【相続のプロが直伝】「うちは仲が良い」が一番危ない?円満な老後と相続を実現する「家族会議」完全マニュアル

こんにちは。司法書士の時任(ときとう)です。
今回は、40代から70代の皆様に向けて、将来の「相続」や「老後の安心」のために非常に重要な**「家族会議」**についてお話しします。

「家族会議なんて大げさな…」「うちは仲が良いから大丈夫」と思っていませんか?
実は、そう思っているご家庭こそ、事前の話し合いが決定的に重要なのです。

なぜ今「家族会議」が必要なのか、そして失敗しないための具体的な進め方を、専門家の視点で分かりやすく解説します。


「相続なんて、まだ先の話」。そう思っていませんか?

しかし、日本は今、世界でも類を見ない超高齢社会を迎えています。
長生きは本来喜ばしいことですが、そこには**「長生きリスク」**という現実が潜んでいます。

現在、高齢者の4人に1人が認知症になると言われています。
もし、ご両親やご自身が認知症になり判断能力が低下してしまったら、どうなるでしょうか。

ご自身の財産管理、日々の消費活動、そして介護費用。
これらが突然、ストップしてしまう恐れがあります。

「誰が生活を支えるのか」「誰が財産を管理するのか」。
この指針がないまま事態が急変すると、たとえ仲の良い家族であっても混乱し、大きな負担を抱えることになります。

そうならないための唯一にして最大の防衛策――それが、元気なうちに開催する**「家族会議」**なのです。


第1章:なぜ「家族会議」が必要なのか?得られる2つのメリット

わざわざ家族全員で集まることには、明確なメリットが2つあります。
これを理解せずに進めると、ただの雑談で終わってしまいます。


メリット①:親の「想い」と子供の「思惑」のズレを解消する

相続トラブルの現場で私がよく目にするのは、親と子供の意識の決定的なズレです。

子供たちはどうしても、
「どうすれば自分の取り分が増えるか」
「自分の主張をどう通すか」
という、「数字(損得)」の議論に終始しがちです。

そこに「親がどうしたいか」という視点が抜け落ちてしまっているケースが非常に多いのです。

だからこそ、親御さん自身の口で
「これからの生活をどう送りたいか」「介護はどうしてほしいか」「財産をどう分けたいか」という方針(指針)
を語る必要があります。

もちろん遺言書を残すことも有効ですが、紙切れ一枚よりも、親の口から直接語られる「生の声」ほど、子供たちの心に深く響くものはありません。

この「想いの共有」こそが、将来の主導権争いや兄弟間の疑心暗鬼を未然に防ぐ最強の抑止力となります。


メリット②:財産の「見える化」で火種を消す

二つ目は、財産状況の共有です。
親が現在どれくらいの資産を持っているのか、毎月どれくらいの支出があり、収入があるのか。

これを家族全員に対してオープンにすることで、
「特定の兄弟が財産を使い込んだのではないか」
という疑いや、不公平感による無駄な争いを防ぐことができます。

「隠し事がない」という状態を作ることが、家族の信頼関係を盤石にするのです。


第2章:【最重要】誰が言い出すべきか?

家族会議の成功を左右する最初にして最大のハードル。
それは「誰が言い出すか」です。

結論から申し上げます。
招集は必ず「親(あなた)」から行ってください。

もし、子供側から「相続の話し合いをしよう」と持ちかけると、どうなるでしょうか。
親御さんは「俺の金が目当てか?」「早く死ねと言っているのか?」と、どうしてもネガティブな感情を抱いてしまいがちです。

これでは、話し合いのスタート地点に立つ前に心のシャッターが降りてしまいます。

円満に進めるためには、親御さん自身が
「家族のために話しておきたいことがある」
とリーダーシップを取ることが不可欠です。


第3章:失敗しないための「開催タイミング」と「メンバー構成」

では、具体的にいつ、誰と行うべきでしょうか。


タイミング:「早すぎる」がちょうどいい

開催のベストタイミングは、**「親が元気なうち」**です。
「まだ相続の話なんて早いかな?」と感じる時期こそが、実は絶好の機会なのです。

介護が必要になったり、相続が現実的な問題として顕在化したりしてからでは、冷静な判断や話し合いは難しくなります。

お盆、年末年始、ゴールデンウィークなど、家族が自然と集まるタイミングを利用して、リラックスした雰囲気で切り出してみてください。


メンバー構成:誰を呼ぶべきか

基本は「親」と「推定相続人(子供たち)」全員です。

ここで悩ましいのが、子供の配偶者(お嫁さんやお婿さん)や孫の参加です。

もちろん参加しても構いませんが、直接の相続権を持たない人が議論に加わることで、話が複雑になったり、スムーズに進まなくなったりするリスクもあります。

その場合は、あえて「今回は親子だけで話したい」と席を外してもらう配慮も必要かもしれません。

また、遠方に住んでいて集まれない家族がいる場合は、テレビ電話やWeb会議システムを使ってでも、必ず「全員」で情報を共有することを徹底してください。

誰か一人が蚊帳の外に置かれることが、後々の不満につながります。


エピローグ:専門家という「転ばぬ先の杖」

ここまで読んで、
「理屈はわかるけど、自分たちだけで冷静に話せるか不安だ」
と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

そんな時は、私たち司法書士や弁護士といった法律の専門家を同席させるのも一つの賢い選択です。

第三者が間に入ることで、感情的な対立を避け、法的に整理された建設的なアドバイスが可能になります。

家族会議は、単なる財産分けの相談ではありません。
親御さんの「人生の総仕上げ」を家族全員で支え、絆を深めるための大切な儀式です。

ぜひ、元気なうちに第一歩を踏み出してください。

第40回 アパート経営者必見!成年後見制度では守れない資産を「家族信託」で守る方法

司法書士の時任です。
ご自身の老後の備えや、ご両親の今後の資産管理について「そろそろ真剣に考えなければ」と思われている40代から70代の方は多いのではないでしょうか。

特に、ご両親がアパートなどの賃貸経営をされている場合、万が一、親御さんが認知症になってしまったら、その大切な資産はどうなってしまうのか、不安を感じるかもしれません。

今回は、**アパート経営者が認知症になっても、資産の管理や運用を円滑に継続するための画期的な対策、「家族信託」**について、具体的に解説いたします。


認知症で困る前に!アパート経営を円滑に引き継ぐ「家族信託」徹底解説


1. アパート経営者が「認知症」になると、なぜ困るのか?

賃貸経営者が認知症になると、経営に大きな支障が出ます。
なぜなら、重要な契約行為ができなくなるためです。

親御さんが認知症になると、以下のような問題が発生し、アパート経営が事実上ストップしてしまう可能性があります。

  • 預金口座からの引き出しができない
     → アパートの賃料が入る銀行口座からお金を下ろせなくなり、必要な経費や税金の支払いができなくなります。
  • 新しい入居者との契約が結べない
     → 入居希望者が現れても、賃貸借契約を結ぶことができません。
  • 大規模修繕やリフォームの契約ができない
     → 建物の維持管理に必要な修繕契約が締結できません。
  • 資産活用や売却ができない
     → 不動産の売却や建て替えといった資産活用ができなくなります。

こうした事態に備えずにいると、経営が滞り、資産価値が下落するリスクに直面します。


2. 成年後見制度では不十分な「資産活用」

認知症になってしまった場合の対策として「成年後見制度」がありますが、この制度にも限界があります。

成年後見制度を利用すれば、財産の管理や経費の支払いは可能になる場合もあります。
しかし、後見人はご本人の財産を「守る」ことを目的としているため、資産を積極的に活用する行為(投資)には制限がかかります。

例えば、

  • 大規模修繕やリフォーム → 投資と捉えられると実行できない可能性があります。
  • アパートの建設や投資用物件の購入 → 基本的にできません。
  • 相続税対策のための不動産売却 → これも難しくなります。

また、財産が多い方の場合は、弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選任される可能性が高く、その場合、継続的に後見人への報酬が発生します。


3. 「家族信託」の仕組みと登場人物

そこで有効な対策となるのが「家族信託」です。

家族信託とは、ご本人の判断能力がしっかりしているうちに、信頼できる家族(主に子ども)との間で信託契約を結び、ご本人の財産管理・処分を託す仕組みです。

家族信託では、財産を巡る登場人物が3つの立場に分かれます。

立場役割具体例(アパート経営のケース)
委託者(いたくしゃ)元々財産を所有していた人親御さん(アパートの所有者)
受託者(じゅたくしゃ)財産を託され、管理・処分をする人お子さん(契約に基づきアパートを管理)
受益者(じゅえきしゃ)信託財産から利益(賃料)を受け取る人親御さん(アパート経営の利益を受け取る)

