第24回 「これだけは避けて!」相続NG行動7選!

ご家族を亡くされた直後は、悲しみの中で心身ともに大変な時期であり、多くの方が手続きに頭を悩ませることと思います。

しかし、そうした感情の渦中で、知らず知らずのうちに 将来の相続トラブルの原因 となるような行動をとってしまうケースが少なくありません。

今回は、ご自身やご両親の相続に備える方のために、ご逝去直後に特に注意して避けたい 「やってはいけない」相続手続き を、司法書士の視点から解説します。


1. 故人の預貯金を安易に引き出す

ご逝去後、急な出費などで故人の口座からお金を引き出してしまう方は少なくありません。

しかし、これは後に深刻な 相続トラブルの火種 となる可能性があります。

現金で引き出した場合、何にいくら使ったかを明確に記録に残せない と、他の相続人から「不当な使い込みではないか」と疑われかねません。

後で説明を求められても証明できず、泥沼の争いになるケースもあります。

もし、どうしても故人の預貯金から費用を捻出する必要がある場合は、必ず領収書を保管し、何にいくら使ったかを明確にすること が重要です。


2. 故人の遺産に手を付ける

故人が多額の負債を抱えていた場合、相続人にとって 相続放棄 は非常に重要な選択肢です。

これは、故人の借金を含め、一切の財産を相続しないという手続きです。

しかし、故人の遺産にたとえ少額でも手をつけてしまうと、その行為自体が「相続を承認した」とみなされ、相続放棄の権利を失ってしまう 恐れがあります。

たとえば、故人の形見分けで腕時計を一つ受け取っただけでも、相続放棄ができなくなる可能性があります。

特に借金の有無が不明な場合は、遺産には一切手を触れないよう、細心の注意 を払ってください。


3. 故人の銀行口座をすぐに凍結させるよう銀行に伝える

銀行に故人の死亡を伝えると、その口座は 即座に凍結 されます。

そうなると、当然ながらお金の引き出しはできませんが、同時に 入金もできなくなってしまう 点に注意が必要です。

注意すべき例

  • 家賃収入のある不動産をお持ちの場合、その収入が凍結口座では受け取れなくなる
  • 電気・ガス・水道などの公共料金やクレジットカードの引き落としが止まり、滞納の恐れがある

