第9回 朗報!住所変更登記で困らない?スマート変更登記を司法書士が徹底解説!

こんにちは!司法書士の時任です。

今回は、令和8年4月1日から始まる不動産の住所等変更登記の義務化と、その負担を軽減する画期的な新制度「スマート変更登記」、そしてこの制度を利用するために重要な「検索用情報」の申出について、一般の方向けに分かりやすく解説いたします。

「え、住所が変わったら登記もしないといけないの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。これまで、不動産の所有者の氏名や住所が変更になった場合、登記の変更は義務ではありませんでした。しかし、令和8年4月1日からは、変更日から2年以内に変更登記をすることが義務付けられます

「なんだか面倒くさいな…」と感じた方もご安心ください!今回の法改正では、この義務化に伴い、所有者の負担を大きく軽減する「スマート変更登記」という新しい仕組みが導入されるのです。

登記官が代わりにやってくれる?!夢のような(笑)「スマート変更登記」とは?

「スマート変更登記」とは、所有者がご自身で変更登記の申請をしなくても、登記官が住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)の情報を検索し、その情報に基づいて職権で(職務権限で)登記を行ってくれるという、非常に便利な制度です。

しかし!この「スマート変更登記」を利用するためには、事前に所有者の方から「検索用情報」というものを提供していただく必要があるのです。

なぜ「検索用情報」の申出が必要なの?

登記官が住基ネットで正確に所有者の方の情報を検索するためには、氏名や住所だけでなく、生年月日などの情報が必要になります。これらの情報を事前に登記所に申し出ていただくことで、スムーズな職権による登記が可能になるというわけです。

この「検索用情報」の申出をしておけば、住所等の変更登記が義務化された後も、2年以内の登記を忘れて義務違反に問われる心配がなくなるというメリットがあります。

「検索用情報」の申出方法はこの2種類!

「検索用情報」の申出には、大きく分けて以下の2つの方法があります。

1.登記申請と同時に行う「同時申出」

令和7年4月21日以降に、所有権の保存登記、移転登記、合体による登記等(所有権の登記がある場合に限る)、所有権の更正登記(登記によって新たに所有権の登記名義人となる人がいる場合に限る)の申請をする際には、必ず所有権の登記名義人となる方(日本国内に住所を有する自然人に限ります)の「検索用情報」を申請情報と併せて申し出る必要があります。

申し出る必要がある「検索用情報」の具体的な内容は以下の通りです

  • 氏名
  • 氏名の振り仮名(日本国籍を有しない方は、氏名のローマ字表記(※申請情報の内容とされた場合に登記記録に氏名と併記されます))
  • 住所
  • 生年月日
  • メールアドレス(※登記官が職権で住所等変更登記を行うことの可否を確認する際に送信するメールアドレスです。原則としてご本人様が利用しているものをご記載ください。もしお持ちでない場合は、その旨を申請情報に記載します。その場合、登記官からの確認は書面で行われることが想定されています。)

以下の場合は、「同時申出」をすることができません

  • 所有権の登記名義人となる方が法人の場合
  • 所有権の登記名義人となる方が海外に居住している場合
  • 登記の申請人ではない場合(例えば、債権者代位による登記の場合など)

「同時申出」の方法は、オンライン申請の場合は所定の入力欄に、書面申請の場合は申請書に記載します。

申出手続が完了すると、申し出たメールアドレスに、手続完了の旨、立件年月日と立件番号、不動産番号、認証キー(メールアドレス変更時に必要)、申出先の登記所の表示が記載された電子メールが送信されます。

なお、「同時申出」の対象となる不動産は、その登記申請をした不動産のみです。

2.既に登記簿に記録されている方が行う「単独申出」

令和7年4月21日時点で既に不動産の所有者として登記簿に記録されている方(日本国内に住所を有する自然人に限ります)は、登記申請とは別に、ご自身が所有する全ての不動産を「スマート変更登記」の対象とするために、「検索用情報」を単独で申し出ることができます。

また、令和7年4月21日以降に所有権の登記名義人となった方でも、その登記申請の際に申請人とならなかった等の理由で「検索用情報」を申し出ていない場合にも、この「単独申出」をすることができます。

「単独申出」には以下のような特徴があります

  • 押印や電子署名は不要です。
  • 専用のソフトウェアは不要で、Webブラウザ上で手続きが可能です(かんたん登記申請の利用が可能)。
  • 必要な添付書類は、多くの場合、身分証明書(運転免許証、個人番号カードなど)の写しのみです(個人番号カードは表面のみ)。
  • 登録免許税などの費用はかかりません

「単独申出」の方法は、以下のいずれかを選択できます:

  • オンラインで申し出る(かんたん登記申請を利用)
  • 申出書を管轄登記所に提出(郵送または持参)する(郵送の場合は書留郵便等で、「検索用情報申出書」または「検索用情報申出添付書面」在中と明記してください)

複数の不動産を所有している場合、それらの不動産のいずれかの所在地を管轄する登記所に対して、まとめて申し出ることができます。ただし、管轄外の登記所に申し出ることはできません。

「単独申出」に必要な主な情報は以下の通りです:

  • 所有権の登記名義人の氏名、振り仮名(ローマ字氏名)、住所、生年月日、メールアドレス
  • 代理人が申し出る場合は、代理人の情報
  • 申出の目的(「検索用情報の申出」と記載し、ご自身の登記記録上の情報を表示します)
  • 申し出る不動産の所在事項(不動産番号があれば不要)
  • 申出人または代理人の電話番号などの連絡先
  • 添付情報(身分証明書の写しなど)の表示
  • 申出の年月日
  • 申出情報を提供する登記所の表示

申出手続が完了すると、「同時申出」と同様に、申し出たメールアドレスに手続完了の連絡が届きます。

注意しておきたいこと

  • 「スマート変更登記」の対象となるのは、「検索用情報」を申し出た不動産のみです。
  • 登記簿に記録されている氏名や住所から変更があり、その経緯を住基ネットで確認できない場合は、戸籍の附票や住民票の写しなど、変更の経緯がわかる書類の提出が必要になる場合があります。ただし、変更日が平成22年10月5日以降であれば、原則として不要です。
  • もし、提出した申出情報や添付情報に不備があった場合、申出は却下されることがあります。しかし、補正可能な不備であれば、登記官が定めた期間内に補正することで再度手続きを進めることができます。

