金額が異なります。故人がどの年金の加入者であったかを確認してください。

また、書類提出から裁定までに約2か月くらい時間がかかります。

手続き先は市役所や年金事務所で遺族基礎年金の場合提出期限は5年となります。

以上になります。

相続の際には、大切な人の最期を看取った直後から、悲しみの中でも故人を見送る弔いの儀式を進めなければなりません。 

次々に判断をせまられる状況に戸惑うかもしれません。だからこそ「その時」に備えて、 ものごとの流れやすべきことを把握しておく

ことは大切です。 

当事務所では

ご遺族の皆様のご負担を軽減するために相続手続きの丸投げのサービスも承っております。

皆様の一助となれば幸いです。

第12回 あなたの遺言書、見つけてもらえる?改ざんされない?安心の対策とは?!

本日は、遺言の中でも「自筆証書遺言書保管制度」についてお話ししていきます。ご自身で書かれた遺言書を法務局に預けることができるこの制度について、その概要からメリット・デメリット、手続きの流れまで、詳しく解説していきたいと思います。この制度をご理解いただくことで、遺言書の保管方法について新たな選択肢を持つことができ、皆様の相続対策の一助となれば幸いです。

1. はじめに

まず、遺言書には主に2つの種類があることをご存知でしょうか。1つは、ご自身で手書きで作成する「自筆証書遺言」、もう1つは、公証役場で公証人の関与のもと作成する「公正証書遺言」です。

自筆証書遺言は、手軽に作成でき、費用も抑えられるというメリットがありますが、一方で、法律で定められた形式を満たしていないために無効になってしまうリスクや、遺言書の紛失、改ざんといったリスクも存在します。また、相続開始後には、家庭裁判所での検認という手続きが必要になります。

そこで注目されているのが、本日解説する「自筆証書遺言書保管制度」です。この制度を利用することで、自筆証書遺言のデメリットの一部を解消し、より安全かつ確実に遺言書を保管することが可能になります。

2. 自筆証書遺言書保管制度とは

自筆証書遺言書保管制度は、ご自身で作成した自筆証書遺言の原本を、ご本人が生前に法務局に申請して保管してもらう制度です。法務局に預けることで、遺言書の紛失や改ざんのリスクを大幅に減らすことができます。

また、保管申請の際には、法務局の職員による遺言書の形式面のチェックが行われます。これにより、日付や署名、押印など、民法で定められた形式に不備がある可能性を低くすることができます。ただし、遺言書の内容そのものについての審査は対象外であるため、内容が不明確であったり、法的に問題がある可能性は残る点には注意が必要です。

さらに、この制度を利用して法務局に遺言書を預けた場合、相続開始後に家庭裁判所で行う検認の手続きが不要となります。これは、相続人にとって時間と手間を省ける大きなメリットと言えるでしょう。

法務局での保管手数料は一律3,900円です。公正証書遺言を作成する際の公証人手数料と比較すると、費用を抑えられるという点もこの制度の魅力の一つです。

3. 自筆証書遺言のメリット・デメリットと保管制度の役割

ここで、改めて自筆証書遺言のメリットとデメリット、そしてこの保管制度がどのようにデメリットを解消するのかを見ていきましょう。

自筆証書遺言のメリット

  • 手軽に作成できる:ご自身で書くだけなので、いつでもどこでも作成できます。
  • 費用が安い:公証人や証人の関与がないため、費用を抑えられます。
  • 証人が不要:公正証書遺言と異なり、証人を立てる必要がありません。

自筆証書遺言のデメリット

  • 無効になるリスク:民法の形式要件を満たしていない場合、無効となる可能性があります。
  • 発見されない・紛失のリスク:自宅などで保管する場合、発見されなかったり、紛失したりする可能性があります。
  • 改ざん・隠匿のリスク:相続人によって改ざんや隠匿が行われる可能性も否定できません。
  • 相続手続きでの手間:相続開始後に家庭裁判所での検認が必要となります。
  • 遺言書の真実性の証明:内容について争いが生じた場合、遺言書の真実性を証明する必要が出てくることがあります。