この場合、親御さんは「委託者」であり、「受益者」を兼ねることが一般的です。


4. 家族信託で「できること」を具体的に定める

親御さんとお子さんの間で信託契約を結び、アパートを子どもに信託(託す)します。

信託契約書の中では、お子さん(受託者)にどのような権限を与えるかを細かく定めておきます。

受託者に与えられる権限の例

  • 不動産を管理する権限
  • 入居者と賃貸借契約を結ぶ権限
  • 大規模修繕やリフォームを行う権限
  • 状況に応じて、不動産を売却・建て替えする権限
  • 新たな不動産を購入する権限(資産活用)

これにより、家族信託を組んだ後に親御さんが認知症になっても、お子さんが契約書に基づいて必要な手続きを問題なく進めることができます。
賃料の受け取りやリフォーム契約など、日常的な経営行為が滞りなく継続できます。


5. 信託財産の管理とお金の流れ

お子さんがアパートの管理を続け、入居者から賃料を受け取りますが、そのお金はお子さん個人のものではありません。

受託者であるお子さんは、受け取った賃料から必要な経費を支払い、賃貸経営を続けます。
そのお金は「信託専用の口座」で厳密に管理され、受益者である親御さんのために使われます。

具体的には、

  • 親御さんの生活費として渡す
  • 医療費や介護費の支払いに充てる

といった使い方が想定されます。


6. 相続発生時(二次相続)への備え

家族信託の大きなメリットの一つは、親御さん(委託者・受益者)が亡くなった後の資産の行方を、あらかじめ契約で指定できることです。

信託契約書に「信託の終了の仕方」や「帰属権利者(財産の承継者)」を定めておくことができます。

ケース1:親御さんの死亡で信託を終了する場合
信託を終了させ、残った信託財産を契約書で指定した帰属権利者(配偶者やお子さんなど)に引き継がせます。
受託者であるお子さんは、不動産の名義を帰属権利者に移転登記し、信託口座の残金を個人口座に振り込んで引き渡します。

ケース2:親御さんの死亡後も信託を継続する場合(二次相続対策)
信託を継続させ、引き続きお子さん(受託者)がアパートの管理を続けます。
この場合、信託契約書の中で次の受益者を定めておきます。

たとえば、次の受益者を配偶者(お子さんから見ればお母さん)とすれば、亡くなったお父様に代わり、その後の利益はお母様の生活費や医療費に充てることができます。

さらに、次の受益者(お母さん)が亡くなった後の財産の承継者についても指定可能です。
このように、家族信託は数代にわたる資産承継の設計を可能にする強力なツールなのです。


7. 家族信託を検討すべきタイミング

家族信託は、認知症対策としての財産管理に非常に有効です。
しかし、親御さんが信託の仕組みや契約内容を理解できない状態(認知症など)になってしまうと、家族信託を組むことはできません。

そのため、親御さんの判断能力がしっかりしているうちに、早めに専門家にご相談いただくことが重要です。

アパート経営という大切な資産を家族で守り、未来へ活かし続けるために、家族信託の活用をぜひ検討してみてください。

第39回 「まさか、知らない親族が?」40代からの相続準備!

面識のない相続人が現れたときの手続きと解決法

ご自身の相続、またはご両親の相続について考え始めた40代から70代の皆様。
相続手続きを進める中で、予期せぬ問題に直面することがあります。

特に多いのが、
「全く交流のない親族が、戸籍上は相続人になっていた」
というケースです。

「本当に連絡を取らないといけないの?」「トラブルになるのでは?」と不安に感じるかもしれません。
しかし、ご安心ください。司法書士として、このようなケースを現場でどのように進め、解決へと導いているのかを具体的に解説します。


1. なぜ「知らない相続人」が現れるのか?

相続の手続きは、亡くなられた方(被相続人)の「戸籍調査」から始まります。
これは、被相続人が生まれてから亡くなるまでのすべての戸籍を集めて、法律上の相続人が誰なのかを確定させる作業です。

この戸籍調査の過程で、
「あら、こんなところに相続人がいたんだ」
という事態が発覚することは、実は珍しくありません。

特に、おじい様やおばあ様、あるいは伯父様・伯母様の相続手続きを進める際に、こうしたケースが起こりやすい傾向にあります。

背景にある事情

  • 昔の方は、現在よりもお子様の人数が多いことが一般的でした。
  • 「養子縁組」によって家を出ていかれた方も多くいらっしゃいました。

例えば、おばあ様の相続手続きを進める際、養子に出されたお子様がいた場合、その方も当然に法律上の相続人となります。
もしその方がすでに亡くなっている場合、さらにそのお子様(孫世代)に相続権が移り、結果として相続人の人数が予想以上に増えていることもあります。

交流が全くないとはいえ、遺産分割協議にはその方々の協力が欠かせません。


2. 知らない相続人への最初のコンタクトと5つの重要書類

「知らない相続人がいる」と判明した場合、実務上、私たちはまずその方へお手紙を書くところから手続きをスタートさせます。

相手の方は、見ず知らずの人間から突然「あなたが相続人です」と連絡を受けて、大きな不安を感じている可能性が高いからです。
単なる事務的な手続きとして進めるのではなく、人間的な配慮が必要です。

この最初のコンタクトにおいて、私たちでは信頼と安心感を持っていただくために、5つの重要な書類を同封して送付しています。

同封する5つの書類

  1. 事情説明書
     ご依頼を受け、相続人調査を行った結果、あなたが法律上の相続人であることが判明した旨を説明します。
     また、相続手続きの流れについても丁寧に説明します。
  2. 相続関係説明図
     被相続人を中心に、誰が相続人になり、それぞれの法定相続分がどれくらいかを一目で分かる家系図形式で作成します。
     これにより、ご自身の立場と全体像を理解していただけます。
  3. 財産目録
     今回手続きの対象となっている相続財産の一覧です。
     不動産であれば所在地や評価額、預貯金であれば金融機関名や残高など、詳細をまとめて透明性を確保します。
  4. 意向確認書
     相続手続きについて、
     「協力していただけるか」「それとも難しいか」
     という意向を確認するための重要な書類です。
  5. 依頼者様の「お気持ちを伝える手紙」(最も重要)
     事務的な書類だけでは不安や警戒を感じる方もいます。
     そこで最も大切にしているのが、ご家族の「お気持ちを伝える手紙」です。

 なぜ今この手続きを進めているのか、生前の被相続人がどのような方だったのか——そうした人間的な情報を伝えることで、書類に温かみが生まれます。
 この手紙があることで印象が変わり、協力的な姿勢へつながるケースが多くあります。


3. 相手の意向確認と手続きの3つの道筋

お手紙を送付した後、多くの場合、相手の方からお電話などで連絡があります。
意向確認書に記入・返送いただくか、電話で意向を伺います。

意向確認書では、「協力する」場合でも、具体的にどのような遺産分割を希望されるかを確認します。

  • 法定相続分通りに相続するか
  • 自分は何も相続しない意思か
  • 不動産はいらないが預貯金だけは欲しい、など特定の希望があるか

また、「協力は難しい」という場合には、相続放棄を希望されるかをお聞きします。
相続放棄をすれば、その方は相続人ではなくなります。

手続きの3つの道筋

道筋1:協力していただける場合
希望に沿って遺産分割協議書を作成します。
全員が署名・実印を押印し、印鑑証明書を添付して完成。
その後、不動産の名義変更や預貯金の分配を行います。

道筋2:相続放棄を希望された場合
家庭裁判所で相続放棄の手続きを行い、その方は「最初から相続人ではなかった」扱いになります。
残りの相続人で遺産分割を進めます。

道筋3:協力も放棄も難しい場合
合意形成が困難な場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てます。
調停委員を交えて話し合い、それでも決着しない場合は審判により裁判所が決定します。
その決定内容に基づき、最終的に名義変更を行います。


4. 諦めずに解決を目指すために

相続の手続きは複雑でも、最終的には必ず何らかの形で決着します。
ただし、その結果が「自分の望んだ形」とは限りません。

相続人の構成や財産内容によっては、柔軟な調整が必要なこともあります。
「知らない相続人」とのやり取りは精神的な負担も大きいものです。

そんな時こそ、専門家である司法書士に相談いただくことで、スムーズで円満な解決への道筋を描くことができます。


【最後に】

相続は、パズルのように複雑に絡み合った人間関係と法律を、一つひとつ解きほぐしていく作業だと言えるかもしれません。

特に交流のない方が相続人になった場合、最初のコンタクトでいかに信頼関係を築くかが非常に重要です。

このプロセスは、「見知らぬ人へ心を込めた手紙を送ること」から始まります。

まずは状況を正確に把握し、最善の解決策を見つけるために、どうぞお気軽にご相談ください。

第38回 5分でわかる配偶者居住権

司法書士の時任です。40代から70代の皆様、ご自身の老後のこと、そしてご両親の相続のことが現実味を帯びてくる時期ですね。

相続の準備を進める中で、このような不安を感じることはありませんか?