まとめ

令和8年4月からの住所等変更登記の義務化と、それをサポートする「スマート変更登記」は、不動産をお持ちの皆様にとって非常に重要な改正です。「検索用情報」の申出を済ませておくことで、将来的な登記手続きの負担を減らし、義務違反のリスクを回避することができます。

当事務所では、令和7年4月21日以降に不動産の登記を申請されるお客様につきましては、無料で、「同時申出」を行います。また、既に不動産をお持ちの方は、「単独申出」を積極的にご検討いただければと思います。

【重要ポイントまとめ】

  • 令和8年4月1日から不動産の住所等変更登記が義務化されます。
  • 「スマート変更登記」は、登記官が職権で住所等変更登記を行う便利な制度です。
  • 「スマート変更登記」を利用するには、事前に「検索用情報」の申出が必要です。
  • 「検索用情報」の申出には、登記申請と同時に行う「同時申出」と、既に登記されている方が行う「単独申出」の2種類があります。
  • 「検索用情報」を申し出ておけば、義務化後の登記忘れによるペナルティを回避できます。
  • 「単独申出」はオンラインで簡単に行うことができ、費用もかかりません

【関連情報】

  • 法務省:検索用情報の申出について(職権による住所等変更登記関係)
  • 不動産登記規則等の一部を改正する省令(令和7年法務省令第1号)

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第8回 相続における自宅不動産の名義変更:配偶者と子供、どちらを選ぶべきか?

ご家族にとってかけがえのない存在であった方が亡くなられた場合、残されたご家族には様々な手続きが求められます。その中でも、故人が所有されていた不動産の相続手続きは、多くの方にとって重要な関心事の一つでしょう。特に、故人が住んでいた自宅不動産を誰の名義にするのかは、今後の生活に大きく関わるため慎重な判断が必要です。今回は、父親が亡くなった場合の自宅不動産の名義を、母親と子供のどちらにすべきかというテーマについて、詳しく解説いたします。

配偶者(母親)名義で相続登記をする場合

メリット

  • 住み慣れた環境を維持できる: 母親が引き続き自宅に住み続ける場合、名義を母親にすることで生活環境の変化を最小限に抑えることができます。長年住み慣れた家での生活は、精神的な安定にも繋がるでしょう。

デメリットと対策

  • 将来的な不動産売却の困難性: 母親がご高齢になり、認知症などを患った場合、不動産の売却手続きや契約内容の理解が難しくなることがあります。
    • 対策1:成年後見制度の利用: 母親が認知症などにより判断能力が低下した場合、成年後見人を選任することで、不動産の管理や売却などの法律行為を代わりに行ってもらうことが可能です。ただし、成年後見制度の利用には手続きと費用がかかり、居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要となる場合があります。
    • 対策2:家族信託の活用: 母親が元気なうちに、不動産を子供などに信託しておくという方法もあります。信託契約を結ぶことで、母親が認知症になった後でも、受託者である子供が信託の目的に従い、柔軟に不動産の管理や処分を行うことが可能になります。売却代金は、信託財産として母親のために活用することができます。

子供名義で相続登記をする場合(非同居)

リスク

  • 予期せぬ相続の発生: 母親よりも先に子供が亡くなった場合、その子供の相続人(配偶者や子供など)が不動産の権利の一部を取得することになります。これにより、母親にとって見知らぬ第三者と不動産を共有することになり、将来的に不動産の活用や処分を行う際に、関係が複雑化する可能性があります。

不動産を売却する場合の税金に関する特例

不動産を売却した際には、原則として譲渡所得税と住民税が課税されます。しかし、居住用財産(マイホーム)を売却した場合には、「居住用財産の3,000万円特別控除」という特例が利用できる場合があります。この特例は、売却益から最高3,000万円まで控除できるというもので、要件を満たせば税負担を大幅に軽減することが可能です。この特例を適用するためには、原則として売却する人がその不動産に居住している必要があります。したがって、父親の死後、実際に母親が住んでいる自宅を売却する際には、母親名義で相続登記をしておくことで、この特例を利用できる可能性が高まります

相続税について

相続財産の総額が相続税の基礎控除額を超える場合には、相続税の申告と納税が必要になります。

相続税の基礎控除額は、「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」で計算されます。

遺産の分け方によって、相続税の金額が変わる特例も存在します。

  • 配偶者の税額軽減: 配偶者が相続した財産については、1億6,000万円まで、または法定相続分相当額までは相続税が課税されないという特例があります。この特例を活用することで、一次相続における配偶者の税負担を軽減できます。ただし、配偶者に多くの財産を相続させると、将来的に配偶者が亡くなった際の二次相続で相続税が高額になる可能性も考慮する必要があります。
  • 小規模宅地等の特例: 亡くなった方の自宅の敷地については、一定の要件を満たす配偶者や同居親族が相続した場合、相続税評価額を最大80%減額できるという特例があります。この特例を利用できるかどうかは、誰が自宅を相続するのかによって変わるため、慎重な検討が必要です。

相続税の申告が必要な場合には、遺産の分割方法によって税額が大きく変動する可能性があるため、税理士に相談することをおすすめします

まとめ

父親が亡くなった場合の自宅不動産の名義を母親と子供のどちらにすべきかは、ご家族の状況や将来設計によって最適な選択肢が異なります。

  • 母親が引き続き安心して自宅に住み続けたいという希望が強い場合は、母親名義での相続登記を検討するのが良いでしょう。ただし、将来的な不動産管理や処分に備えて、成年後見制度や家族信託といった対策も視野に入れる必要があります。
  • 将来的な相続手続きの煩雑さを避けたいという理由で子供名義を検討する場合、非同居の子供名義にすると、予期せぬ相続が発生するリスクがあることを理解しておく必要があります。
  • 将来的に不動産を売却する可能性がある場合は、実際に居住している人の名義で登記しておくことで、税金の特例が利用できる可能性が高まります。
  • 相続税の申告が必要な場合は、遺産の分割方法によって税額が大きく変わるため、必ず税理士に相談し、最適な分割方法を検討することが重要です。