凍結の連絡をする前に、必要な引き落としや振込の手続きを済ませておく ことが賢明です。


4. 故人の遺言書を勝手に開封する

故人が遺言書を残していたとしても、勝手に開封してはいけません。

遺言書は、相続人全員が立ち会いのもと、家庭裁判所で「検認」という手続きを経て開封する ことが法律で義務付けられています。

この検認手続きを怠ると、5万円以下の過料 が科されたり、最悪の場合、不動産の名義変更ができなくなる 可能性もあります。

もし遺言書を見つけても、開封せずにすぐ専門家へ相談してください。

遺言書自体に「この遺言書は家庭裁判所で開封してください」と記載しておくのも有効です。


5. 死亡届提出後、すぐに戸籍謄本を取得する

相続手続きには多くの戸籍謄本が必要ですが、取得のタイミングに注意が必要です。

死亡届を提出してすぐに戸籍謄本を取ると、まだ故人の 死亡の事実が記載されていない ものが発行される場合があります。

死亡届の情報が戸籍に反映されるまでには、通常 1週間〜2週間 ほどかかります。

焦って取得すると、再度取り直す手間が発生しかねません。個人の戸籍は1通450円から750円するためもったいないです。


6. 故人の携帯電話をすぐに解約する

故人の携帯電話をすぐに解約するのは避けましょう。

亡くなったことをすぐに伝えきれない遠縁の親戚や友人も多くいます。

そうした方々が故人の訃報を知り、ご家族の連絡先が分からず、故人の携帯電話に連絡してくる ケースは非常に多いです。

すぐに解約してしまうと、大切な連絡を取り損ねてしまう恐れがあります。

しばらくは契約を維持しておくこと をお勧めします。


7.口約束だけで遺産分割を決める

遺産分割を口約束だけで決めてしまうことは、相続の場面では非常に危険です。

兄弟や親族同士であっても、「言った・言わない」の食い違いは時間が経つほど増え、感情的な対立に発展しやすくなります。

特に相続財産に不動産や預貯金が含まれる場合、名義変更や解約のためには、法的に有効な書面である遺産分割協議書が必要です。

この書類には相続人全員の署名と実印押印、印鑑証明書の添付が求められます。

口約束では、金融機関や法務局での手続きができず、結果的に相続が長期化してしまうのです。

さらに、口頭だけの合意では、後から一部の相続人が合意内容を否定したり、財産の存在や評価額を巡って争いが再燃する可能性があります。

こうした事態を避けるためには、話し合いの結果を必ず書面にまとめ、全員が内容を確認したうえで署名押印することが重要です。

遺産分割協議書は将来の証拠となり、相続手続きを円滑かつ確実に進めるための不可欠な道具です。

感情や信頼関係だけに頼らず、法的に有効な形で合意を残すことが、相続トラブルを未然に防ぐ最大のポイントです。


まとめ

ご逝去直後は、精神的な負担に加え、多くの手続きが重なり、冷静な判断が難しくなります。

今回ご紹介した「やってはいけないこと」は、どれも後々の大きなトラブルや困りごとに繋がりかねない重要なポイントです。

少しでも不安を感じたら、一人で抱え込まず、専門家にご相談ください

私どもでは、財産の調査から預金口座の解約、不動産や各種財産の名義変更まで幅広く対応させていただきます。

空地空家の相談も承っております。お気軽にお問い合わせください。ご連絡をお待ちしております。

第23回 親の銀行口座が凍結!パニックにならないための相続手続きと生前対策 その2

前回に引き続き、パニックにならないための相続手続きと生前対策 について解説していきます。

今回は「凍結してしまった口座を解除する」ためのステップと遺産分割前でも預金を引き出せる「仮払い制度」を解説します。


凍結口座の相続手続きと解除までの最短ステップ

口座凍結の解除には、銀行所定の相続手続きが必要です。

手続きは金融機関ごとに異なりますが、預金の払い戻しを受けるまでにかかる期間は、
通常2、3週間程度、長ければ1、2ヶ月以上かかる場合もあります。


● 手続きは以下のステップで進めます:


STEP 0:故人の取引銀行と口座情報を確認

通帳やキャッシュカード、郵便物などから、どの銀行に口座があったかを確認します。


見当たらない場合は、銀行の「全店照会」サービスを利用して故人名義の口座がないか調べてもらうことも可能です。

注意して頂きたいことは最低でも金融機関は特定しなければなりません。日本における全金融機関に一括で照会をかけるという制度はありません。そのため、遺品やメールの履歴からある程度金融機関は特定する必要があります。


STEP 1:銀行へ死亡連絡と凍結解除依頼

取引銀行の窓口または相続専門部署に連絡し、口座名義人が亡くなった旨を伝え、相続手続きを進めたい旨を申し出ます。

この時、今後の手続きの流れや必要書類について詳しい案内がありますので、
必ずメモを取るか、書面で受け取りましょう。


STEP 2:必要書類の案内受領と収集準備

銀行から受け取った必要書類のリストに基づき、収集を開始します。

遺言書の有無や相続人の状況、銀行の規定によって必要書類は異なります。
複数の銀行に口座がある場合は、それぞれ個別に確認が必要です。


STEP 3:遺言書の有無を確認する

故人が遺言書を残しているかどうかは、手続きに大きく影響します。

  • 遺言書がある場合:
     公正証書遺言であればそのまま使用できます。
     自筆証書遺言の場合は、原則として家庭裁判所での「検認」手続きが必要です。
     遺言書の内容に従って手続きが進むため、遺産分割協議は基本的に不要です。
  • 遺言書がない場合:
     法定相続人全員で遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」を行い、
     その結果をまとめた「遺産分割協議書」を作成する必要があります。

STEP 4:相続人の確定(戸籍謄本等の収集)