• 「長年住んだ自宅を、パートナーが将来も失わずに済むだろうか?」
• 「自宅の価値が高いため、預貯金などの生活資金が満足に相続できないのではないか?」

日本の相続財産の典型的なケースとして、自宅の価値が遺産全体の半分以上を占めることが非常に多いのが現状です。これが、残された家族間の遺産分割を難しくしてしまう大きな原因にもなっています。特に相続人同士の関係が良好ではない場合、自宅を相続できなければ、残された配偶者が住む場所を失ってしまう事態も起こり得るのです。

しかし、ご安心ください。2020年4月1日に施行された改正相続法によって、この問題を解決する強力な選択肢が誕生しました。それが**「配偶者居住権」**です。

今回は、司法書士の視点から、この配偶者居住権がどのように残された配偶者様の生活を守り、そして相続財産の分け方を柔軟にするのかについて、わかりやすく解説します。


1. 配偶者居住権とは?所有権と何が違うのか

配偶者居住権とは、亡くなった方(被相続人)が所有していた建物、あるいは夫婦で共有していた建物に、残された配偶者様が賃料の負担なく、無償で一生涯住み続けることができる権利です。

この権利の画期的な点は、従来の相続における「建物所有権」とは明確に区別された、「居住権」という新たな権利として認められたことです。

これにより、遺産分割の際に、以下のような取り決めが可能になりました。

• 自宅建物の所有権は子どもが相続する。
• 自宅建物の**居住権(配偶者居住権)**は残された妻(または夫)が取得する。

つまり、建物の所有者と、そこに住む権利を持つ人が別々になるという、新しい相続の形を選べるようになったのです。

配偶者居住権が導入されたことにより、相続財産の分け方の選択肢が大きく広がったと理解してください。

導入時期と設定方法の前提

配偶者居住権の設定は、2020年4月1日以降に開始した相続について適用されます。また、被相続人が亡くなる前に作成した遺言によって、配偶者に居住権を遺贈するという形で設定することも可能です(これも2020年4月1日以降に作成された遺言が対象です)。


2. なぜ配偶者居住権が「老後の安心」につながるのか

配偶者居住権の最大のメリットは、自宅の所有権全てを相続しなくても、その家に無償で住み続けることが保証される点にあります。

自宅の価値が高い場合、配偶者様が所有権を全て相続してしまうと、ご自身の法定相続分(権利)のほとんどが自宅で占められてしまい、老後の生活資金として重要な預貯金などの金融資産を十分に確保できなくなる可能性がありました。

配偶者居住権を利用すると、この二律背反の悩みを解決できます。

【具体例】預貯金も自宅も守りたいBさんのケース

配偶者居住権が有効に機能する典型的なパターンは、「自宅の価値が遺産の半分以上を占めており、かつ相続人同士の仲が良くない可能性がある場合」です。

具体的な事例で見てみましょう。

財産総額
1億円(自宅5,000万円+預貯金5,000万円)

相続人
妻Bさん(年金暮らし、自宅に住み続けたい)
前妻の子Cさん(Bさんとは仲が良くない)

Bさんは住み慣れた自宅を失いたくない一方で、老後の生活のために預貯金も半分程度は相続したいと考えています。Cさんも、法定相続分(1/2)にあたる5,000万円の財産を相続したいと考えています。

配偶者居住権を活用した場合の遺産分割

配偶者居住権を設定すると、自宅(5,000万円)の権利を二つに分けます。

  1. 配偶者居住権(無償で住める権利):例えば2,500万円と評価された場合
  2. 負担付き所有権(居住権がついた状態の所有権):5000万円から配偶者居住権分をマイナスした2500万円となります

※これらの評価額算定は専門的であり、税務上の取り扱いも複雑なため、税理士などの専門家と相談して進める必要があります。

この評価に基づき、遺産分割協議を行うと、以下のようなバランスの取れた相続が可能です。

  • 妻Bさん
    配偶者居住権(2,500万円)+ 預貯金(2,500万円)
    合計5,000万円
    自宅を確保しつつ、老後資金も確保
  • 子Cさん
    負担付き所有権(2,500万円)+ 預貯金(2,500万円)
    合計5,000万円
    法定相続分を確保

Bさんは、家を追い出される心配がなくなり、安心して老後を過ごすことができるようになります。


3. 配偶者居住権の設定要件と注意すべき点

配偶者居住権は、残された配偶者の生活を守る素晴らしい仕組みですが、いくつかの前提要件と、設定後に注意すべき特性があります。

取得のための必須要件

配偶者居住権を取得するためには、以下の要件を満たす必要があります。

  1. 対象となる建物が、被相続人(亡くなった方)の財産に属していたこと。
  2. 配偶者が、相続開始の時(亡くなった時)にその不動産に居住していたこと。

これらを前提として、遺産分割協議、家庭裁判所の審判、または遺言によって配偶者居住権を設定することで、正式に権利を取得できます。

特に注意が必要なポイント

1.「法律上の配偶者」に限定される
この権利は、条文の文言通り「配偶者」に認められた権利です。

したがって、事実婚(内縁関係)の夫や妻には、配偶者居住権は認められません。これは非常に重要な注意点です。

2.不動産売却や譲渡が難しくなる
配偶者居住権を設定してしまうと、その不動産を売却したり、誰かに譲渡したりすることが難しくなります。

なぜなら、居住権を持つ配偶者と、負担付き所有権を持つ相続人(多くは子ども)の全員の同意がなければ、不動産全体の売却ができないという性質があるためです。

3.認知症対策としての側面
もし、居住権を持つ配偶者様が将来、認知症などで同意能力を失ってしまった場合、不動産全体の売却が必要になっても、全員の同意が得られず、不動産の処分ができない事態に陥るリスクもあります。

本当に配偶者居住権を設定することが、長期的に見て最適な対策なのかどうか、慎重に検討する必要があります。


4. まとめ:相続対策は「専門家」と共に

配偶者居住権は、残された配偶者が一生涯住み慣れた自宅に住み続けられるという、配偶者の生活に専属的な強力な権利です。

しかし、その財産的な評価(価格の算定)は専門的であり、また、設定後の不動産の流動性(売却可能性)にも大きな影響を与えます。

遺産分割を適正に進め、後悔のない相続対策とするためには、司法書士や税理士などの専門家と必ず相談しながら、ご家庭の状況に合った選択肢を選んでいくことが不可欠です。

私ども司法書士時任事務所では、皆様の相続における不安を解消し、円満な承継を実現するためのサポートを行っております。まずはお気軽にご相談ください

第37回 【司法書士が解説】「まさかうちが」で後悔しない!事業承継を成功させるための10年計画と株式の鉄則

時限爆弾と化した「後継者難」—あなたが今すぐ動くべき理由

皆様、こんにちは。司法書士の時任です。

このブログをご覧になっているあなたは、ご自身の事業の未来、あるいはご両親の会社の将来について、漠然とした不安を感じ始めているかもしれません。前回に引き続き事業承継についてお話していきます。

特に40代から70代という世代にとって、「事業承継」は、個人の相続準備と並行して、絶対に避けて通れない最重要課題です。

日本の会社の99.7%は中小企業です。
そして今、その多くが深刻な「時限爆弾」を抱えています。
それは後継者不足です。

現在、全国で100万社以上の企業が後継者を見つけられず、その結果、望まない廃業が急増しています。
後継者難を理由とする倒産件数は、近年、年間最多を更新し続けているという現実があります。