ご自身の状況をしっかりと把握し、それぞれのメリットとデメリットを比較検討した上で、最適な名義人を選択することが大切です。不動産の相続登記の手続きや、将来的な不動産の管理・活用、相続税に関するご不安などがありましたら、司法書士や税理士といった専門家にご相談いただくことを強くお勧めいたします。専門家は、お客様一人ひとりの状況に合わせた的確なアドバイスを提供し、スムーズな手続きをサポートいたします。

【免責事項】

本ブログ記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的助言を提供するものではありません。具体的な手続きは、必ず専門家にご相談ください。

第7回 不動産詐欺「地面師」の最新動向:司法書士が解説

近年、巧妙化する不動産詐欺の手口の中でも、特に悪質なのが「地面師」と呼ばれる詐欺師グループによる犯行です。他人の土地をあたかも自分の所有物であるかのように装い、第三者に高額で売り渡す彼らの手口は、長年にわたり不動産業界を震撼させてきました。その存在は、某住宅メーカーが数十億円規模の被害を被ったことや某ネット配信ドラマの大ヒットで広く世に知られることになったと思います。今回は、司法書士が、最新の動向を踏まえ、地面師による詐欺の実態とその対策について解説したいと思います。

地面師の暗躍:不動産高騰の陰で

バブル期以降、地価の高騰が続く都心部を中心に、地面師による犯行が後を絶ちません。特に、中央区、港区、千代田区といった一等地の物件は、依然として彼らの主要なターゲットとなっています。一見すると平穏な不動産取引の裏側で、狡猾な計画が進行している可能性があるのです。

一方で、警察当局も警戒を強めていますが、地面師グループの実態を正確に把握することは困難です。しかし、摘発事例などから推測するに、首謀者(リーダー格)はごく少数であり、その下に書類偽造、成りすまし、仲介役など、様々な役割を担う人物が存在すると考えられます。

最新の手口:偽造から「本物」を悪用する巧妙な戦略へ

従来の地面師の手口といえば、登記書類や本人確認書類などを巧妙に偽造するイメージが強かったかもしれません。しかし、近年その手口は変化を見せています。現在のトレンドは、様々な偽造書類を作成するのではなく、偽造書類は極力少なく免許証等の本人確認書類に特化して偽造して、あたかも本物であるかのように見せかけることに重点が置かれています。

例えば、偽造した他人の本人確認書類を用いて、区役所や市役所の窓口で実印を紛失したと申し出をして印鑑証明書を不正に取得するケースが報告されています。これらの書類は当然ながら本物であるため、表面的なチェックだけでは偽造を見抜くことは極めて困難です。一説によると免許証1枚10万円が相場という話も聞きます。

また、以前は偽造されることの多かった権利証(登記済証または登記識別情報)については、偽造のリスクや労力を考慮し、紛失などを装うケースが増えていると言われています。権利証の偽造は難易度が高くまた、司法書士も非常に注意深く確認するため、近年は最初から権利証は紛失していると設定で実行されるようです。某住宅メーカーが被害に合ったケースも権利証は紛失という設定でした。権利証がない場合、司法書士による本人確認はより慎重に行われますが、巧妙な手口によって欺かれる可能性は否定できません。

取引現場での攻防:司法書士の役割と苦悩

不動産取引の現場において、司法書士は本人確認や書類の精査を通じて、地面師による詐欺を防ぐ重要な役割を担っています。しかし、近年、地面師は司法書士の目を欺くために様々な心理的な揺さぶりをかけてくることがあります。

例えば、本人確認を慎重に進めようとする司法書士に対し、「早く手続きを進めてほしい」「他の予定がある」などと圧力をかけたり、時には高圧的な態度に出たりするケースも報告されています。某ドラマでも「もうええでしょう」と言って焦らせていました。また、売主本人との面談を拒否したり、多数の関係者を同席させることで司法書士が質問しにくい状況を作り出したりする手口も確認されています。

地面師事件の対象となる不動産の特徴として、相場より安い、土地のポテンシャルが高い(地形が良い、大通りに面している、面積が広い)というものがあります。このような土地は買主候補が殺到しやすく、買主に急がないとという心理的圧力をかけ冷静な判断を失わせます。

このような状況の場合、圧倒的に売主優位となり買主は平身低頭となります。買主は売主の機嫌を損ねることを恐れ、慎重な本人確認を進めたい司法書士を買主自身が阻害することもあります。

このような状況下で、司法書士は慎重かつ迅速に本人確認を行う必要に迫られますが、売主側の感情や取引の円滑さを考慮すると、その判断は非常に難しいものとなります。

万が一の事件に備えて、各司法書士は業務保険に加入しています。もちろん私も限度額いっぱい入っています。ただ、都内の取引事例を見ていると業務保険の限度額でもカバーすることはできず、超える部分は自己負担となるでしょう。恐ろしい話です。

地面師グループの構成と役割

地面師は、組織的に役割分担を行い、詐欺を計画・実行します。一般的なグループ構成としては、以下のような役割が挙げられます。

  • リーダー格: 詐欺全体の計画を立案し、指示を出す中心人物。
  • 書類屋: 偽造書類(主に本人確認書類)を作成する専門家。高い技術を持つ人物が重宝されると言われています。
  • 手配師: 成りすまし役を用意する人物。風俗関係者や金銭的に困窮している人物がターゲットになりやすいとされています。
  • 成りすまし役: 売主本人になりすまし、取引の場に現れる人物。
  • アプローチ屋: 買主となる不動産業者などに接触し、取引を持ちかける人物。

これらの役割を担う人物は、常に同じメンバーとは限らず、必要に応じて流動的に集められることが多いようです。大規模な詐欺事件においては、情報漏洩を防ぐために、それぞれの役割担当者が互いの詳細を知らないケースもあります。

今後の警戒:新たな手口とテクノロジーの利用

現在、主要な地面師グループのリーダー格が逮捕・拘留されているという情報もあり、大規模な組織的犯行は一時的に抑制されている可能性も考えられます。しかし、過去の事例を鑑みると、模倣犯や新たな手口による詐欺事件が発生する可能性は依然として否定できません

