本日は、遺言の中でも「自筆証書遺言書保管制度」についてお話ししていきます。ご自身で書かれた遺言書を法務局に預けることができるこの制度について、その概要からメリット・デメリット、手続きの流れまで、詳しく解説していきたいと思います。この制度をご理解いただくことで、遺言書の保管方法について新たな選択肢を持つことができ、皆様の相続対策の一助となれば幸いです。
1. はじめに
まず、遺言書には主に2つの種類があることをご存知でしょうか。1つは、ご自身で手書きで作成する「自筆証書遺言」、もう1つは、公証役場で公証人の関与のもと作成する「公正証書遺言」です。
自筆証書遺言は、手軽に作成でき、費用も抑えられるというメリットがありますが、一方で、法律で定められた形式を満たしていないために無効になってしまうリスクや、遺言書の紛失、改ざんといったリスクも存在します。また、相続開始後には、家庭裁判所での検認という手続きが必要になります。
そこで注目されているのが、本日解説する「自筆証書遺言書保管制度」です。この制度を利用することで、自筆証書遺言のデメリットの一部を解消し、より安全かつ確実に遺言書を保管することが可能になります。
2. 自筆証書遺言書保管制度とは
自筆証書遺言書保管制度は、ご自身で作成した自筆証書遺言の原本を、ご本人が生前に法務局に申請して保管してもらう制度です。法務局に預けることで、遺言書の紛失や改ざんのリスクを大幅に減らすことができます。
また、保管申請の際には、法務局の職員による遺言書の形式面のチェックが行われます。これにより、日付や署名、押印など、民法で定められた形式に不備がある可能性を低くすることができます。ただし、遺言書の内容そのものについての審査は対象外であるため、内容が不明確であったり、法的に問題がある可能性は残る点には注意が必要です。
さらに、この制度を利用して法務局に遺言書を預けた場合、相続開始後に家庭裁判所で行う検認の手続きが不要となります。これは、相続人にとって時間と手間を省ける大きなメリットと言えるでしょう。
法務局での保管手数料は一律3,900円です。公正証書遺言を作成する際の公証人手数料と比較すると、費用を抑えられるという点もこの制度の魅力の一つです。
3. 自筆証書遺言のメリット・デメリットと保管制度の役割
ここで、改めて自筆証書遺言のメリットとデメリット、そしてこの保管制度がどのようにデメリットを解消するのかを見ていきましょう。
自筆証書遺言のメリット
- 手軽に作成できる:ご自身で書くだけなので、いつでもどこでも作成できます。
- 費用が安い:公証人や証人の関与がないため、費用を抑えられます。
- 証人が不要:公正証書遺言と異なり、証人を立てる必要がありません。
自筆証書遺言のデメリット
- 無効になるリスク:民法の形式要件を満たしていない場合、無効となる可能性があります。
- 発見されない・紛失のリスク:自宅などで保管する場合、発見されなかったり、紛失したりする可能性があります。
- 改ざん・隠匿のリスク:相続人によって改ざんや隠匿が行われる可能性も否定できません。
- 相続手続きでの手間:相続開始後に家庭裁判所での検認が必要となります。
- 遺言書の真実性の証明:内容について争いが生じた場合、遺言書の真実性を証明する必要が出てくることがあります。
これらのデメリットに対し、自筆証書遺言書保管制度を利用することで、以下の点が改善されます。
- 紛失・改ざんのリスク軽減:原本を法務局が保管するため、紛失や改ざんの心配がなくなります。
- 形式面のチェック:保管申請時に形式的なチェックを受けることで、無効になるリスクを軽減できます。
- 検認手続きが不要:相続開始後の検認が不要となり、速やかに相続手続きを進めることができます。
- 遺言書の存在の把握が容易:相続人は、被相続人の死亡後に法務局に遺言書の保管の有無を照会することができます。また、遺言者が事前に指定した方への通知してもらう制度もあります。
このように、自筆証書遺言書保管制度は、自筆証書遺言の持つ手軽さや費用面のメリットを維持しつつ、保管や形式面での不安を軽減する有効な手段と言えるでしょう。
4. 保管申請の流れと注意点
では、実際に自筆証書遺言書を法務局に保管申請する際の流れと、いくつかの注意点についてご説明します。
保管申請の流れ