中小企業の代表者の平均年齢は2019年時点で62.1歳。
本来であれば、すでに事業承継の準備を完了させていなければならない時期にもかかわらず、多くの経営者が「まだ大丈夫」と準備を怠り、手遅れになってしまうケースが日本中で溢れています。

「あと5年で引退するつもりだ」と考えている経営者の方へ。
残念ながら、その5年では準備に間に合いません。
事業承継は想像以上に時間がかかる大仕事です。

  1. 事業承継にまつわる誤解を解く:「引退」ではなく「新たなる挑戦」

多くの方が、「事業承継」=「経営者の引退」と考えていますが、これは大きな誤解です。

承継は、会社にとっての**「新たなる挑戦」**の始まりです。

単に社長の座を譲るだけでは、後継者が急に先代の代わりを務めるのは非常に困難です。
後継者を新しい代表取締役に据えた後も、先代は会長として会社に残ることが理想的なステップです。

つまり、事業承継の本当のスタートラインとは、後継者候補と先代が二人三脚で共同経営を始めることなのです。

  1. 失敗しないための「時間軸」:なぜ10年〜15年が必要なのか

事業承継を成功させるために、まず頭に入れておくべきなのは、かかる時間です。

専門家の相談や手続きを含め、事業承継の完了には10年〜15年という長い期間が必要とされています。

その内訳を見てみましょう。

  1. 後継者候補の選定と育成: 少なくとも5年。
  2. 役員就任後の共同経営(アフターフォロー期間): 5年〜10年。

この長い時間軸を理解した上で、「今すぐ」準備に取り掛からなければなりません。

  1. 承継成功に向けた具体的ステップ(時間を逆算して動く)

それでは、事業承継を成功に導くための具体的な手順を、時間軸を意識して見ていきましょう。

ステップ1:承継の決意と専門家への相談

事業承継を決意したら、まず後継者候補を決定し、社内にアナウンスします。
同時に、顧問税理士、会計士などの専門家に相談を開始します。

この段階で、税務上の問題や、株式承継のスキームを検討し始める必要があります。

ステップ2:後継者の集中的な「育成」期間(約5年間)

選定された後継者候補は、約5年をかけて、会社のあらゆる業務経験を積む必要があります。

営業、現場、企画、経理、人事など、会社経営の全体像を理解させることが目的です。

ステップ3:役員就任と「二人三脚」での共同経営(5年〜10年)

一通りの経験を積んだ後、後継者を役員などの責任あるポジションに就かせます。
役員就任直前は「社長室長」などの肩書で、先代と行動を共にするのが一般的です。

役員就任後も、先代(会長)は会社経営から完全に身を引くのではなく、5年〜10年間かけてアフターフォローを行います。

このフォロー期間を経て、ようやく事業承継が完了となるのです。

4.経営権を安定させる「株式承継」の2つの鉄則

事業承継の成否を握るのは、株式の取り扱いです。
株式の承継なくして、安定した経営は実現しません。

もし株式を渡さずに社長の座だけを譲ってしまうと、後継者は**「ただのお飾り社長」**となり、安心して経営ができなくなってしまいます。

鉄則①:株式は必ず「一人」に集中させる

親族内での承継でよくある失敗が、株式を兄弟間で均等に分けてしまうことです。
これにより、経営が不安定になり、後々金銭的なトラブルの原因となるケースが後を絶ちません。

株式を承継させる際は、必ず後継者一人のみに集中させることが、経営安定化の最重要ポイントです。

鉄則②:安定経営の鍵は「67%」の議決権

後継者が安心して経営を行うためには、最低でも過半数(51%)以上の株式が必要です。

しかし、安定的な会社経営を目指すなら、過半数では不十分です。
なぜなら、51%の議決権でできるのは、会社法上の「普通決議」に限られるからです。

会社経営の根幹に関わる重要な決議(株主総会特別決議)を自力で成立させるためには、**議決権の67%(3分の2以上)**を握っている必要があります。

67%を確保することで、定款の変更(会社名や事業目的の変更)や、資本金の減少、事業譲渡、組織再編など、会社の未来を左右する重大な決定を、後継者が迅速に行うことが可能になります。

  1. 事業承継を阻む二大ハードル:個人保証と遺留分の問題

スムーズな承継の実現を阻む、特に難しい二つのハードルについても触れます。

最大のハードル:個人保証の引き継ぎ

会社が銀行から借り入れを行う際や不動産を購入する際、会社だけでなく代表者個人が連帯保証人となるのが一般的です。

事業承継においては、この先代の個人保証を後継者に引き継ぐ必要があります。

これは非常に高いハードルとなり、もし会社が健全な経営状態になければ、後継者(親族であっても)が大きなリスクを背負うことになり、承継を拒否される事態に陥りかねません。

相続トラブルの種:遺留分への対応

後継者に株式や主要な事業用資産を集中させた場合、後継者以外の相続人への配慮も欠かせません。

他の相続人に対し、不動産以外の財産をしっかり残していく対応が必要です。

この対応を怠ると、相続発生後に遺留分(法律で保証された最低限の相続割合)をめぐるトラブルが生じてしまいます。

この点については、必ず専門家と綿密な検討を行うべきです。

  1. 最後の選択肢:M&A(第三者への売却)

親族内にも従業員にも後継者がいない場合、**M&A(第三者への会社売却)**が検討されます。

M&Aは、後継者が見つからない場合の「最後の選択」として考えるべきです。なぜなら、M&Aは株式譲渡によって行われることが一般的で、一度経営権を失うと、会社の業態が買い手側の意向で全く別のものに変えられてしまったり、先代が長年かけて積み上げてきた理念や文化が失われてしまう可能性があるからです。

売却を進める際は、売り手と買い手が経営理念やビジョンを共有し、お互い納得の上で進めることが肝心です。

まとめ:理念の承継こそが、事業の未来を拓く

事業承継において、株や税務以上に大切なのが**「経営理念の承継」**です。

経営理念は、会社経営におけるステアリングとブレーキの役割を果たし、一方、経営ビジョンはアクセルの役割を果たします。

次世代に事業を託す際は、この理念とビジョンをしっかりと言葉にして引き継ぐことが、会社の求心力を保つ鍵となります。

また、後継者がスムーズに経営できるように、社内の受け入れ態勢を確立することも極めて重要です。
先代は新社長の決定に口出しせず、指示系統を一本化し、徐々に代替わりを進めてください。

代替わりの際には、長年会社を支えてきた幹部社員が離脱してしまうことは、残念ながらよくあるケースです。

これは避けられないことと割り切り、後継者にその旨を伝えて動揺のない体制を築く必要があります。

事業承継は、専門的な知識と長期的な計画が必須となる複雑なプロセスです。

ご自身のため、そして会社の未来のため、「5年後に引退」を考えるなら、「今すぐ」専門家に相談し、10年計画をスタートさせてください。

第36回 50代から考える会社の未来:事業承継考えてますか?

今、日本全国で「大廃業時代」が目前に迫っています。地域経済や物づくりを支える中小企業の多くが、深刻な問題に直面しているのです。
黒字であるにもかかわらず、後継者が見つからずに廃業に追い込まれる企業は、推計60万社に上るとされています。これは決して他人事ではありません。

今回は、事業承継にスポットを当てて解説していきます。

私の事務所のある地域(つくば市谷田部)でも、名店として長年親しまれながら、まだ続けられると願うお客さんの声とは裏腹に、体の限界と後継者不在のため、廃業を決意される経営者が少なくありません。長年培われた技術や、地域にとっての「ともしび」が、あっけなく消えてしまうのです。

  • この危機は、雇用や販売先、仕入れ先にも連鎖的な影響を及ぼし、地域経済の衰退に繋がりかねません。
  • 後継者難による倒産も、今年10月までの時点で過去最多に迫る勢いです。

あなたの会社が持つ技術や、経営者の思いを未来につなぐためには、今すぐ事業承継対策に着手する必要があります。この「人には話しづらい」テーマ に対し、私たちはどのような準備をすべきでしょうか。対策は「待ったなし」の状況です。


近年、日本社会で深刻な社会問題となっているのが、企業の**「後継者不足」**です。民間調査会社のデータによると、後継者不足を理由とする倒産件数は増加の一途を辿っており、2024年には調査開始以降で過去最多の463件を記録しました。また、黒字経営を続けていても、経営者の高齢化により後継者を選定できず、廃業に追い込まれてしまうケースも増えています。この傾向は特に小規模事業者や地方で顕著であり、このままでは地域に根付いた大切な文化や産業が失われてしまう危険性があります。