特に警戒すべき点として、近年注目されているのが非対面取引の増加です。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、オンラインでの契約や決済といった非対面での不動産取引が普及しつつありますが、これは本人確認が不十分になるリスクをはらんでいます。マイナンバーカードによる電子認証なども導入されていますが、IT技術の隙を突いた新たな手口が登場する可能性も否定できません。

また、取引の複雑化も地面師にとって有利な状況を生み出す可能性があります。例えば、複数の取引を同時に進行させたり、間に複数の仲介業者を挟む第三者取引などを組み合わせることで、取引の流れを複雑にし、関係者の目を欺く手口も確認されています。

まとめ:プロの知識と連携が不可欠

地面師による不動産詐欺は、巧妙な手口と組織的な計画によって、私たちの大切な財産を脅かす深刻な犯罪です。一般の方がこれらの詐欺の手口を完全に理解し、自力で対策を講じることは容易ではありません。

重要なのは、高額な不動産取引においては、必ず信頼できる不動産業者や司法書士などの専門家に相談し、連携を取りながら慎重に進めることです。特に、相場から逸脱した不自然な条件や、売主との直接交渉が困難な場合には、注意が必要です。この点はよく心に置いておいて頂きたい思います。

私たちは、不動産取引の安全性を確保するための最後の砦として、常に最新の手口を研究し、厳格な本人確認と書類精査を行っています。もし少しでも不安を感じることがあれば、躊躇せずに専門家にご相談ください。皆様の大切な財産を守るために、私たちは全力を尽くします。最後までお読みいただきありがとうございました。

第6回 元ヤクザ司法書士の驚愕勉強法とは?現役司法書士が解説!

今日は、文春オンラインで紹介されていた、元ヤクザの司法書士、甲村柳一先生の驚愕の勉強法について、現役の司法書士の視点から少し掘り下げてお話したいと思います。

甲村先生は、文春オンラインの記事で司法書士の勉強法を語られていたそうで、その内容が非常にユニークで興味深いものでした。元ヤクザという異色の経歴を持ちながら、岡山刑務所での服役中に司法書士を目指し、8年という歳月をかけて合格を掴み取られたとのことです。

先生の勉強法で特に目を引いたのは、過去問中心の独学を基本としながらも、疑問点の解消方法が非常に斬新だったという点です。独学でどうしても理解できない点が出てきた際に、なんと裁判所や法務局に電話をして直接質問していたというのですから驚きです。「裁判所や法務局は親切であり、税金で運営されている以上、国民に教えるのは当然の義務である」という考えに基づいていたそうです。

もちろん、同じ部署に何度も電話するのは気が引けるため、全国各地の裁判所や法務局に電話をかけ分けて質問していたというエピソードには、並々ならぬ熱意と、常識にとらわれない発想を感じます。まさに、裁判所や法務局を「家庭教師」のように活用されていたと言えるでしょう。

司法書士試験の受験生にとって、実務の現場がどのようなものかはなかなかイメージしにくいものです。私も受験時代は、法務局がどんな場所で、そこでどのような手続きが行われているのか、登記簿謄本を実際に見たこともありませんでした。テキストに載っている見慣れない書類を見て、「ふむふむ、こういうものか」と想像するしかありませんでした。

そんな状況を考えると、甲村先生のように、直接実務機関に問い合わせるという方法は、机上の勉強だけでは得られないリアルな感覚を掴む上で非常に有効だったのではないかと推察されます。登記簿の見方一つにしても、実際に法務局で交付された登記簿謄本を見てみることほど、理解が深まるものはありません。私も司法書士になってから、日々の業務で当たり前のように法務局を利用していますが、受験時代にそのイメージをもう少し具体的に持てていたら、勉強のモチベーションもさらに高まったかもしれません。

ただ、ここで注意しておきたいのは、法務局は資格者に対しては、ある程度専門知識を持っていることを前提とした対応になる場合があるということです。実際、資格者として問い合わせをすると、「ご自身で調べてください」というスタンスで対応されることも少なくありません。しかし、一般の方からの問い合わせに対しては、親切丁寧に対応してくれることが多いのも事実です。甲村先生は、この点をうまく利用されていたのかもしれません。

受験勉強は孤独な戦いであり、誰にも相談できず、一人で悩んでしまうことも少なくありません。そんな時、思い切って実務の専門家に直接話を聞くという経験は、知識の定着だけでなく、将来自分がどのような仕事をするのかという具体的なイメージを持つ上でも非常に重要です。合格後の自分を想像することは、モチベーション維持にも繋がり、困難な受験生活を乗り越える大きな原動力となります。

もちろん、甲村先生の勉強法が全ての人に当てはまるわけではありませんし、現在ではインターネットやSNSなど、様々な情報収集手段があります。しかし、「わからないことは、わかる人に聞く」という本質的な姿勢は、どのような分野の学習においても非常に大切です。そして、その相手が単なる知識の提供者ではなく、実務の最前線で活躍している専門家であれば、得られる学びは計り知れないでしょう。

最後に、司法書士試験を目指されている皆さんへ。

甲村先生のユニークな勉強法は、私たち現役の司法書士にとっても、改めて学び続ける姿勢や、常識にとらわれない発想の大切さを教えてくれるものでした。皆さんも、自分に合った勉強法を見つけ、合格という目標に向かって諦めずに努力し続けてください。そして、合格後には、社会の役に立つ素晴らしい司法書士として活躍されることを心から願っています。

今回は、少し長くなりましたが、元ヤクザの司法書士、甲村柳一先生の勉強法から得られた気づきについてお話させていただきました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

第5回 認知症が進行した場合、資産管理はどうする?

第5回 認知症が進行した場合、資産管理はどうする?