誰が法的に相続人となるのかを確定させるため、

  • 故人の出生から死亡までの一連の戸籍謄本
  • 相続人全員の現在の戸籍謄本

が必要となります。

戸籍謄本の収集は手間と時間がかかる場合がありますが、
「法定相続情報一覧図」を取得すれば、各金融機関に戸籍の束を提出する必要がなくなるため非常に便利です。これは、家系図を法務局に認証してもらうイメージです。


STEP 5:遺産分割協議の実施と遺産分割協議書の作成(必要な場合)

遺言書がない場合などに、相続人全員で遺産分割協議を行います。

協議がまとまったら、相続人全員が実印を押し、
印鑑証明書を添付した**「遺産分割協議書」**を作成します。必ず実印での押印が必要です。


STEP 6:銀行へ必要書類を提出

すべての必要書類が揃ったら、銀行の窓口に提出します。
不備がないか事前にしっかり確認しましょう。


STEP 7:預金の払い戻し・名義変更(解約)手続き

書類が受理されれば、口座凍結の解除手続きが進められます。

  • 預金の払い戻しを受ける
  • 相続人の誰かの名義に口座を書き換える

といった選択が可能です。


続いて、遺産分割前でも預金を引き出せる「仮払い制度」について解説していきます。

遺産分割前でも預金を引き出せる「仮払い制度」とは?

故人の銀行口座が凍結されると、遺産分割協議が完了するまでは原則として預金を引き出せません。

しかし、葬儀費用や当面の生活費など、緊急の資金が必要になることもありますよね。

そのような場合に備え、2019年の民法改正により、遺産分割前でも一定額の預金を引き出せる「相続預金の仮払い制度」が創設されました。

この制度は、主に以下のような支出を想定しています:
・葬儀費用の支払い
・故人の借金の弁済
・相続人の当面の生活費

※遺言によって特定の相続人が預金を相続することになっている場合など、この制度を利用できないケースもあります

  • ● 引き出せる金額と2つの手続き方法

【方法①:家庭裁判所の判断を経る方法】
遺産分割の調停または審判を申し立てている場合、家庭裁判所が個別の事情を考慮して払い戻し金額を決定します。

【方法②:金融機関で直接手続きする方法】
各相続人が金融機関の窓口で直接払い戻しを請求する方法です。
「相続開始時の預金額 × 1/3 × 払戻しを行う相続人の法定相続分」で計算。
同一金融機関からは最大150万円までという制限があります。

  • ● 利用時の注意点:相続放棄を検討している場合

仮払いを受けて生活費などに充てると、「相続財産を処分した」とみなされ、
単純承認(全ての財産と債務を相続)したことになり、
その後に相続放棄ができなくなる可能性があります。

もし、故人に多額の借金がある場合や借金の有無が不明で相続放棄を検討している可能性がある場合は、この制度の利用は慎重に判断しなければなりません。信用情報機関に照会して故人の借金の有無を確認することも検討すべきでしょう。

いかがでしたでしょうか。

少し安心していただければ幸いです。文章で読むと簡単そうですが、実際は各金融機関で取り扱いや手続きに関する要望は様々なのが現状です。

特に、社会的にもお忙しい40代から50代の方々が、日々の日常に加えてこれらの手続きを進めることは時に大きな負担となります。

その際には、ぜひ私たちにお任せください。

第22回 親の銀行口座が凍結!パニックにならないための相続手続きと生前対策 その1


はじめに

大切なご家族が亡くなられた時、深い悲しみに暮れる中、故人の銀行口座がどうなるのか、不安に思われる方は少なくありません。

特に、

  • 「いつ口座が凍結されてしまうのか」
  • 「葬儀費用や当面の生活費は引き出せるのか」
  • 「凍結されたらどんな手続きが必要なのか」

といった疑問は当然のことで、パニックに陥りがちです。

このブログでは、そうした皆様の不安を少しでも和らげ、故人の銀行口座の相続手続きをスムーズに進めるための具体的な情報と、ご自身の将来やご両親のために今からできる生前対策について、専門家の視点から詳しく解説していきます。

口座凍結の正確なタイミングから、緊急時の資金引き出し方法、そしてトラブルを防ぐための賢い準備まで、順を追って見ていきましょう。


1. なぜ故人の銀行口座は凍結されるのか?