これらのデメリットに対し、自筆証書遺言書保管制度を利用することで、以下の点が改善されます。

  • 紛失・改ざんのリスク軽減:原本を法務局が保管するため、紛失や改ざんの心配がなくなります。
  • 形式面のチェック:保管申請時に形式的なチェックを受けることで、無効になるリスクを軽減できます。
  • 検認手続きが不要:相続開始後の検認が不要となり、速やかに相続手続きを進めることができます。
  • 遺言書の存在の把握が容易:相続人は、被相続人の死亡後に法務局に遺言書の保管の有無を照会することができます。また、遺言者が事前に指定した方への通知してもらう制度もあります。

このように、自筆証書遺言書保管制度は、自筆証書遺言の持つ手軽さや費用面のメリットを維持しつつ、保管や形式面での不安を軽減する有効な手段と言えるでしょう。

4. 保管申請の流れと注意点

では、実際に自筆証書遺言書を法務局に保管申請する際の流れと、いくつかの注意点についてご説明します。

保管申請の流れ

  1. 自筆証書遺言書の作成:まず、民法の定める形式に従って遺言書を作成します。保管制度を利用する際には、用紙サイズ(A4)、余白の規定(左20mm以上、上下右5mm以上、下10mm以上)、片面のみの使用、ホチキス留めをしないなどの様式に関するルールがあります。また、本文と財産目録には各ページに手書きで通し番号を記載します。本文、日付、氏名は必ず手書きである必要があります。財産目録はパソコンで作成することも可能ですが、その場合は全てのページに遺言者の署名と押印が必要です。
  2. 保管所の決定:遺言者の住所地、本籍地、または所有する不動産の所在地を管轄する法務局(遺言書保管所)を選択します。管轄については、法務省のウェブサイトで確認できます。
  3. 保管申請書の作成:法務局の窓口で入手するか、法務省のウェブサイトからダウンロードして申請書を作成します。申請書には、遺言者や相続人の情報などを記載します。
  4. 保管申請の予約:事前に電話またはウェブサイトから、法務局への訪問日時を予約します。予約なしでの申請はできませんのでご注意ください。
  5. 法務局への訪問と申請:予約した日時に、遺言者本人が法務局へ行きます。代理人による申請は認められていません。
  6. 必要書類の提出:以下の書類を提出します。
    • 作成した遺言書の原本(封筒に入れない)
    • 保管申請書
    • 遺言者の住民票(本籍・筆頭者の記載があり、3ヶ月以内のもの)
    • 遺言者の本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証、パスポートなど顔写真付きのもの)
    • 手数料3,900円分の収入印紙
  7. 形式面の確認:法務局の職員が、提出された遺言書が形式的な要件を満たしているかを確認します。
  8. 保管証の受領:手続きが完了すると、保管証が交付されます。保管証には保管番号などが記載されており、変更等の届出や遺言書情報証明書を相続人が請求する場合に役立ちます。

申請時の注意点

  • 遺言書はホチキスで留めずに提出します。複数枚になる場合も、バラバラのまま提出します。
  • 遺言書を封筒に入れる必要はありません
  • 法務局では、遺言書の内容に関する相談には応じられません。内容に不安がある場合は、事前に専門家(司法書士など)に相談することをおすすめします。
  • 保管申請には遺言者本人が必ず行く必要があります。病気などで法務局へ行くことが難しい場合、この制度の利用は難しいと言えます。
  • 遺言書の控えを残しておきたい場合は、法務局へ行く前にコピーを取っておきましょう。原本は法務局で保管され、手元には戻りません。

5. 相続開始後の手続き

遺言者が亡くなり、相続が開始した後、この制度を利用して保管された遺言書に基づいて相続手続きを行う場合の流れをご説明します。

相続人は、法務局に対して遺言書情報証明書の交付を請求します。この請求の際には、被相続人の死亡の事実や、請求者が相続人であることを証明する戸籍謄本などの書類が必要になります。これは、家庭裁判所の検認手続きで必要な書類とほぼ同様のものです。

法務局が遺言書の保管を確認し、提出された書類に不備がなければ、遺言書の情報が記載された証明書が交付されます。この証明書を、不動産や預貯金の名義変更などの相続手続きに利用することができます。

また、いずれかの相続人が遺言書情報証明書の交付を受けた場合、法務局は他の相続人に対して、遺言書が保管されている旨を通知します。これにより、全ての相続人が遺言書の存在を把握することができます。

6. まとめ

この制度は、自筆証書遺言の紛失や改ざんのリスクを減らし、形式的な不備による無効を防ぎ、相続開始後の検認手続きを不要にするなど、多くのメリットがあります。また、公正証書遺言と比較して費用を抑えられる点も魅力です.