認知症が進み、意思能力が低下してしまった場合、介護費用の管理や財産保護はどのように行うべきでしょうか?この記事では、成年後見制度の活用や家庭裁判所への申立て方法など、認知症進行時の具体的な対策について解説します。


成年後見制度の基礎知識

成年後見制度には、事前に準備をする任意後見と、判断能力が低下した後に利用する法定後見の2種類があります。本記事では特に法定後見制度に焦点を当てます。任意後見については、第2回を御覧頂ければと思います。

法定後見制度とは 

法定後見制度は、認知症などの精神上の障がいにより判断能力が不十分または欠如する状態になった後に利用する制度です。事前に何の対策も取らなかった場合において、資産管理や身上監護(保護)が必要になった際のセーフティーネットの一つです。身上監護(保護)とは、後見人自身がお風呂に入れたりするわけではなく、身の回りの契約ごとを代理することです。

成年後見人は、ご本人様のことが全く分からない状況で就任することになります。最終的には裁判所の判断ですが、親族が成年後見人に就任することも可能です。ただし、総資産額が1,000万円以上の場合、裁判所は、後見監督人を外部の専門家(弁護士、司法書士)から選任することが一般的です。残念ながら、親族の後見人による横領事件が相次いでしまったため、このような運用になっています。


法定後見が必要になるケース

法定後見制度を必ずしも利用しなければならないわけではありませんが、以下のようなケースで利用されることが多いです:

  1. 資産の売却が必要な場合 父親の資産を売却することになったのだけれど、父親の認知症がだいぶ進んでしまっていて売却を理解できないというケース
  2. 銀行口座の凍結 子供が、認知症の親のキャッシュカードを利用してATMから引き出していたが、使用状況が銀行に把握され、口座が凍結された場合。

また、財産管理以外にも、施設入所や入院手続き、介護認定の申請、ケアプランの策定などの身上監護(保護)に関する業務も含まれます。実際のところは、介護医療の現場では子孫甥姪の立場で実質的に対応可能なようなので、あえて成年後見制度を利用して身上監護(保護)権を持つ人を決める必要はないと思います。

身上監護(保護)権者を決める必要がある場合とは、例えば身寄りがなくてそれらの行為をする人が誰もいない場合とか、家族内で医療介護の方針に対立がある場合です。例えば、高額でも高級な施設に入ってもらいたいという家族がいる一方で、資産が目減りするのはもったいないからリーズナブルな施設でいいんじゃないかという家族もいるかもしれません。

成年後見の申し立ての流れ

書類提出先 判断能力が低下してしまった本人を住所地を管轄する裁判所

申し立てに必要な書類 多数の書類が必要になります。

・後見開始申立書

・申立事情説明書 

→本人の状況を詳細に記載します。書面が最も記入欄が多く、大変だと感じるかもしれません。例えば、本人の生活場所入退院の予定・本人の家族関係学歴、職歴・社会生活の状況・本人の認知能力や行動について・社会との交流の程度・家族(相続人)が後見申立について考え

・親族関係図

・親族の意見書

→これらの書類で、どのような相続関係か裁判所に伝えます。また、将来的に本人が亡くなった場合、相続人は何人いて、その方たちが成年後見申立てについて賛成か反対か、また財産管理・身上監護を行っていくうえで協力を得られる親族がいるのか等を裁判所に説明する形になります。

・後見人候補者事情説明書

→後見人となる人について、詳細に報告します。家族構成はもちろんのこと、学歴・職歴・借金の有無についても詳細に記載します。

・財産目録

→成年後見人は、基本的に本人の財産全てを管理することになります。そのため、どのような財産があるのか一覧を作成します。具体的には、預貯金、株式や投資信託や国債等の有価証券、生命保険や損害保険、不動産、債権、その他負債等を詳細に記載していきます。預貯金は、具体的に〇〇銀行の〇〇支店にいくらの預金があるという詳細まで記入し、有価証券も銘柄や個数、評価額まで記入します。

・相続財産目録

→こちらは、本人が相続人となっている相続について、本人が認知症のため遺産分割ができないまま放置されている遺産がある場合に記入が必要になる書類です。

 例えば、本人(女性)の夫が既に3年前に亡くなっていて、ご本人の子供とご本人で預貯金や不動産を相続したけれども、本人が認知症のため遺産分割ができていない場合に必要になります。

・収支予定表

→収入がいくらで支出がいくらか、ということを記入する書類になります。

収入としては、厚生年金、国民年金、その他の年金、給与、賃料報酬等の項目別に、それぞれいくらもらえる予定なのかを詳細に記載していきます。

支出の記載はかなり細かく記載します。例えば

  • 生活費(食費・日用品・電気ガス水道)
  • 療養費(施設費・入院費・医療費)
  • 住居費(家賃、借地の地代)
  • 税金(固定資産税・所得税・住民税等)
  • 保険料(国民健康保険料・介護保険料・生命保険損害保険料)

このように、何にいくら支出することが予定されているかを記載していきます。

また、収入も支出も根拠となる資料の添付が必要になります。2ヶ月分必要です。

以上の書式は、以下の裁判所の公式ホームページでダウンロード可能です。


https://www.courts.go.jp/saiban/syosiki/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_01/index.html

成年後見制度のデメリット

法定後見制度を利用する際には、いくつかのデメリットがあります:

  1. 裁判所による管理 家族が成年後見人に就任した場合でも、一定の資産があると裁判所から後見監督人が選任される可能性が高いです。これは不正行為を防止するための国の方針です。
  2. 途中でやめられない 一度、法定後見を開始すると、本人が亡くなるまで継続する必要があります。不動産の売却が終わったからといって、後見を終了することはできません。
  3. 費用がかかり続ける 申立て時の初期費用に加えて、成年後見制度の利用中は毎月一定の費用がかかります。成年後見人に家族が就任した場合でも、後見監督人が外部の専門家となることがほとんどで、その費用負担が重くのしかかります。裁判所の資料によると通常の後見監督事務を行った場合の報酬(基本報酬)の額は, 管理財産額が5000万円以下の場合には月額1万円~2万円,管理財産額が500 0万円を超える場合には月額2万5000円~3万円としています。 例えば、月額2万円の場合、年間24万円、10年間で240万円もの費用が発生します。

また、法定後見制度では財産の自由な処分が基本的に認められていません。本人の利益のために必要な場合に限り売却が可能となり、場合によっては裁判所の許可が必要です。。例えば、家族みんなで旅行に行く資金を出してもらうとか、子供の教育資金を贈与してもらうとか、このようなことは一切できません。


まとめ

法定後見制度は、認知症が進行した場合の最後のセーフティーネットとして重要な役割を果たしますが、その分家族に大きな負担を与える制度でもあります。これらのデメリットを考慮すると、いかに事前の備えを行い、法定後見を利用せずに対処できるかが鍵となります。