その理由とタイミング

故人の銀行口座が「凍結」されると、預金の引き出しはもちろん、公共料金などの自動引き落としも一切できなくなります。
つまり、口座内のお金が完全に動かせない状態になるのです。

これは、故人の預金が法律に基づいて相続人に引き継がれるべき**「相続財産」として安全に保全するため**、そして、特定の相続人が他の相続人の同意なしに預金を引き出してしまい、相続人間での無用なトラブル(「争続」)を防ぐための大切な措置です。

多くの方が「役所に死亡届を出したら、自動的に銀行に情報が伝わり、すぐに口座が凍結されるのでは?」と心配されますが、実はそうではありません。
市区町村の役所と民間の金融機関は、相続において直接的に情報連携しているわけではないのです。

銀行が口座凍結を実行する最も一般的なタイミングは、ご遺族(相続人)の方が銀行に連絡し、口座名義人が亡くなったことを伝えた時点です。
つまり、銀行が「口座名義人の死亡の事実を知った時点」で口座は凍結されます。

裏を返せば、銀行がその事実を把握するまでは、キャッシュカードと暗証番号があればATMでの引き出しや各種引き落としが継続される可能性もあります。

しかし、銀行に連絡せず預金を引き出し続けることには、大きなリスクが伴います。
次は、絶対に避けるべき行動について詳しく見ていきましょう。


2. 【要注意】口座凍結前後に絶対やってはいけないNG行動

葬儀費用や生活費など、急な出費でお金が必要になる気持ちはよく理解できます。
しかし、焦って行動すると、後々深刻なトラブルに発展したり、法的に不利な状況に陥ったりする可能性があります。


● NG行動①:他の相続人に知らせず勝手に引き出す

故人の預金は相続人全員の共有財産です。
たとえ正当な目的であっても、他の相続人の同意なしにATMなどで預金を引き出すのは非常に危険です。

「何に使ったのか」「なぜ勝手に引き出したのか」といった深刻な「争続」の原因となり、最悪の場合、不当利得返還請求や損害賠償請求といった法的な問題に発展する可能性も否定できません。

また、使い道を明確に説明できないお金は「使途不明金」として扱われ、遺産分割協議が難航する原因となります。


● NG行動②:領収書なしでの安易な引き出し

葬儀費用や病院代など、社会通念上妥当な範囲の支出であれば相続財産から支払いが許容される場合が多いですが、必ず引き出した金額や使途を証明する領収書や明細書を保管してください。

領収書がないと、税務署から相続税の計算においてその支出が認められなかったり、他の相続人から「使い込みではないか」と疑われたりするリスクがあります。

お布施など領収書が出ない場合は、日時・金額・相手先などを詳細にメモしておけば安心です。


● NG行動③:「うっかり引き出し」で相続放棄ができなくなる

故人に多額の借金があるなど、相続放棄を検討している状況で、故人の預金を引き出して自分のために使ってしまうと、法的に「単純承認」したとみなされ、原則として相続放棄ができなくなる可能性が高いです。