しかし、この深刻な課題を乗り越え、事業を未来へと繋ぐ有力な解決策として、**「第三者承継」**が今、大きな注目を集めています。これは、親族や社内の役員といった身内ではなく、外部の第三者が事業を引き継ぐ手法です。


「第三者承継」が提示する解決の可能性

第三者承継は、単なる経営資源の移動にとどまらず、その事業の価値や地域からの愛情を守り、発展させる「解決可能性」を提示しています。

  • 例えば、横浜市にある創業の長い町中華「三公苑」の事例です。高齢と体調不良を理由に引退を考えていた先代の店主(小川さん)から、お店を継いだのは、その味に惚れ込んだ中国出身のリンさんでした。リンさんは、先代からマンツーマンで厳しい特訓を受け、難易度の高いチャーハンやチャーメンの調理技術、調味料の配分や火加減を見事に習得しました。その結果、店は7年前に承継された現在も、長年の常連客が「味が変わらない」「いつもの美味しさ」と絶賛するほど、伝統の味を守り抜いています。
  • また、福島県にある30年以上続く画材店「美術堂」では、さらに意外な形で承継が実現しました。年齢を理由に廃業を考えていた元オーナーに対し、店の常連客だった伊藤深夜さん(59歳)が事業を引き継いだのです。伊藤さんは、会社員時代、残業後の帰宅途中に灯る店の温かい明かりと雰囲気に「背中を押されるような気持ち」になった経験から、「この灯を消したくない」という強い思いでオーナーとなることを決意しました。現在は、全オーナーの残した「お客さんへの愛情」が詰まったメモを頼りに試行錯誤を続けながら、温かい接客でお客さんを迎え入れています。

このように、第三者承継は、事業の大ファンであったり、地方移住を視野に入れるなど、様々な動機を持つ新たな担い手と出会うことで(長野県の温泉宿の例では地方移住を考えた男性が承継しました)、事業の継続を可能にします。


柔軟なマッチングによる継承のサポート

こうした第三者への事業承継を現実のものにしているのが、事業承継マッチングサービスの存在です。譲渡希望者と承継希望者を結びつけるサービスは、間に立って交渉や手続きをサポートし、後継者問題を解決に導きます。

  • 特に大きなメリットは、その柔軟性です。事業全体だけでなく、店舗のみ、機材・設備のみ、あるいは場所に関係なく味や技術のみを承継するといった、範囲を選択して交渉で決めることができます。
  • 事業を譲る側は、後継者問題の解決に加え、従業員や取引先への影響を最小限に抑えられます。
  • 一方、継ぐ側は、費用を抑えつつ、先代が培ってきたノウハウなどの経営資源をそのまま引き継げるという大きなメリットがあります。さらに、新たな担い手が異なる業界の知識や顧客目線といった新しい視点を持ち込むことで、事業に変革(掛け算)が起こり、新しい未来を築くきっかけにもなります。

事業承継マッチングサービスは有効な選択肢ですが、メリットだけでなく留意すべき点もあります。

  • 費用負担と条件面の硬直性
    成功報酬や掲載料、アドバイザリー費用が発生し、スモールM&Aでは相対的に負担感が大きいことがあります。サービス標準の手順に沿うため、交渉の自由度が下がる場面も。
  • 風評・機密管理の難しさ
    募集情報から従業員・取引先に噂が広まり、不安や離反を招くおそれ。
    → 対策:**秘密保持契約(NDA)**の徹底、段階開示(匿名→限定開示→現地確認)を採用。
  • 人・文化・暗黙知の承継の難度
    レシピ・仕入れ勘所・常連対応など、紙に落ちないノウハウは短期では移転しにくい。
  • 許認可・契約上の制約
    事業譲渡では許認可の取り直しや取引先の同意が必要なケースがあり、承継スキーム(株式譲渡/事業譲渡)の選択を誤ると止まります。
  • PMI(統合プロセス)の負荷
    引継ぎ後のオペレーション統合作業(会計・労務・IT・ブランド運用)が後手に回ると、品質低下や離職に直結します。
  • 希望者不足・時間要因
    地域・業種次第では「待っても応募が来ない」「合う相手に出会うまで長期化」もあり得ます。
  • 評価(バリュエーション)のギャップ
    売り手の思い入れと買い手の収益基準が乖離しやすく、交渉が停滞。のれん(ブランド)価値の捉え方もズレが出がち。

事業承継において第三者承継(M&A)が「解決可能性」を示す有力な手段であることは前述の通りですが、実はM&Aの成功は、契約が成立したその瞬間で決まるわけではありません。
むしろ、「売る/譲る」という契約の締結よりも、その後の「統合」、すなわちPMIのプロセスこそが、M&Aの成否を握る真の鍵となります。


PMIは「Post-Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)」の略

M&Aで“契約が成立したあと”に、2つの会社や事業を1つの形で“ちゃんと動くように整える作業のことです。
一言でいうと、買った価値を“実際の成果”に変える後片づけと立ち上げです。

M&Aの契約締結は、結婚式を挙げるようなものです。そこに至るまでの交渉は大変ですが、本当に重要なのは、その後に始まる**共同生活(PMI)**です。お互いの文化や習慣の違いを理解し、誠実なコミュニケーションを日々重ねる努力がなければ、経済的に豊かであっても、その関係(事業)を長く続けることはできないのです。

なぜ大事?

  • 買収の失敗の多くは「買う前(価格)」より**買った後(運営)**で起きます。
  • 例:主要社員が辞める、顧客が離れる、請求や在庫が止まる――利益が出る前に価値が目減りします。
  • PMIはそれを防ぎ、売上を守り、人材をつなぎ、ムダを減らすための実務です。

いかがでしたでしょうか。事業承継は、5年、10年というスパンでかかると言われています。とにかく時間がかかります。専門家への早めの相談をお勧めします。

第35回 【司法書士が警告】「家族信託を自分でやる」は危険?

失敗しないための準備と費用を徹底解説

こんにちは。司法書士の時任です。

40代から70代の皆様、ご自身の老後やご両親の相続について「そろそろ対策を始めないと」と真剣にお考えではないでしょうか。

特に、認知症になった後の財産管理や、スムーズな相続を実現するための「家族信託」が今、非常に注目されています。

この家族信託について、「契約書さえ作れば自分でできるのでは?」と考える方もいらっしゃいます。

結論から申し上げますと、家族信託の契約自体は理論上、自力で作成することは可能です。

しかし、専門家として皆様にお伝えしたいのは、「できる」ことと「機能する」ことの間には大きな壁があるということです。

今回は、家族信託を自力で始めることの危険性と、安心確実な対策のために必要な知識、そして専門家に頼む際の費用対効果について、分かりやすく解説します。


家族信託とは?40代から始める安心の財産管理

まず、家族信託とはどのような制度でしょうか。

簡単に言えば、ご自身の財産(不動産や預金など)を、信頼できるご家族に託し、その管理や運用、そして処分までを任せる仕組みのことです。

この制度の最大のメリットは、ご自身が将来、認知症になって判断能力を失ってしまった場合でも、あらかじめ指定したご家族(受託者)が財産管理を継続できる点にあります。

これにより、いわゆる「資産凍結」のような状態を避け、大切な財産を未来にわたって守ることができます。

家族信託は、主に認知症対策として活用されますが、障害のあるお子様の将来を守る目的や、特定の相続対策としても利用が広がっています。


家族信託は契約行為!理論上は自力でできる

家族信託をスタートさせる方法はいくつかありますが、基本的にはご自身(財産を託す人=委託者)と、財産を託される家族(受託者)の間で「信託契約」を結ぶことによって始まります。

この契約行為には特に法令上の制限はありません。

そのため、契約書さえ整えば成立し、インターネット上のテンプレートや市販の書籍などを利用して、自力で契約書を作成する方も存在します。


家族信託を始めるために必須の準備

しかし、家族信託はただ契約書を作るだけで済むものではありません。

スタートさせるためには、主に以下の準備を正確に進める必要があります。

  1. 信託財産の決定:何を託すのか(不動産、金銭、預金など)を明確にします。
  2. 登場人物の決定:財産を託す人(委託者)、託される人(受託者)、そして信託した財産から利益を受ける人(受益者)の最低3名を決定します。
  3. 信託契約書の作成:契約内容を文書化します。
  4. 信託登記の手続き:信託財産に不動産が含まれる場合、名義を委託者から受託者へ変更する登記が必要です。
  5. 信託口口座の開設:金銭を信託する場合、金融機関と調整の上、信託専用の口座を開設しなければなりません。