しかしながら、遺言書の内容そのものの有効性や、複雑な遺産分割については、この制度だけでは解決できない場合もあります。遺言書の内容に不安がある場合や、複雑な内容の遺言書を作成したい場合は、公正証書遺言を選択することも重要です。

ご自身の状況や希望に合わせて、最適な遺言書作成・保管方法を選択することが大切です。

当事務所では、遺言書や家族信託など、もめない困らないための生前対策に関するご相談も承っております。ご希望の方はお気軽にお問い合わせください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

第11回 故人のパスワードが分かずトラブルに…もしものときに困らない対策とは?

こんにちは。司法書士の時任です。

相続と聞くと、預貯金や不動産といった目に見える財産を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろん、それらの手続きは非常に重要ですが、近年、これまでにはなかった新たな問題として、故人が利用していたインターネット上のサービスやデジタルデータ(いわゆるデジタル遺品)に関するトラブル、そして相続したものの手付かずになってしまう不動産(空き家など)の問題が増えています。

これらの問題は、残されたご家族にとって思わぬ負担や混乱を招きかねません。今回は、これらの問題と、いざというときに慌てず、もめずに済むための準備のポイントについて、司法書士の立場から解説します。

増え続ける「デジタル遺品」を巡る困りごと

現代社会では、スマートフォンやパソコンを通じて様々なインターネットサービスを利用しています。ネット銀行での取引、証券口座での資産管理、オンラインショッピングのアカウント、そして音楽や動画、電子書籍などの定額制(サブスクリプション)サービスなど、挙げればきりがありません。

これらのサービスを利用するためには、通常、IDやパスワードが必要です。しかし、ご本人が亡くなった後、ご家族がこれらの情報を把握しておらず、様々な問題に直面するケースが増えています。

  • ネット銀行の口座情報が分からず、財産の確認や手続きができない。
  • スマートフォンの画面ロックを解除できず、連絡先や写真など、故人の大切な情報にアクセスできない。
  • 故人が契約していた定額制サービス(サブスク)の存在に気づかず、あるいは解約方法が分からず、死後も請求が続いてしまう。

特に定額制サービスは、契約者本人が亡くなっても、適切な解約手続きを行わない限り請求が続いてしまうことがあります。 IDやパスワードが不明な場合、解約手続きが煩雑になり、家族が負担を強いられることになります。

これらの問題は、亡くなった後に限ったことではありません。例えば、突然の病気で意識不明になってしまった場合でも、ご本人の意思表示ができなければ、家族が契約内容を確認したり、解約したりすることが非常に難しくなります。

デジタル遺品で家族を困らせないための対策

デジタル遺品の問題を未然に防ぐためには、生前の準備が非常に重要です。

  1. 利用サービスの見直しと整理: 使用頻度の低いサービスや不要な契約は、元気なうちに整理し、解約しておくことが大切です。利用するサービスをシンプルにまとめましょう。
  2. デジタル情報のリスト化と共有: どのようなインターネットサービスを利用しているか、ネット銀行や証券口座はどこにあるか、といった情報をリスト化します。そして、それらのサービスのIDやパスワードなどを一覧にして、信頼できる家族と共有しておくことが重要です。
  3. 情報の共有方法の工夫: セキュリティに配慮しつつ情報を共有する方法として、エンディングノートのデジタル項目に記載したり、パスワード部分を修正テープなどで隠し、必要な時に削って確認できるようにする といった方法もあります。

どの年齢の方にとっても、デジタル情報をまとめて家族と共有しておくことは、いざという時の家族の負担を減らすために非常に大切な準備と言えます。

相続した不動産が「負動産」に?空き家問題

相続財産の中でも特に問題になりやすいのが不動産、とりわけ遠方にある実家や、住む予定のない土地などです。相続登記をしないまま放置したり、適切な管理を行わないでいると、様々なリスクやペナルティが発生する可能性があります。