単純承認とは、故人のプラスの財産(預貯金など)もマイナスの財産(借金など)も全て無条件で引き継ぐ意思表示です。

故人の財産を自分のために使う行為(「処分」)は、法律上「法定単純承認」とみなされることがあるためです。

少しでも相続放棄を考えている場合は、故人の預金には一切手を付けず、すぐに弁護士や司法書士などの専門家に相談するのが最も安全な方法です。


次回は、凍結口座の相続手続きと解除までの最短ステップについて解説をしていきます。

第21回 「うちは関係ない」は危険!一般家庭に潜む遺留分トラブルとその回避策

皆様、こんにちは。司法書士の時任です。

ご自身の、あるいはご両親の財産をめぐる「相続」は、誰もがいつか向き合う大切なテーマです。

特に、「遺言書」を準備されるご家庭も増えていますが、

「うちは揉めるほどの財産はないから大丈夫」「専門家に相談するほどではない」と、

漠然と捉えていらっしゃる方も少なくないのではないでしょうか。

しかし、そうした思い込みが、かえって将来のトラブルの種になることがあります。

今回は、「遺留分」という制度と、それが原因で起こる相続トラブルについて、

特に「一般家庭」でこそ知っておくべき実情と、その回避策を分かりやすくお伝えします。

「遺留分」とは?遺言書があっても「保障される権利」

「遺留分」とは、亡くなった方が遺言書で財産の配分を決めた際、

その内容が特定の人に偏っていた場合でも、一定の相続人に最低限保証される財産の割合を意味します。

たとえば、「全財産を長男に相続させる」と遺言書に書かれていても、

配偶者や子、親には「法定相続分の半分」までの金銭請求権が認められており、

遺言内容を一部是正できるのです。

■「うちには関係ない」は誤解!一般家庭でこそ遺留分トラブルが多い理由

「遺留分なんて大富豪の話」と思いがちですが、実は違います。

相続税がかからない一般家庭でこそトラブルが多発しています。

理由は以下の通りです:

・「偏りやすい」自筆証書遺言の存在:

自筆証書遺言は簡単に作れる一方で、内容が偏る傾向があります。

公正証書遺言は専門家が関与するため、公平性が保たれやすい特徴があります。

・制度の拡充による利用増:

令和2年7月10日から法務局による保管制度が開始され、

自筆証書遺言の利用が広がりましたが、形式面しかチェックされないため、

内容の偏りに対するフォローがありません。

・資産規模と利用者の実態:

法務省調査では、自筆証書遺言作成希望者の6割以上が「総財産額3,000万円未満」。

一般家庭ほど利用率が高いことがわかります。

■遺留分を請求できるのは誰?

請求権があるのは、亡くなった方の「法定相続人」のうち、以下の者です:

・配偶者

・子(または代襲相続人である孫)

・直系尊属(親や祖父母)

兄弟姉妹や甥・姪には遺留分がありません。

■遺留分が侵害されたらどうなる?

請求手続きの流れは以下の通りです:

1. 相手方への「通知」

内容証明郵便で1年以内に通知する必要があります。

2. 相続人同士の「話し合い」

金額や方法を協議し、合意すれば合意書を作成します。

3. 家庭裁判所での「調停」

解決しない場合は調停を申立てます。

4. 「訴訟」

最後の手段は訴訟。長期化・費用負担が重くなります。

■トラブルを防ぐ3つのポイント

1. 遺留分を侵害しない遺言書を作成する

法定相続分と遺留分を踏まえた配分を。感情的配慮も大切です。

2. 生命保険金を戦略的に活用する

生命保険金は受取人固有の財産となるため、遺産分割対象外にできます。

非課税枠(500万円×法定相続人)も利用できます。

3. メッセージを残す(付言事項・エンディングノート)

法的効力はなくとも、気持ちを伝えることで争いの回避につながります。

最も有効なのは生前の話し合いです。

■まとめ

遺留分は、多くの家庭にとって「無関係ではない」問題です。

自筆証書遺言の普及により、より身近な課題となっています。

遺言内容の工夫、生命保険の活用、気持ちを伝える工夫などで、

円満な相続を実現することができます。

当事務所でも、状況に応じた相続対策をご提案しています。

お気軽にご相談ください。

第20回 40代・50代必見!親の預貯金相続 実はもっと簡単にできた?賢い「少額預貯金」手続きの全貌

少額預貯金の相続手続き、実はもっと簡単にできるって知っていますか?

親御様の相続、またはご自身の将来を見据えて準備を進めている40代〜70代の皆様へ。

「相続手続き」と聞くと、

  • 複雑そう
  • 費用がかかりそう

というイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか?