事前に任意後見制度や家族信託の活用を検討し、認知症進行時に困らない対策を講じておくことを強くお勧めします。

第4回 家族信託—メリットとデメリット

第4回

家族信託—メリットとデメリット

 家族信託は、生前対策として非常に汎用性の高い仕組みです。本日は、主なメリットとデメリットをご紹介します。

メリットその1 資産凍結リスクに対応できる 

予め契約で決めた目的に沿っていれば、親が判断能力を喪失してしまったあとでも受託者の判断で資産の運用が可能です。

メリットその2 名義は移転するが権利はそのまま

お父様の資産を息子さんに信託するという例の場合に、息子の名義にするには早いなあと言われる方がいます。そのお気持ちよくわかります。けれども名義だけ息子さんにするだけで、権利はお父様のままです。権利をお父様のままである以上、贈与税も不動産取得税もかかりません。ただ、受益者という実質的な権利を持っている人を、お父様以外にするとその人への課税は発生してしまいます。税務上は、贈与という扱いになってしまいます。

メリットその3 遺言ではできないことができる 

例えば、長男夫婦に子供がいない場合に長男には資産を承継させたいが、長男が旅立ったあとに長男の配偶者に承継させることは避けたいと希望される方がいます。民法の原則だと長男の配偶者が他界してしまうと子がいない場合には、配偶者の兄弟に相続されてしまいます。つまり考え方によっては資産が他家に流出してしまうことになります。信託を使うと、長男が旅立ったあとは次男に承継させるということも可能です。

遺言では父親自身が先の相続人の他界後の承継者を決めることはできません。また年金のように毎月定額を渡したい、相手が一定の年齢になったら渡したい、特定の使用目的(ex教育資金)に限定して渡したい、そのようなことも可能です。

デメリットその1 損益通算の禁止と損失の繰り越しの禁止

受益者が個人の場合、信託から生じた損失は原則として損金になりますが、信託不動産から生じた損益は、なかったものとされるので、他の所得と損益通算できず、また翌年以降に損失を繰り越すこともできません。また不動産を信託財産とする信託契約を複数実行する場合、収支計算は契約ごとに完結するため相互の損益通算もできません。

例えば、A賃貸不動産:信託財産 B賃貸不動産:信託していない財産

A賃貸不動産は赤字 B賃貸不動産は黒字の場合の損益通算は不可になります。

この場合には、ABまとめて信託不動産とするか、または大規模修繕で赤字が予想されるのであれば修繕が終わってから信託をする形になります。

デメリットその2 有価証券の類は信託が難しい(特に上場株式)

 信託できる財産は不動産・現金・未上場株式が中心です。金融実務が家族信託に対応できておらず、上場株式を信託財産に入れることに対応してくれる証券会社が少ない状況です。大手証券会社では扱うところもありますが、①特定口座の利用ができない可能性②受託者名義に移管する際に株主優待の保有期間はリセット③法人受託者や受益者連続型が不可というデメリットがあります。受益者連続型とは資料6のように一人目の受益者は父親自身、父親が他界したあとは長男に承継させて、長男が他界したあとは次男に承継させるというように一代限りで信託が終了せずに連続して続いていく信託のことを言います。

上場株式がある場合には、実務上は証券会社の代理人制度を利用することが多いです。ただし代理人制度には遺言機能がないため、資産承継は別途遺言で対応する必要があります。

デメリットその3 初期費用がかかる

専門職のコンサルティング費用、公証役場手数料・司法書士の登記手続き費用・登録免許税等が初期費用としてかかります。おおまかには、信託する財産の価格の1.5%から2%が初期費用の目安です。例5000万の資産だと75万から100万円が目安です。高額ですが、その分ランニングコストはほとんど発生しないため、永続的にランニングコストがかかる後見制度と比較することが大切です。ただし家族信託の場合でも信託監督人に専門家を選定した場合にはランニングコストがかかります。信託監督人とは平たく言うと信託を見守ってくれる人。

デメリットその4 身上監護権がない

資産と管理の承継のシステムなので、身上監護権はありません。身上監護権とは、施設の入所や入院の手続き、介護認定の申請やケアプラン策定等の身体にまつわることをする権利です。ご家族内で済むことが望ましいですが、適任者がいない場合やご家族内で介護方針が対立する懸念がある場合には、任意後見を併用する形がおすすめです。

ここまでは、事前の対策のお話をしてきました。次は、もう認知症が進んでしまっていて判断能力が落ちてしまっているご家庭はどうしたらいいのでしょうか?というところをお話ししていきます。

第3回 家族信託—大切な財産を守る仕組み

第3回

家族信託—大切な財産を守る仕組み

本日、ご説明する生前対策は家族信託という手続きになります。信託というと投資信託のように投資とか運用的な商品をイメージされる方もいるかもしれませんが全く違います。後見と対照的なのは、裁判所は関与せず基本的には家族内で完結させることができる仕組みです。

そもそも信託とは何ですか?

信託とは、信じて財産を預けることです。簡単に言うと、自分の財産を信頼できる人に預けて、その人が約束通りに管理するようにすることを指します。これには主に3人の登場人物が関わります。以下のイラストをご覧ください。

「財産を預ける人」「財産を預かる人」、さらに「預けられた財産から利益を受け取る人」この3人が信託の登場人物であり、信託法ではそれぞれに名前が付けられています。「財産を預ける人」は「委託者」、「財産を預かる人」は「受託者」、そして「利益を受け取る人」は「受益者」と呼ばれます。

家族信託の歴史

理解を深めるために、少し昔のお話しをします。どれくらい昔かというと中世です(笑)

信託の発祥は、戦乱が絶えない中世ヨーロッパに遡ります。当時、財産を持つ者が戦争に従事する際、信頼できる人物に財産を託して戦場へと向かったことが始まりです。

例として、Aさんのケースを挙げます。Aさんは小さい子供と奥さんと平和に暮らしていました。しかし、戦争に行かなければならなくなりました。Aさんの財産は不動産や金融資産で構成されており、奥さんや子供には管理が難しい状況でした。そこでAさんは信頼する人物Bさんに財産を委ね、その収益を家族に渡すように取り決め、戦場に赴く前にその準備を整えました。