  • 相続登記の義務化: 2024年4月1日から、不動産の相続登記が義務化されました。不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に登記申請をしないと、10万円以下の過料が科される可能性があります。
  • 空き家対策の強化: 適切な管理が行われていない、倒壊の危険があるような「特定空き家」や、その手前の「管理不全空き家」に認定されると、自治体からの指導や勧告の対象となります。勧告に従わない場合、固定資産税の住宅用地特例が解除され、税金が最大で6倍になる可能性があります。

相続はしたものの、遠方で管理が難しかったり、中に故人の家財道具が残っていて片付けられず、どう手をつけて良いか分からない、といった理由で空き家が放置されてしまうケースは少なくありません。家は人が住んでいない期間が長いほど傷みが早く進んでしまいます。

空き家を負動産にしないための対策

相続した不動産を放置せず、有効活用したり、適切に処分したりするためには、早めに方針を決めることが重要です。

  1. 現状把握と専門家への相談: まずは相続した不動産の現状をしっかりと把握しましょう。その上で、活用するのか、売却するのか、賃貸に出すのかといった方針を検討します。司法書士や弁護士、不動産業者などの専門家に相談することで、法的な手続きや市場の動向、活用方法などについて具体的なアドバイスを得られます。
  2. 自治体の相談窓口の活用: 具体的な対策として、市町村によっては相続した不動産に関する相談窓口を設けたり、活用希望者と空き家情報をマッチングさせるサイトを運営する例も見られます。これらの窓口では、専門家への橋渡しなども行っており、不動産業者への直接の相談に不安がある方でも比較的気軽に相談できます。
  3. 活用方法の検討: 最近では、住居としてだけでなく、アート施設や交流スペースなど、様々な形で空き家が活用される事例も増えています。傷みが少ないうちであれば、活用の選択肢も広がります。

相続登記の申請は司法書士の専門分野ですが、当事務所では、登記だけでなく預貯金解約や生命保険の手続き、債務の調査などの相続全般の丸投げを承っております。空き家問題についても、サポートが可能ですので、お気軽にご相談ください。

残された家族への「最後の贈り物」:遺言書の活用

デジタル遺品や空き家問題を防ぐためにも、そして預貯金やその他の財産についても、故人の意思を明確に伝え、相続手続きをスムーズに進めるために非常に有効な手段が遺言書を作成しておくことです。

遺言書は「お金持ちが書くもの」「相続財産がたくさんある人が書くもの」といったイメージを持たれがちですが、決してそうではありません。むしろ、相続財産が少なくても、遺言書があることで相続人同士の無用な争いを防ぎ、残された家族が困らないようにする、身近で大切な準備なのです。

特に遺言書を作成しておいた方が良いケースとしては、以下のような場合があります。

  • 配偶者に全財産を相続させたい場合: 例えば、夫婦間に子供がおらず、故人の兄弟姉妹が相続人になる可能性がある場合などです。遺言書がないと、配偶者と兄弟姉妹が共同で相続人となり、手続きが煩雑になったり、不動産が共有名義となってしまったりすることがあります。遺言書があれば、配偶者が単独で相続できるように指定できます。
  • 特定の不動産を特定の人に相続させたい場合: 相続人が複数いる場合、遺産分割協議で誰がどの財産を相続するかを決めますが、これがまとまらないと手続きが進みません。特に不動産がある場合、遺言書で「この不動産は〇〇に相続させる」と明確に指定しておくことで、後のトラブルを防ぎ、スムーズに名義変更の手続き(相続登記)を行えます。
  • 相続人以外の人に財産を渡したい場合: 内縁の妻や献身的に介護をしてくれた親族ではない人など、法定相続人ではない人に財産を渡したい場合、遺言書が必須となります。

遺言書の種類と特徴

遺言書には主にいくつかの種類がありますが、一般的に利用されるのは以下の二つです。

  1. 公正証書遺言:
    • 公証役場で、公証人が遺言者の指示に従って正確に作成します。
    • 原本は公証役場に保管されるため、紛失や改ざんの心配がありません
    • 法的に無効になるリスクが非常に低い、最も安全で確実な遺言書と言えます。
    • 作成には証人2名が必要ですが、司法書士などの専門家が証人となることも可能です。
  2. 自筆証書遺言:
    • 遺言者自身が、全文、日付、氏名を自筆し、押印して作成します。パソコンでの作成は認められていません。
    • 費用がかからず、手軽に作成できます。
    • 自宅で保管する場合、紛失や改ざんのリスクがあります。
    • 2020年からは、法務局で保管してもらうことが可能になりました。法務局での保管制度を利用すれば、紛失や改ざんのリスクを避けられ、家庭裁判所での検認手続きも不要になります。