特に預貯金の相続は、最も身近な財産であるがゆえに、「どう対応すればいいのか分からない」という不安を抱く方が少なくありません。

司法書士として多くの相続案件に関わってきた経験から、今回は“知っておくと安心”な「少額預貯金の簡単な相続手続き」について、わかりやすくご紹介いたします。

「こっそりATM引き出し」はもう不要

堂々とできる、相続手続きの新常識

相続発生後、

「専門家に頼むほどでもないし、少しずつATMで引き出そうかな…」

と考える方もいらっしゃるかもしれません。

  • ATMでは1円単位で引き出せず端数が残る
  • 「こっそり」行うことに心理的な抵抗がある

という声も多く聞かれます。

本記事で紹介する制度を活用すれば、堂々と金融機関で預貯金を引き出す/解約することが可能になります。

不安や後ろめたさから解放される新しい相続のかたちです。

簡略化のカギは「提出書類の大幅削減」

一般的な預貯金相続手続き

 通常は、以下のような煩雑な準備が必要です:

  • 戸籍謄本(出生から死亡まで)をすべて集める
  • 相続人全員で協議し、「誰が相続するか」を決定
  • 遺産分割協議書を作成し、全員が署名・捺印
  • 印鑑証明書を全員分用意
  • 上記すべてを金融機関に提出

少額預貯金の簡略化された手続き

一定の条件を満たす「少額」のケースでは、必要書類が大幅に減ります:

  • 戸籍謄本:死亡記載ありのもの+相続人を示すものだけでOK
  • 印鑑証明書は不要
  • 遺産分割協議書の提出も不要

利用条件:「相続人同士が揉めていない」こと

この制度を利用するうえで最も重要なのが、

相続人同士で争いがないこと

です。

  • 口頭で「争いはありませんか?」と確認される場合
  • 書面でチェック欄への記入を求められる場合

「少額」とはいくらまで?金融機関ごとに基準が異なります

例:ゆうちょ銀行では100万円以下が対象です。

ただし、金額の上限や条件は金融機関によって異なります。事前の確認が必須です。

この制度が有効なケースと注意点

特におすすめできるケース

  • 相続財産が預貯金中心で、金額が少額
  • 相続財産に不動産が含まれていない

注意点

不動産がある場合は、遺産分割協議書の提出が必要となります。ご注意ください。

まとめ:知っておくだけで、相続はもっとスムーズに

相続は多くの方にとって一生に一度あるかないかの出来事。だからこそ、不安になるのは当然です。

しかし、「少額預貯金の簡略化手続き」という制度を知っておくだけで、相続の負担をぐっと軽くすることができます。

ぜひご自身の状況にあわせて、最適な方法を選びましょう

第19回 40代・50代から始める!「相続の不安」を「安心」に変える準備術

相続――この言葉を聞くと、漠然とした不安を感じる方も少なくないのではないでしょうか。

特に40代から70代の皆さまにとって、親御さんのこと、ご自身の将来のことなど、遺産分割や税金、そして何から手を付けて良いか分からないというお悩みは尽きないかもしれません。

ご安心ください。

適切な知識と早めの準備があれば、これらの不安は必ず解消できます。司法書士の時任が、皆さまの相続への「もやもや」を晴らし、「安心」に変えるための具体的な一歩をご案内します。

不安1:複雑な手続き、期限に間に合うか?

相続手続きは多岐にわたります。

例えば、故人の死亡を知った日から7日以内の死亡届提出、相続を放棄するか限定承認するかは3ヶ月以内の検討が必要です。

また、4ヶ月以内に準確定申告、相続税の申告・納付は死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内と、期限が定められているものも多数存在します。

特に重要なのが、不動産の名義変更(相続登記)です。これまでは任意でしたが、登記を行わないと10万円以下の過料の対象となりえますので、注意が必要です。

複数の手続きで戸籍謄本などが必要な場合は、法務局が無料で提供する「法定相続情報証明制度」が便利です。

相続関係を公的に証明する書類として、様々な手続きで活用でき、手間と費用を削減できます。

不安2:故人の預金が引き出せない?