【重要】自力で家族信託を進める4つの深刻なリスク

自力で家族信託の準備を進めることは可能ですが、その過程には専門家として看過できない多くのリスクが潜んでいます。

特に、40代から70代の大切な財産を守るための対策が、かえって将来の大きなトラブルにつながる可能性があるため、注意が必要です。


リスク1:契約書が「無効」となり、信託が機能しない

家族信託の仕組みは、一般的な民法上の契約(売買契約や贈与契約など)に比べて非常に複雑です。

もし自力で作成した契約書に不備があったり、法的要件が欠落していたりすると、契約自体が「無効」と判断されることがあります。

その結果、せっかく準備した信託が実際に機能しないという事態が発生する可能性があります。

テンプレートをそのまま利用したとしても、個別の事情に対応できず、結果的に機能不全に陥るケースもあります。


リスク2:思わぬ「税負担」が発生する

信託の内容や、委託者と受益者の設定を誤ってしまった場合、税務上それが**「贈与」と判断されてしまう**リスクがあります。

この場合、**想定外の多額の税金(贈与税など)**が突然発生し、大きな税負担を負うことになりかねません。

特に、受益権を連続させる特殊な信託行為(受益者連続型信託など)は複雑であり、ミスが生じやすい部分です。


リスク3:信託口口座が開設できない

信託専用の口座(信託口口座)を開設する場合、金融機関との調整が必須です。

しかし、金融機関によっては、専門家が関与していない契約書の場合、口座開設に応じてくれないケースが多々あります。

これは、素人の方が作成した契約書には法的要件の欠落や不備があり、そもそも信託自体が成立していない可能性があるためです。

金融機関側で契約書を詳細にチェック・修正する手間が発生するため、専門家の介入を求められるのが実情です。


リスク4:不動産登記手続きでミスが発生し、手続きがストップする

信託財産に不動産が含まれる場合に必要な信託登記は、通常の売買や贈与による名義変更よりも遥かに複雑です。

特に、信託目録といった特殊な書類を作成する必要があります。

この登記手続きは、専門家である司法書士の間でも、簡単には申請書が書けないほど難解な場合があり、申請にミスがあれば手続きがストップしてしまいます。


安心と確実性を手に入れる:専門家に依頼するメリット

大切なご家族の将来の財産を守るため、失敗のリスクを排除したいなら、専門家(司法書士など)に依頼することが最も確実です。

専門家に依頼する主なメリット

  1. 法律・税務の知識に基づいた適切な設計
     法律や税務の専門知識に基づいて、お客様の状況に最適な信託の仕組みを設計できます。
  2. 手続きの全面的なサポート
     複雑な登記手続きや契約書作成はもちろん、金融機関との調整も含め、必要な準備を全てサポートしてもらえます。
  3. 家族間の利害調整を支援
     信託設計や契約の過程で生じるご家族間の利害調整や話し合いの場面でも、第三者の立場として円滑な支援を受けることができます。

費用対効果を比較する:専門家依頼 vs. 成年後見制度

専門家に依頼する場合、費用が発生しますが、これは将来のトラブル回避や財産保護を目的とした**「投資」**として捉えるべきです。

専門家への初期費用目安

家族信託の設計や契約書作成にかかる司法書士報酬の目安は、40万円〜60万円前後(信託財産の価格によって変動)です。

これに、不動産が関わる場合の登記費用(司法書士報酬:5万〜15万円程度+登録免許税)や、公証役場での公正証書作成手数料などが加わります。

トータルで見ると、約50万円〜80万円程度が相場となることが多いです。もちろん信託する財産の価格や内容によって大きく変動します。


比較対象:成年後見制度のランニングコスト

家族信託を準備せずに認知症になってしまった場合、財産管理のために裁判所によって成年後見人が選任されます。

専門家が後見人となった場合、報酬が発生し、これは財産額によって増減しますが、平均して月々3万円程度の報酬がかかります。

  • 月々3万円 × 12ヶ月 = 年間36万円
  • 成年後見が10年間続けば、報酬の合計は360万円にもなります。

家族信託の経済的メリット

一方、家族信託では、ご家族を受託者に選定する場合、原則として受託者への報酬をゼロに設定できます。

家族信託の初期費用に仮に50万〜80万円かかったとしても、成年後見制度の長期的なランニングコスト(360万円など)と比較した場合、トータルで費用を抑えられる可能性が高いのです。

初期費用は数十万円かかりますが、長期的なコストや、何より「実際に機能する安心感」を考えると、専門家への依頼は決して高い投資ではないと言えるでしょう。


最後に

家族信託は、認知症や相続といった将来の不安に対する非常に有効な対策です。

しかし、自力で「できたつもり」になっていても、実際には機能しない信託になってしまうリスクがあることをご理解ください。

ご自身やご両親の大切な財産を確実に守るために、どの制度が最適なのか、そして専門家に頼むべきかどうかに迷われた際は、ぜひお気軽にご相談ください。

私たちが、皆様にとって適切な対策を一緒に検討させていただきます。

第34回 40代・50代必見!親の認知症対策「法定後見」「任意後見」「家族信託」を徹底比較

相続や介護を見据える40代から70代の皆様、こんにちは。司法書士の時任です。

ご自身の老後や親御様の介護について考える際、もし親御様が認知症になったら、

「実家を売って介護費用に充てたい」
「親の預貯金を下ろして医療費を払いたい」

といった手続きができなくなるかもしれない、という不安はありませんか?

財産管理の手続きができなくなる事態に備えるために、**「法定後見」「任意後見」「家族信託」**という3つの対策が広く知られています。

しかし、

  • 「どれを選べばいいか分からない」
  • 「何がどう違うの?」

と感じる方も多いでしょう。

今回は、これらの制度が必要なケースと、それぞれの特徴・費用、そしてご家族にとって最適な選び方について、分かりやすさを重視して解説します。


なぜ事前の対策が必要なのか?

まず、これらの対策が不要なご家族もいます。

例えば、仮に親御様の財産(家や預貯金)が凍結してしまっても、特に困らないという場合は、対策は必須ではありません。

しかし、認知症などで判断能力が低下した際、親御様の財産(家や預貯金)を使って介護費用などを捻出する可能性がある方は、事前の準備を強くお勧めします。

準備を怠ると、万が一の際に家庭裁判所の関与なしには預貯金を下ろしたり、不動産を売却したりする手続きができなくなるためです。


【比較の軸】「元気なうちの準備」か「判断能力低下後の対処」か

これらの対策を比較する上で、最も重要な軸となるのが「利用するタイミング」です。

対策名利用するタイミング裁判所の関与財産管理の範囲
任意後見判断能力があるうち(元気なうち)に契約あり(監督人が選任される)すべての財産が原則
家族信託判断能力があるうち(元気なうち)に契約なし特定の財産のみ
法定後見判断能力が低下してからあり(後見人が選任される)すべての財産が原則

1. ご自身の希望を最大限に叶える「家族信託」

ご自身の意思が尊重されやすい形で、特定の財産管理を家族に託したい場合に最適なのが「家族信託」です。

特徴とメリット

  • 利用のタイミング:ご本人が元気で判断能力があるうちに行います。
  • 財産管理の範囲:法定後見や任意後見がすべての財産を対象とするのに対し、家族信託は信託する特定の財産のみを対象とします。
     例:実家と預貯金の一部だけを信託財産とするご家族が非常に多いです。
  • 裁判所の関与:法定後見や任意後見と違い、一切裁判所の関与がない点が最大の特徴です。そのため、財産管理を頼んだ人の希望が最も叶えられやすい仕組みといえます。
  • 報酬:後見人制度のように、裁判所の指示によって毎年報酬を支払う必要が原則としてありません。ただし、管理が複雑な場合は、将来的に事務処理を外部専門家に外注する可能性を見据えて、信託報酬を決めることも可能です。

費用(専門家に依頼した場合)