スムーズな手続きのために「遺言執行者」の指定を

遺言書を作成する際、遺言執行者を指定しておくことをお勧めします。遺言執行者とは、遺言書の内容を実現するために、相続財産の調査や各種名義変更、預貯金の解約、不動産の登記手続きなどを行う人のことです。遺言執行者が指定されていれば、その人が単独でこれらの手続きを進めることができるため、相続手続きが非常にスムーズに進みます。司法書士などの専門家を遺言執行者に指定することも可能です。

遺言書は、ご自身の死後、残される大切な家族が困らないように、そしてご自身の最後の意思を伝えるための最後の贈り物とも言えます。

まとめ:早めの準備と専門家への相談を

今回ご紹介したデジタル遺品、空き家問題、そして遺言書の作成は、どれも「いつか」ではなく、「今」考え始めるべきです。

相続に関する問題は多岐にわたり、法的な知識も必要となります。「自分にはまだ早い」「何から手をつけて良いか分からない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、これらの問題は誰にでも起こりうる身近なものです。そして、準備を始めるのに遅すぎるということはありません

相続登記、遺言書作成、その他の相続手続きについて、ご不安な点やご不明な点がございましたら、どうぞお気軽に当事務所にご相談ください。専門家として、皆様の状況に合わせた最適な解決策をご提案し、手続きをサポートさせていただきます。

第10回 ”争続”を回避!―手遅れになる前に相続対策してください。

相続は、大切な家族の財産を次の世代へ引き継ぐ、人生において非常に重要な出来事です。しかし、残念ながら多くのケースで「争族」となってしまい、家族間の関係がこじれたり、最悪の場合は裁判にまで発展したりすることがあります。今回は、相続を円満に進めるために、ぜひ知っておいていただきたい対策についてお話しします。

相続対策と聞くと、「相続税をどれだけ安くできるか」という税金対策を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろん税金の問題も大切ですが、それ以上に重要なのが「家族間の揉め事を防ぐ」ことです。相続税がかかるケースは実は少なく、多くの方が心配すべきは相続による揉め事です。相続をきっかけに兄弟姉妹の縁が切れてしまう、といった悲しい事態を避けるための対策こそが、被相続人から家族への最後の贈り物となるのではないでしょうか。

相続発生から遺産分割まで

人が亡くなると相続が開始し、亡くなった方(被相続人)の財産は、原則として法定相続人が承継することになります。法定相続人とは、民法で定められた相続権を持つ人のことです。

  • 常に法定相続人となるのは配偶者です。
  • 次に、被相続人のがいれば子が相続人となります。子がすでに亡くなっている場合は孫が代わりに相続します。
  • 子や孫がいない場合は、被相続人の(直系尊属)が相続人となります。
  • 子、孫、親(直系尊属)のいずれもいない場合は、被相続人の兄弟姉妹が相続人となります。

法定相続人には、それぞれ法律で定められた相続分の目安(法定相続分)があります。例えば、配偶者と子がいる場合は、配偶者が財産の半分、子が残りの半分を子の人数で分け合うことになります。

しかし、実際に財産を分ける際には、法定相続分はあくまで目安であり、必ずしもその通りに分けられるわけではありません。相続人全員で遺産分割協議を行い、どのように財産を分けるか話し合って合意する必要があります。

なぜ相続で揉めるのか?

遺産分割協議で揉めてしまう原因は様々ですが、よくあるケースの一つに、特定の相続人が被相続人の介護や世話を献身的に行っていたにも関わらず、他の相続人はほとんど関わっていなかった、という状況があります。法律上の相続分は貢献度を必ずしも反映しないため、貢献した側の相続人が納得できず、感情的な対立が生じやすくなります。

また、特定の財産(不動産など)を誰が相続するか、あるいはどのように分けるかで意見が対立することもあります。相続人全員の合意が得られない限り、遺産分割協議は成立せず、財産は「未分割」のままになってしまいます。これは、財産の名義変更などができず、塩漬け状態が続くことを意味します。未分割の状態が長く続くと、さらに手続きが複雑になったり、関係者の増加によって話し合いが困難になったりするリスクが高まります。