財産を預かるBさんは、Aさんの指示に従い、財産を管理します。BさんはAさんに代わり、賃貸契約や不動産の売買などを行います。財産名義がAさんのままでは、これらの取引が円滑には行えません。

契約の都度、戦場に契約書を送りAさんのサインをもらうことは現実的ではないですよね。そのため、戦争に出発する前に、財産の名義をすべてBさんに変更しました。これにより、財産の管理と契約がスムーズに行えるようになります。

Aさんの財産を預かるBさんは、その財産を誠実に管理し運用する責任があります。財産が自分の名義になっても、勝手に使うことは許されません。Aさんの指示に従い、適切に管理し家族に利益をもたらすことが信託の本質です。

生前対策の中では、最も汎用性が高い制度になります。ただ医療でいうと先進医療のようなものなので専門家ですら適切に理解している方は多くはないというのが実情です。

この受託者に金融機関等が就任するのが商事信託で、家族や身内が就任して基本的に家族内で完結するのが家族信託と呼ばれます。

親が元気なうちから始める生前の財産管理の仕組みですが、将来財産の承継先を指定できる遺言の機能もあります。

 それでは家族信託を利用した具体例を見ていきたいと思います。

家族信託のポイント

・契約ですから親の認知症が進んでいると手遅れです。ただ、信託の仕組み自体は、特定の財産の管理や処分を特定の方に任せるという非常にシンプルな仕組みです。従いまして、親がある程度弱ってしまっていても「自分がどんな財産を持っていて(=信託財産)」「その財産を誰に託すか(=受託者)」「管理や処分を任せることで何が実現できるか(=信託目的)」について概要を理解して納得できていれば、契約が可能なケースもあります。

・受託者となる子は、財産の管理処分を担当するだけです。財産は引き続き親のものであることには変わりません。→贈与税や不動産取得税は基本的にはかかりません。

 家族信託を活用して老後の財産管理と生活支援の仕組みを作ることは、会社経営や家業の事業承継と同じように「まだちょっと早いかな」と思うタイミングで始めて、時間をかけて徐々に後継者を育てるという気持ちを持つことが大切ですし、任せてみる覚悟も必要だと思います。

それができれば、自分の希望や方針を伝えつつ法務・税務などの煩わしい手続きは全て後継者に任せて自分は今まで通りの生活をより気楽に楽しく過ごせるのではないでしょうか。次回は家族信託のメリットとデメリットをお伝えさせていただきます。

第2回 「任意後見の活用とその魅力」

第2回

家族が安心できる未来を築くために:任意後見の活用とその魅力

家族の将来を見据えて財産管理や法的な準備を整えることは、安心な生活を送るうえで非常に重要です。今回は、その中でも「任意後見契約」という仕組みについて詳しくご紹介します。この制度は、判断能力が低下した場合でも自分の希望に沿った生活を続けるための強力なサポートとなるものです。


任意後見とは何か?

任意後見契約は、自分が元気なうちに信頼できる人と契約を結び、判断能力が低下した将来のために代理してもらいたい事項や希望を事前に取り決めておく制度です。契約の内容は多岐にわたり、生活費の管理から施設入所時の希望まで幅広く対応可能です。

任意後見の大きなポイント
この契約の効力が発生するのは、本人の判断能力が低下した後に、家庭裁判所が後見監督人を選任してからです。これにより、家族だけでなく専門的な管理が入るため、安心して運用ができます。


任意後見で可能なこととは?

任意後見契約を通じて任意後見人にお願いできることは以下の通りです:

  • 銀行口座の管理や保険金の受領
  • 日常生活に必要な費用の支払い
  • 不動産の管理や処分(必要に応じた対応)
  • 介護や福祉サービス利用の契約
  • 施設入所時の希望の反映(ライフプランに基づく指示)

また、法律行為の委任とは別にライフプラン(指示書)という文書を作成することで、趣味や食事の好み、旅行の希望などの細かな生活スタイルまで伝えることができます。これにより、自分らしい生活を長く続けることが可能になります。


任意後見の注意点と限界

任意後見契約にはできること・できないことがあります。例えば、医療同意や延命治療に関する決定は任意後見人では対応できませんが、事前に自分の意思を伝えておくことで、医師へその内容を引き継ぐことは可能です。

さらに、以下の点にも注意が必要です:

  • 費用がかかる
    後見監督人の報酬が毎月発生します。一般的に月額2万円前後(令和6年目安)が目安となり、長期的なコスト負担を考慮する必要があります。
  • 途中での解除が難しい
    契約が開始された後、正当な理由がなければ途中でやめることができません。慎重に計画を立ててから契約を結ぶことが大切です。
  • 裁判所の管理が入る
    任意後見契約では、家庭裁判所による厳格な監督が求められます。この管理が信頼性を高める一方で、柔軟な対応が難しい場合もあります。

任意後見と家族信託の違い

最後に、任意後見と並ぶ生前対策として「家族信託」をご紹介します。家族信託は裁判所の関与を必要とせず、基本的には家族内で完結する仕組みです。不動産の管理運用や相続税対策の遂行などの資産管理に適しており、任意後見と組み合わせることでさらに幅広い対応が可能になります。


まとめ

任意後見契約は、信頼できる人に自分の将来を託すための素晴らしい仕組みです。判断能力が低下した場合でも、自分の希望に基づいた生活を送るために大いに役立つと思います。一方で、コストや制度の制約についても理解し、専門家と相談しながら準備を進めることが重要です。

将来に不安を抱える前に、ぜひ一度任意後見契約を検討してみてください。家族の安心と自分らしい人生をまっとうするために、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか?