- 自筆証書遺言書の作成:まず、民法の定める形式に従って遺言書を作成します。保管制度を利用する際には、用紙サイズ(A4)、余白の規定(左20mm以上、上下右5mm以上、下10mm以上)、片面のみの使用、ホチキス留めをしないなどの様式に関するルールがあります。また、本文と財産目録には各ページに手書きで通し番号を記載します。本文、日付、氏名は必ず手書きである必要があります。財産目録はパソコンで作成することも可能ですが、その場合は全てのページに遺言者の署名と押印が必要です。
- 保管所の決定:遺言者の住所地、本籍地、または所有する不動産の所在地を管轄する法務局(遺言書保管所)を選択します。管轄については、法務省のウェブサイトで確認できます。
- 保管申請書の作成:法務局の窓口で入手するか、法務省のウェブサイトからダウンロードして申請書を作成します。申請書には、遺言者や相続人の情報などを記載します。
- 保管申請の予約:事前に電話またはウェブサイトから、法務局への訪問日時を予約します。予約なしでの申請はできませんのでご注意ください。
- 法務局への訪問と申請:予約した日時に、遺言者本人が法務局へ行きます。代理人による申請は認められていません。
- 必要書類の提出:以下の書類を提出します。
- 作成した遺言書の原本(封筒に入れない)
- 保管申請書
- 遺言者の住民票(本籍・筆頭者の記載があり、3ヶ月以内のもの)
- 遺言者の本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証、パスポートなど顔写真付きのもの)
- 手数料3,900円分の収入印紙
- 形式面の確認:法務局の職員が、提出された遺言書が形式的な要件を満たしているかを確認します。
- 保管証の受領:手続きが完了すると、保管証が交付されます。保管証には保管番号などが記載されており、変更等の届出や遺言書情報証明書を相続人が請求する場合に役立ちます。
申請時の注意点
- 遺言書はホチキスで留めずに提出します。複数枚になる場合も、バラバラのまま提出します。
- 遺言書を封筒に入れる必要はありません。
- 法務局では、遺言書の内容に関する相談には応じられません。内容に不安がある場合は、事前に専門家(司法書士など)に相談することをおすすめします。
- 保管申請には遺言者本人が必ず行く必要があります。病気などで法務局へ行くことが難しい場合、この制度の利用は難しいと言えます。
- 遺言書の控えを残しておきたい場合は、法務局へ行く前にコピーを取っておきましょう。原本は法務局で保管され、手元には戻りません。
5. 相続開始後の手続き
遺言者が亡くなり、相続が開始した後、この制度を利用して保管された遺言書に基づいて相続手続きを行う場合の流れをご説明します。
相続人は、法務局に対して遺言書情報証明書の交付を請求します。この請求の際には、被相続人の死亡の事実や、請求者が相続人であることを証明する戸籍謄本などの書類が必要になります。これは、家庭裁判所の検認手続きで必要な書類とほぼ同様のものです。
法務局が遺言書の保管を確認し、提出された書類に不備がなければ、遺言書の情報が記載された証明書が交付されます。この証明書を、不動産や預貯金の名義変更などの相続手続きに利用することができます。
また、いずれかの相続人が遺言書情報証明書の交付を受けた場合、法務局は他の相続人に対して、遺言書が保管されている旨を通知します。これにより、全ての相続人が遺言書の存在を把握することができます。
6. まとめ
この制度は、自筆証書遺言の紛失や改ざんのリスクを減らし、形式的な不備による無効を防ぎ、相続開始後の検認手続きを不要にするなど、多くのメリットがあります。また、公正証書遺言と比較して費用を抑えられる点も魅力です.
しかしながら、遺言書の内容そのものの有効性や、複雑な遺産分割については、この制度だけでは解決できない場合もあります。遺言書の内容に不安がある場合や、複雑な内容の遺言書を作成したい場合は、公正証書遺言を選択することも重要です。
ご自身の状況や希望に合わせて、最適な遺言書作成・保管方法を選択することが大切です。
当事務所では、遺言書や家族信託など、もめない困らないための生前対策に関するご相談も承っております。ご希望の方はお気軽にお問い合わせください。
最後までお読みいただきありがとうございました。