揉め事を防ぐための最も有効な手段「遺言書」

こうした相続をめぐる争いを未然に防ぐために、最も有効な手段となるのが遺言書を作成することです。遺言書があれば、被相続人ご自身の意思で誰にどの財産をどれだけ渡すかを指定することができます。これにより、法定相続分とは異なる分け方をすることも可能です。

遺言書は、遺産分割協議を経ずに相続手続きを進められるため、手続きがスムーズになるというメリットもあります。ただし、遺言書があっても、兄弟姉妹以外の法定相続人には「遺留分」という、法律で保障された最低限の取り分を請求する権利があることには注意が必要です。遺言書を作成する際には、遺留分にも配慮した内容にすることで、後々のトラブルを防ぐことができます。

遺言書の種類と選び方

遺言書にはいくつかの種類がありますが、一般的に利用されるのは以下の2つです。

  1. 自筆証書遺言: 遺言者が自分で全文、日付、氏名を書いて押印する遺言書です。手軽に作成できるのがメリットですが、方式に不備があると無効になったり、紛失・隠匿・偽造・変造のリスクがあったりします。家庭裁判所の検認手続きが必要になる場合もあります。
  2. 公正証書遺言: 公証役場で、公証人に作成してもらう遺言書です。証人2名以上の立ち会いが必要となります。作成には費用と手間がかかりますが、法律の専門家である公証人が作成するため方式の不備の心配がなく、原本は公証役場で保管されるため紛失や偽造のリスクが極めて低いという大きなメリットがあります。司法書士として、トラブルを防ぐ観点から最もお勧めしているのがこの公正証書遺言です。

遺言書はいつ作るべきか?

遺言書は、一度作成したら終わりではなく、財産の状況や家族構成の変化に応じていつでも書き換えることができます。「まだ早い」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、相続はいつ発生するか分かりません。遺言書を作成しようと決意しても、準備中に不測の事態が起こり、間に合わなかったというケースも実際にあります。

ですから、「いつか作ろう」ではなく、「〇歳までに作る」といった具体的な目標を決めておくことが大切です。そして、作成後も定期的に内容を見直し、必要に応じて修正・加筆することをお勧めします。

経営者の相続と不動産を活用した相続対策

経営者の方は、会社の株式も相続財産に含まれるため、相続税の負担が大きくなる可能性が高い傾向にあります。さらに、誰に会社の株式を相続させるかは、その後の事業承継を円滑に進める上で非常に重要です。遺言書で後継者を明確にし、その者に株式を集中させるように定めておくことで、共同経営による混乱や他の相続人からの権利主張によるトラブルを防ぎ、事業の継続性を確保しやすくなります。

また、資産家の方の中には、相続税対策として現金で所有している財産を不動産(アパートやマンションなど)に組み替えることを検討される方がいらっしゃいます。これは、不動産の相続税評価額が一般的に現金や時価よりも低くなるため、相続税の負担を減らせる可能性があるからです。特に、アパートなどを建築して人に貸し付けると、評価額が大幅に圧縮されるケースがあります。

しかし、この対策は安易に実行すべきではありません。不動産は流動性が低く、売却したいときにすぐに現金化できるとは限りません。また、アパート経営には空室リスク、家賃滞納、修繕費の発生、金利変動など、様々な経営リスクが伴います。これらのリスクを十分に理解せず、あるいは相続人がアパート経営の経験がないまま引き継ぐことになると、かえって負担になってしまう可能性が高いのです。

相続対策として不動産を検討する際は、税金対策だけでなく、その後の維持管理や経営、そして何よりも相続人となるご家族が、その不動産を本当に望んでいるのかをしっかり話し合うことが非常に大切です。多くの場合、多少相続税を支払ったとしても、手元に現金が残る方が相続人にとっては助かるという声が多いのが実情です。それでも不動産を検討した方が良いケースがあることも事実です。その際は、専門家(不動産業者、税理士)に十分ご相談の上で進めて頂くことが良いと思います。

まとめ

相続対策は、単に財産をスムーズに引き継ぐためだけのものではなく、残されるご家族が争うことなく、お互いを思いやりながら生きていけるようにするための大切な準備です。その中でも、ご自身の意思を明確に示せる遺言書は、家族間の揉め事を防ぐための強力なツールとなります。