第1回「認知症が進むとどうなる?お金と資産管理の課題を知る」

第1回

「認知症が進むとどうなる?お金と資産管理の課題を知る」

このブログをお読みくださっている皆さんの中には、老後について既に考えておられ具体的に対策を取られている方もいれば、まだ漠然とされている方、様々だと思います。人間ですので当然いつかは相続を迎えます。そして、相続の直前まで健康でいること、これは誰もが望むところではありますが、残念ながらそうとは限らないのが現実なのですね。

人生100年時代といわれますが、今日は老後にまつわるリスクのご説明とその対応策のお話しをしていきたいと思います。

高齢化社会が示す現実

令和6年6月21日、内閣府から令和6年版の高齢社会白書が公表されました。

この白書は、高齢化の状況や政府が講じた高齢社会対策の実施の状況等について明らかにしているものです。

今回の白書で報告されている高齢化の状況は、次のとおりです。


・我が国の総人口は、令和5年10月1日現在、1億2,435万人です。

・65歳以上人口は、3,623万人で総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は「29.1%」。ちなみに24年前の2000年当時の高齢化率は17.2%です。

・令和52(2070)年には、2.6人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上になっていると推計。つまり38.4%です。急速に進んできています。

老後に潜む「資産凍結」のリスク

このような状況で、老後には、大きなリスクが潜んでいます。それは「資産凍結」というリスクです。言い換えると「認知症などになって、自分の財産が使えなくなってしまう」というリスクです。

平均寿命と健康寿命の差の統計表 

健康寿命というのは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を表します。平均寿命と健康寿命の年齢の差部分は、誰かのお世話にならないといけない年数を表しています。男性で8.96年、女性で12.36年つまり人生の後半10年間は誰かの介助が必要になるというのが現実なのです。相続の直前まで健康でいること、これは誰もが望むところではありますが、残念ながら必ずしもそうとは限らないのが現実ということがこちらの資料からお分かりいただけると思います。

次に認知症の有病率について見ていきます。 

横軸は年齢層を、縦軸は認知症の有病率を表しています。例えば、80歳から84歳の年齢層の場合、男性の認知症の有病率は16.8%、女性は24.2%になります。特に80歳代以降、認知症の発症リスクが急激に高まることがわかります。あくまで統計上のお話しです。

では認知症になった場合、どんな不自由が出てくるのでしょうか。

判断能力低下による法的行為の制限

民法という法律上、認知症を発症して判断能力が低下してしまうと法律行為が制限されてしまう可能性があります。

例えば

・不動産を売却したり、賃貸不動産のオーナーさんであれば大規模修繕が難しくなったり、銀行から多額のお金を引き出すことも難しくなります。賃貸不動産をお持ちでなかったとしても、例えば自宅を所有されていて、将来自分たちが高齢になって自宅に住むことが難しくなったきた場合にはどこか施設に入ることを考えているというケース。結構多いんじゃないかなと思いますが、その時にその自宅は、売却するとか賃貸に出して施設の費用に当てたい。このようなことも認知症になってしまうと難しくなります。つまり活用できる資産があったとしても使えなくなってしまいます。

・相続税対策をとっていくこともできなくなります。相続税対策として生命保険に加入するとか、アパートを建築して資産を圧縮するとかそのようなこともできません。

 ・また金融資産も凍結されてしまいますので基本的には、口座も凍結されてしまいます。基本的にと申し上げたのは、引き出す方法がないわけではないんですね。既に介護されているご家庭ではやってらっしゃる方もいるかもしれません。親の口座からキャッシュカードで引き出すという方法ですね。これは法的に正しいことなのですか?と聞かれると非常に難しいですね。私が司法書士ではなくて皆さんと同じ立場だったらやると思います。いややるかもしれませんくらいにしておきます。法的にはこの行為は無権代理という行為になり正しい行為ではないですね。民法上はアウトすれすれですが、ただ刑事罰の対象ではないです。

ただキャッシュカードというのは一定確率で磁気不良を起こすのですね。再発行手続きには本人確認が必須で、認知症が銀行にばれてしまうと凍結です。

また銀行によっては代理人届というものがあります。代理人届とは、銀行に予め代理人として親族を届けておくもので、代理人が預金の入出金や振込等一部の取引ができるようになります。ただ、この代理人届も、本人の意思確認が困難な場合には利用することができず、何かのタイミングで本人の判断能力低下が銀行に把握されてしまうと取引を継続することができなくなる可能性があります。

キャッシュカードも代理人登録もどちらも、ある日突然使えなくなるというリスクがあるということを知っておいて頂きたいと思います。

長生きの喜びと背中合わせのリスク

長生きをされるということは本当に喜ばしいことなのですが、このようなリスクをはらんでいることは事実です。それに伴い生活費や介護費、入院費も確保しなければなりません。いつお迎えが来るかということは誰にも分からないので、その費用がどれだけ必要になるか、予測することが難しくなっています。

ここで認知症になってしまうとどれくらいのお金がかかってくるのか?ということを見ていきたいと思います。

認知症になってしまった場合の、医療費と介護費の目安について

どこで介護するかによって費用は変わりますが、いくつか例をあげます。

大体の方は、親も子も自分の財産は自分のために使いたいと思っていると思います。そうした場合、 認知症で自分の意思でお金が使えなくなったときに、 自分の意思に沿った形で誰がサポートしてくれるかということは非常に重要な問題です。支える側の子供にとってみても、親の資産状況というのは何か触れてはいけないような感覚になっている方もいると思います。

けれでも先ほどの資料のようなお金が現実としてかかってくる未来があります。

そうであれば、 自分が元気なうちに老後の希望と資産をできるだけ家族(子だけでなく孫の代まで)にオープンにして、 老後の生活設計の収支シミュレーションを踏まえた財産管理の仕組みを構築する必要があります。お元気な時にこの仕組みを整えておく、これが非常に大切です。

家族全員で支える仕組みづくりの重要性

 シミュレーションの結果、毎月の収入だけでは赤字になるのであれば、資産の売却を検討する必要もありますし、売却できる資産がないのであれば子の援助や公的な支援も模索していかなければなりません。

そのため、 家族一人の負担に頼るのではなく、 家族全員が結束して長生きを応援することが理想です。老後のリスクに備えるために、本人はもちろん家族の負担も軽減できる仕組みを作ることが大事だと考えます。

具体的な対策:「任意後見」と「家族信託」

ここまでで、認知症や要介護に事前に備えておかないと困ったことになるかもしれないということはお分かり頂けたかと思います。そしてお元気な間に財産を管理する仕組みを作っておくことが大事ということもお話ししました。では次回以降は、その事前の対策として具体的には、どんなことができるのか?についてお話ししていきたいと思います。ご紹介するのは「任意後見」という手続きと「家族信託」という手続きになります。はじめに任意後見からです。