  • 信託組成を専門家に作成してもらう場合:信託する財産の1.5%~2%が目安

2. 信頼できる家族に「すべて」の財産を任せる「任意後見」

将来、万が一判断能力が低下した場合に、確実にご自身が信頼できる家族や友人に、すべての財産管理を任せたい場合に有効なのが「任意後見」です。

特徴とメリット

  • 利用のタイミング:ご本人が元気で判断能力があるうちに、将来の財産管理について契約を交わします。
  • 財産管理の範囲:原則として、すべての財産管理をお願いすることになります。
  • 受任者の選択:家族や友人など、信頼できる人を後見人に選ぶことができます。
  • 報酬:契約書作成後に判断能力が低下し、実際に財産管理が必要になると、後見人(家族がなることが多い)と、それを監督する監督人に対して、毎年報酬を払っていく必要があります。

費用(専門家に依頼した場合)

  • 公正証書の作成にかかる費用:2万円前後
  • 契約書の作成を専門家に頼む場合:20万円前後

3. 判断能力低下後の「最終手段」となる「法定後見」

法定後見は、ご本人の判断能力がすでに低下しており、上記のような事前の準備(任意後見や家族信託)をしていなかった場合に利用される**「最終手段」**という位置づけです。

特徴とデメリット

  • 利用のタイミング:判断能力が低下してから利用します。
  • 後見人の選任:裁判所への申立てにより手続きを開始しますが、誰が後見人に選ばれるかは分かりません。もしご家族以外(司法書士などの専門家)が後見人に選ばれた場合、財産管理の柔軟性が低下する可能性があります。
  • 報酬:専門家が後見人に選ばれた場合、毎年14万円から72万円程度の報酬を払い続ける必要があります。

費用(専門家に依頼した場合)

  • 裁判所への申立て費用:1万円前後
  • 申立ての書類作成を専門家に依頼した場合:10万円前後

司法書士からのアドバイス:どの対策を選ぶべきか

どの対策が「優れている」という話ではなく、ご自身やご家族の将来をしっかりと見据え、**「どの方法が合っているか」**という目線で検討することが重要です。

検討のポイント(3つ)

  1. そもそも対策は必要か?
     (親の認知症で財産を動かす必要性があるか?)
  2. 誰に財産管理を任せたいか?
     (信頼できる家族か、専門家でも構わないか?)
  3. 管理してもらいたい財産は全部か、特定の一部か?

これらの検討が難しい場合は、司法書士などの専門職に相談することで、ご家族の状況に最適な方法を見つけることができます。


親御様との会話を始めるきっかけ作り

親御様自身がまだお元気で、将来の話やお金の話がしにくい、という声をよく聞きます。

もし会話のきっかけが掴みにくいと感じるなら、親御様ご自身の経験を聞いてみるのはいかがでしょうか。

例えば、

  • 「おばあちゃんの介護の時はどうしたの?」
  • 「あの時、財産管理はどうしていたの?」

といった過去の経験をきっかけに話を聞き出してみると、ご自身の老後の計画についても具体的に話しやすくなることがあります。


当事務所では、ご家族の将来設計に関するご相談を承っております。
まずはお気軽にご連絡ください。

第33回 【40代から70代の方へ】家族が揉めない生前相続対策3ステップ!認知症・税金トラブルを防ぐために

こんにちは。司法書士の時任です。
このブログを読まれているあなたは、ご自身の将来、またはご両親の相続について、漠然とした不安を感じているのではないでしょうか。

特に40代から70代の現役世代にとって、**「家族が争わないこと」と「円満な継承」**は最大の関心事です。

実は、生前に対策を講じることは、財産を巡る「争続」を防ぎ、残されたご家族の負担を大きく軽減します。

この記事では、私が日々相続の現場で感じている教訓をもとに、今すぐ始めるべき生前対策を具体的な3つのステップに分けて解説します。財産額の大小に関わらず、ぜひ取り組んでいただきたい内容です。


はじめに:なぜ生前対策が必要なのか?3つのリスク

生前対策は、主に以下の3つのリスクに備えるために行います。

  1. 相続トラブルのリスク:家族間で遺産を巡る争いが発生する
  2. 認知症のリスク:ご本人の判断能力が低下し、財産管理ができなくなる
  3. 相続税のリスク:税金の負担が必要以上に大きくなる

これら3つのリスクに備える前に、まず最も重要な最初のステップから始めましょう。


ステップ1:現状を把握する(財産目録の作成)

相続対策のスタート地点は、**「ご自身の財産が一体どれだけあるのか」**を正確に把握することです。

財産状況がわからなければ、適切な対策を立てることはできません。

このステップで目指すのは、どんな書式でも構いませんので、**プラスの財産とマイナスの財産を一覧にした「財産目録」**の叩き台を作ることです。

1. プラスの財産の整理

まず、お手持ちのプラスの財産を分類し、整理・整頓していきましょう。

  • 預貯金:どの銀行に、いくつ口座があり、それぞれの口座にいくら入っているのかを具体的に分類します。
  • 不動産:自宅やマンション、その他の土地建物があれば、その所在地(住所・地番・家屋番号など)、マンションの場合は号室まで特定できるように把握します。
  • 株式:上場株式を持っている場合、どの会社の株かというよりも、どの証券会社で管理しているのかを特定することが重要になります。

2. マイナスの財産の整理(負債の確認)

プラスの財産だけでなく、負債の状況も必ず把握してください。

住宅ローンや借入金など、マイナスの財産がどれだけあるのかを知ることは非常に重要です。

負債があまりにも多く、相続人が「相続放棄」を検討しなければならない状況も起こり得るからです。

プラスとマイナスの財産を一覧にできれば、今後の対策を講じる準備が整います。


ステップ2:家族が争わないための対策(遺言書の活用)

「うちの家族は仲が良いから大丈夫」「財産は大した額じゃないから揉めないだろう」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、相続の現場で実際に起きている現実は異なります。

遺産分割調停事件の統計を見ると、なんと約8割のご家庭が、5,000万円以下の相続財産を巡って争っているのです。

特に1,000万円以下の財産で争うケースも全体の34%を占めており、遺産が少ないからこそトラブルが起きやすい傾向にあります。

家族が財産を巡って争わないよう、**「誰に、どれだけ遺産を相続させるか」**をあらかじめ話し合っておくことが絶対に大切です。

確実なトラブル回避策は「遺言書」

ご自身の意思を明確に反映させ、遺産分割を確実に行うための最も確実な方法は、遺言書を正式に残すことです。

遺言書があれば、原則として、遺産は遺言書の内容通りに分割されます。

これにより、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)で、不必要に喧嘩が生じるのを防ぐことができます。

遺言書は**「法的効力が強い書面」**であり、遺産分割協議で全相続人が内容以外の分割方法に合意した場合を除き、遺言書の内容が最優先されるため、非常に強力な対策となります。


ステップ3:財産を「凍結」から守る対策(認知症対策)

日本人の高齢化は急速に進んでおり、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」ですが、75歳以上の方は1全人口の18%超になります。

現在、600万人以上の日本人が認知症を発症しているという現実があります。

認知症対策をなぜ急ぐ必要があるかというと、認知症になってしまうと、事実上、ほとんどの相続対策が行えなくなるからです。

  • 不動産の売却や購入ができなくなる
  • 生命保険への加入ができなくなる
  • 有効な遺言書を作成できなくなる

例えば、老人ホームの入居費用を捻出するために不動産を売却しようとしても、認知症発症後では売却できず、手元の資金でなんとかしなければならない事態に陥りかねません。

認知症対策の切り札「家族信託」

認知症で財産が凍結する事態を防ぐために、近年注目されているのが**「家族信託」**です。

家族信託とは、従来の認知症対策として活用されてきた成年後見制度に代わり、より柔軟な財産管理を行うことができる仕組みです。

財産を管理してもらう人(受託者)を指定し、**「どの財産を、誰に、いつ、どれくらい渡すか」**を事前に決めておくことができます。

ただし、家族信託を利用する上で絶対的な注意点があります。

それは、認知症発症後には家族信託を利用することはできないということです。

遺言書も家族信託も、ご本人の判断能力がしっかりしている「発症前」に組んでおくことがマストになります。


(番外編)もしも相続税がかかるなら(税金対策)

相続税の基礎控除額が引き下げられたことで、相続税の対象となる方は増えています。

特に都市部に不動産をお持ちの方は、相続税がかかる可能性が非常に高いので注意が必要です。

基礎控除額を必ず把握する

まず、ご自身の相続財産が基礎控除額を超えているかどうかを確認しましょう。

基礎控除額は以下の計算式で求められます。

3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)