「うちは財産が少ないから関係ない」「うちは家族仲が良いから大丈夫」と思っている方こそ、万が一に備えて遺言書の作成を含めた相続対策について考えてみることをお勧めします。

どこから手をつけて良いか分からない、自分の場合はどうしたら良いのだろう、といった疑問や不安がある場合は、ぜひ相続に関する専門家であるつくば市の司法書士事務所TOKITOにご相談ください。司法書士は、遺言書の作成支援や相続手続きを通じて、皆様の円満な相続をサポートいたします。

あなたの「家族への想い」を形にするために、今できることから始めてみましょう。

第9回 朗報!住所変更登記で困らない?スマート変更登記を司法書士が徹底解説!

こんにちは!司法書士の時任です。

今回は、令和8年4月1日から始まる不動産の住所等変更登記の義務化と、その負担を軽減する画期的な新制度「スマート変更登記」、そしてこの制度を利用するために重要な「検索用情報」の申出について、一般の方向けに分かりやすく解説いたします。

「え、住所が変わったら登記もしないといけないの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。これまで、不動産の所有者の氏名や住所が変更になった場合、登記の変更は義務ではありませんでした。しかし、令和8年4月1日からは、変更日から2年以内に変更登記をすることが義務付けられます

「なんだか面倒くさいな…」と感じた方もご安心ください!今回の法改正では、この義務化に伴い、所有者の負担を大きく軽減する「スマート変更登記」という新しい仕組みが導入されるのです。

登記官が代わりにやってくれる?!夢のような(笑)「スマート変更登記」とは?

「スマート変更登記」とは、所有者がご自身で変更登記の申請をしなくても、登記官が住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)の情報を検索し、その情報に基づいて職権で(職務権限で)登記を行ってくれるという、非常に便利な制度です。

しかし!この「スマート変更登記」を利用するためには、事前に所有者の方から「検索用情報」というものを提供していただく必要があるのです。

なぜ「検索用情報」の申出が必要なの?

登記官が住基ネットで正確に所有者の方の情報を検索するためには、氏名や住所だけでなく、生年月日などの情報が必要になります。これらの情報を事前に登記所に申し出ていただくことで、スムーズな職権による登記が可能になるというわけです。

この「検索用情報」の申出をしておけば、住所等の変更登記が義務化された後も、2年以内の登記を忘れて義務違反に問われる心配がなくなるというメリットがあります。

「検索用情報」の申出方法はこの2種類!

「検索用情報」の申出には、大きく分けて以下の2つの方法があります。

1.登記申請と同時に行う「同時申出」

令和7年4月21日以降に、所有権の保存登記、移転登記、合体による登記等(所有権の登記がある場合に限る)、所有権の更正登記(登記によって新たに所有権の登記名義人となる人がいる場合に限る)の申請をする際には、必ず所有権の登記名義人となる方(日本国内に住所を有する自然人に限ります)の「検索用情報」を申請情報と併せて申し出る必要があります。

申し出る必要がある「検索用情報」の具体的な内容は以下の通りです

  • 氏名
  • 氏名の振り仮名(日本国籍を有しない方は、氏名のローマ字表記(※申請情報の内容とされた場合に登記記録に氏名と併記されます))
  • 住所
  • 生年月日
  • メールアドレス(※登記官が職権で住所等変更登記を行うことの可否を確認する際に送信するメールアドレスです。原則としてご本人様が利用しているものをご記載ください。もしお持ちでない場合は、その旨を申請情報に記載します。その場合、登記官からの確認は書面で行われることが想定されています。)

以下の場合は、「同時申出」をすることができません

  • 所有権の登記名義人となる方が法人の場合
  • 所有権の登記名義人となる方が海外に居住している場合
  • 登記の申請人ではない場合(例えば、債権者代位による登記の場合など)

「同時申出」の方法は、オンライン申請の場合は所定の入力欄に、書面申請の場合は申請書に記載します。

申出手続が完了すると、申し出たメールアドレスに、手続完了の旨、立件年月日と立件番号、不動産番号、認証キー(メールアドレス変更時に必要)、申出先の登記所の表示が記載された電子メールが送信されます。

なお、「同時申出」の対象となる不動産は、その登記申請をした不動産のみです。

2.既に登記簿に記録されている方が行う「単独申出」

令和7年4月21日時点で既に不動産の所有者として登記簿に記録されている方(日本国内に住所を有する自然人に限ります)は、登記申請とは別に、ご自身が所有する全ての不動産を「スマート変更登記」の対象とするために、「検索用情報」を単独で申し出ることができます。

また、令和7年4月21日以降に所有権の登記名義人となった方でも、その登記申請の際に申請人とならなかった等の理由で「検索用情報」を申し出ていない場合にも、この「単独申出」をすることができます。

「単独申出」には以下のような特徴があります

  • 押印や電子署名は不要です。
  • 専用のソフトウェアは不要で、Webブラウザ上で手続きが可能です(かんたん登記申請の利用が可能)。
  • 必要な添付書類は、多くの場合、身分証明書(運転免許証、個人番号カードなど)の写しのみです(個人番号カードは表面のみ)。
  • 登録免許税などの費用はかかりません

「単独申出」の方法は、以下のいずれかを選択できます:

  • オンラインで申し出る(かんたん登記申請を利用)
  • 申出書を管轄登記所に提出(郵送または持参)する(郵送の場合は書留郵便等で、「検索用情報申出書」または「検索用情報申出添付書面」在中と明記してください)

複数の不動産を所有している場合、それらの不動産のいずれかの所在地を管轄する登記所に対して、まとめて申し出ることができます。ただし、管轄外の登記所に申し出ることはできません。

「単独申出」に必要な主な情報は以下の通りです:

  • 所有権の登記名義人の氏名、振り仮名(ローマ字氏名)、住所、生年月日、メールアドレス
  • 代理人が申し出る場合は、代理人の情報
  • 申出の目的(「検索用情報の申出」と記載し、ご自身の登記記録上の情報を表示します)
  • 申し出る不動産の所在事項(不動産番号があれば不要)
  • 申出人または代理人の電話番号などの連絡先
  • 添付情報(身分証明書の写しなど)の表示
  • 申出の年月日
  • 申出情報を提供する登記所の表示

申出手続が完了すると、「同時申出」と同様に、申し出たメールアドレスに手続完了の連絡が届きます。

注意しておきたいこと

  • 「スマート変更登記」の対象となるのは、「検索用情報」を申し出た不動産のみです。
  • 登記簿に記録されている氏名や住所から変更があり、その経緯を住基ネットで確認できない場合は、戸籍の附票や住民票の写しなど、変更の経緯がわかる書類の提出が必要になる場合があります。ただし、変更日が平成22年10月5日以降であれば、原則として不要です。
  • もし、提出した申出情報や添付情報に不備があった場合、申出は却下されることがあります。しかし、補正可能な不備であれば、登記官が定めた期間内に補正することで再度手続きを進めることができます。

まとめ

令和8年4月からの住所等変更登記の義務化と、それをサポートする「スマート変更登記」は、不動産をお持ちの皆様にとって非常に重要な改正です。「検索用情報」の申出を済ませておくことで、将来的な登記手続きの負担を減らし、義務違反のリスクを回避することができます。

当事務所では、令和7年4月21日以降に不動産の登記を申請されるお客様につきましては、無料で、「同時申出」を行います。また、既に不動産をお持ちの方は、「単独申出」を積極的にご検討いただければと思います。

【重要ポイントまとめ】

  • 令和8年4月1日から不動産の住所等変更登記が義務化されます。
  • 「スマート変更登記」は、登記官が職権で住所等変更登記を行う便利な制度です。
  • 「スマート変更登記」を利用するには、事前に「検索用情報」の申出が必要です。
  • 「検索用情報」の申出には、登記申請と同時に行う「同時申出」と、既に登記されている方が行う「単独申出」の2種類があります。
  • 「検索用情報」を申し出ておけば、義務化後の登記忘れによるペナルティを回避できます。
  • 「単独申出」はオンラインで簡単に行うことができ、費用もかかりません

【関連情報】

  • 法務省:検索用情報の申出について(職権による住所等変更登記関係)
  • 不動産登記規則等の一部を改正する省令(令和7年法務省令第1号)

【キーワード】

不動産登記、住所変更登記、義務化、スマート変更登記、検索用情報、同時申出、単独申出、司法書士