例えば、法定相続人が2人いる場合、
基礎控除額は 3,000万円 +(600万円 × 2人)= 4,200万円 となります。

つまり、財産が4,200万円以上ある場合、相続税が発生する可能性があるため、申告の義務が発生します。

特例や控除を最大限活用する

相続税には、配偶者控除や小規模宅地等の特例など、税額を大幅に減らせる特例・控除が多数存在します。

これらの特例を適切に活用すれば、相続税額がゼロになることも珍しくありません。

しかし、これらの特例控除を利用する場合でも、相続税の申告は必要になります。

税金に関する複雑な手続きや対策については、必ず相続専門の税理士に相談してください。


まとめ:相続対策は「家族全員の共同プロジェクト」

相続対策というと、「縁起でもない」「自分の金は自分で使う」といった考えから、なかなか進まない傾向がありますが、もし少しでもご家族に財産を相続させる意向があるなら、これはご家族全員で取り組むべき共同プロジェクトであると心得てください。

繰り返しになりますが、最も重要な生前対策は、財産額の多寡にかかわらず、ご家族が争うことなく相続を迎えられるようにすることです。

そのためにも、以下の3ステップをぜひ実行してください。

  1. 財産の現状を整理し、財産目録を作る
  2. ご自身の意思を反映させる遺言書を作成する
  3. 認知症になる前に家族信託などの対策を講じる

私たち司法書士事務所や相続専門の税理士事務所では、無料相談を行っているところが多くあります。

まずはお気軽に専門家にご相談いただき、不安を解消するところから始めることを強くお勧めします。


第32回 家の相続で失敗しないために|登記・費用・特例制度を司法書士がわかりやすく解説

司法書士の時任です。いつもブログをご覧いただきありがとうございます。

自分自身の相続、もしくはご両親からの相続に備える必要性を感じている40代から70代の皆様へ。

「家」を相続する場合、名義が変わるだけではないという事実をご存知でしょうか。特に不動産が絡む相続は金額が大きくなりやすく、また判断に迷う点も多いため、複雑に感じていらっしゃるかもしれません。

本日は、家を相続する際に必要な「手続きの全体像」と「実際にかかる費用」について、司法書士の視点から分かりやすく解説いたします。
2024年4月からは相続登記が義務化されていますので、その重要性も含め、ぜひ最後までご覧ください。


Ⅰ. まず知っておきたい!家の相続で発生する具体的な「費用」

家(不動産)を相続する際には、様々な種類の費用や税金が発生します。
あらかじめどのくらいの出費があるのかを把握しておくことが重要です。


1. 相続税と評価費用

相続財産の総額が「基礎控除額」を超える場合、相続税が課税されます。
この場合、亡くなった日から10ヶ月以内という期限内に申告と納税が必要です。

不動産の評価は複雑です。
土地は「路線価式」または「倍率方式」で、建物は「固定資産税評価額」で評価されます。
この評価によって相続税額が大きく変動するため、正確な評価を行うことが非常に重要です。

小規模宅地等の特例で最大80%減額も可能

亡くなった方が住んでいた土地を配偶者や同居の子どもなどが相続する場合、一定の条件を満たせば、最大80%の評価額減額を受けられる「小規模宅地等の特例」があります。
この特例を適用することで、相続税を大幅に軽減できる場合があります。

ただし、配偶者以外の方が適用を受けるには、

  • 「同居要件」
  • 「申告期限までの所有継続」

など様々な要件があり複雑です。
有利な申告につなげるためには、相続専門の税理士に相談することをお勧めします。


2. 相続登記にかかる費用(登録免許税など)

家の名義を亡くなった方から相続人へ変更する「相続登記」の手続きの際にも費用が発生します。

最も大きな費用の一つが登録免許税です。
これは、不動産の価格を基に算出される税金です。

現在、登録免許税については一部免除措置が設けられています(2027年3月31日まで)。
例えば、相続した土地の価格が100万円以下の場合は登録免許税が免除されます。


3. 家を所有し続ける限りかかる費用

相続手続きが完了し、家を所有し続ける限り、以下の費用が継続的に発生します。

  • 固定資産税
  • 都市計画税

これらの税率は地域によって異なる場合があります。


4. 売却を選択した場合にかかる費用

もし相続した家に住む予定がない場合、売却も選択肢の一つとなります。
売却する場合、以下の費用や税金がかかります。

費用・税金概要と注意点
仲介手数料不動産会社に成功報酬として支払う費用で、売却価格によっては数十万から100万円以上になることがあります。
印紙税売買契約書に課税される税金で、契約金額に応じて税額が決まっています。
譲渡所得税売却して得た利益(譲渡所得)に対して課税される税金(所得税と住民税)です。

空き家特例(最大3,000万円控除)の活用

被相続人(亡くなった方)が居住していた家屋やその土地を相続した後、一定期間内に売却し、定められた要件に当てはまる場合、**譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例(通称「空き家特例」)**があります。

この特例は非常に有利ですが、適用要件が複雑です。
適用をご希望の場合は、相続専門の税理士に相談することをお勧めします。


Ⅱ. 司法書士が解説する「家の相続」で踏むべき6つのステップ

家の相続手続きは段階的に進める必要があります。
慌てないよう、順序を確認しておきましょう。


ステップ1:遺言書の確認

まず最初に行うべきことは、亡くなった方が遺言書を残していないかを確認することです。
遺言書は、自宅だけでなく、銀行の貸金庫、法務局、公正役場などにも保管されている場合があります。

遺言書の内容は、他の手続きに優先して適用されます。
万が一、後から遺言書が発見された場合は、遺産分割をやり直すことになります。

【重要】自筆証書遺言の注意点

法務局に保管されていない自筆証書遺言を発見した場合、たとえ封がされていなかったとしても、家庭裁判所の検認を受ける必要があります。
発見した状態のまま保存し、勝手に開封せず、家庭裁判所に検認の申請を行ってください。


ステップ2:遺産の全体像の把握

家などの不動産だけでなく、預貯金、株式、借金(マイナスの財産)など、すべての財産を洗い出し、プラスとマイナスの財産を整理します。


ステップ3:相続人の調査と確定

法定相続人が誰であるかを確定するために、戸籍謄本などを取り寄せ、親族関係を明らかにします。

認知している子どもや前の配偶者の子どもなど、思わぬ人が法定相続人となるケースもあります。
ここで相続人を確定しておかないと、次の手続きに進むことができません。


ステップ4:遺産分割協議と協議書の作成

相続人が確定したら、誰がどの財産を引き継ぐのかを相続人全員で話し合います(遺産分割協議)。
もちろん、この話し合いの中で、家を誰が相続するのかも決定します。

全員の合意が得られたら、その内容を明記した「遺産分割協議書」を作成し、全員の署名と押印が必要になります。
ただし、遺言書があり、その内容に従う場合は、この協議は不要です。


ステップ5:相続税の申告と納税

ステップ2で把握した財産を基に、基礎控除額を超える場合は、亡くなった日から10ヶ月以内に相続税の申告と納税を行います。
申告が必要かどうか確認を必ず行ってください。


ステップ6:相続登記(名義変更)

最後に、不動産の名義を相続人の名前に変更する「相続登記」を行います。
必要書類を揃えて法務局に提出する手続きです。

相続登記の義務化にご注意ください

2024年4月からは、相続登記が義務化されました。
手続きを怠ってしまうと、過料の対象になってしまうため、忘れずに進める必要があります。
この点については、登記の専門家である司法書士にお気軽にご相談ください。


Ⅲ. まとめ:複雑な相続手続きは専門家にご相談を

相続は、法的な手続き、不動産の評価、税金の計算など、様々な専門知識が求められ、非常に時間と労力がかかるものです。
特に不動産を含む場合、評価一つで納税額が大きく変わるため、正確で有利な申告には専門家のサポートが不可欠です。

少しでも不安な点があれば、無理をしてご自身で手探りで進めるよりも、専門家に相談いただくのが最も安心です。

当事務所では、登記手続きの専門家として、相続登記はもちろん、様々な手続きをサポートしております。
必要に応じて、相続税の申告に対応する税理士や、不動産の売却や活用を支援する不動産会社など、関連する専門家との連携も可能です。

無料相談も実施しておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。