故人名義の預金は、金融機関が死亡を知ると原則凍結され、遺産分割が終わるまで引き出せなくなります。

しかし、ご安心ください。2019年7月1日からの民法改正により、残された遺族の当面の生活費や葬儀費用に充てるため、遺産分割前でも故人の預金の一部を引き出せるようになりました。

引き出し額は、相続開始時の預金残高の3分の1に、引き出しを行う相続人の法定相続分を乗じた金額(ただし、同一金融機関につき150万円が上限)です。

不安3:残された自宅に住み続けられる?

配偶者が長年住んだ自宅にそのまま住み続けたいと願うのは当然のことです。この課題に対応するため、2020年4月1日から「配偶者居住権」が施行されました。

これは、配偶者が自宅に「住む権利」を、他の相続人が「所有する権利」をそれぞれ相続できる制度です。これにより、配偶者は自宅に住み続けながら、他の預貯金などもより多く相続できるようになります。

また、もし遺言で自宅が他人に渡っても、「配偶者短期居住権」により、最低6ヶ月間は無償で居住できるため、急な転居を避けられます。

ただし、配偶者居住権では自宅の売却や賃貸はできませんので、所有者となる相続人との間でトラブルにならないよう、事前にルールを決めることが大切です。

不安4:相続した土地の管理が負担?

相続した土地が遠方で利用予定がなく、管理費や固定資産税が負担となるケースは少なくありません。特に、前述の2024年4月1日からの相続登記義務化で、土地の管理はより重要な課題となります。

もし不要な土地であれば、2023年4月27日から施行された「相続土地国庫帰属制度」の活用も検討できます。これは、一定の要件を満たせば、土地を国に引き取ってもらえる制度です。

ただし、国の管理コスト転嫁を防ぐため、審査手数料や10年分の土地管理費相当額の負担金が必要です。

なお、相続登記の義務化に伴い、令和9年(2027年)3月31日までに行う相続登記には、登録免許税の免税措置が設けられている場合もあります(条件あり)。

相続に関する不安は尽きないものですが、早期に専門家へ相談し、知識を得て準備を進めることが何よりも大切です。

わたしたちは、不動産に限らず相続手続き全般のサポートが可能です。

相続財産の調査や相続人の確定、不動産をはじめ各種財産の名義変更、遺産分割や納税資金の手当てに関するアドバイスなど、多岐にわたるサポートができます。

どんな小さなお悩みでも、お気軽にご相談ください。皆さまの「安心」な未来をサポートいたします。

第18回 オンラインカジノは本当に合法?知られざる日本の法的リスクと落とし穴

近年、オンラインカジノの利用を巡るトラブルや報道が世間を騒がせています。

特に、著名人が関与したニュースは記憶に新しいのではないでしょうか。

多くの方が「海外のサイトだから大丈夫だろう」と安易に考えてしまいがちですが、実はその認識には大きな「落とし穴」が潜んでいます。

今回は、オンラインカジノを巡る日本の法律の現状と、多くの人が陥りやすい誤解について、司法書士の視点から詳しく解説していきます。

日本の「賭博罪」とオンラインカジノの現状

まず、日本の刑法における「賭博罪」についてご説明しましょう。賭博とは、結果が確実には予想できない事柄に対して金品を賭ける行為を指します。

日本の刑法では、原則としてこの賭博行為を禁じています。

しかし、ここには複雑な事情が絡んでいます。日本の法律には「国民の国外犯」という概念があり、一部の犯罪(殺人や放火など)は日本人が海外で行っても日本の法律で裁かれる対象となります。

ところが、賭博罪はこの国民の国外犯の対象外とされています。これはつまり、日本人が海外の国で合法的に運営されているカジノを利用して賭博を行うことは、日本の法律では罰せられない、ということを意味します。

この「海外での合法カジノはOK」という認識が、オンラインカジノに対する誤解の根源となっています。

オンラインカジノはサーバーが海外にあるため、「海外の合法カジノと同じ」と錯覚しがちですが、日本の刑法が問うのは「どこで賭博行為が行われたか」という点です。

日本国内からインターネットを通じてオンラインカジノに参加する行為は、現行の日本の法律下では間違いなく違法とされています。

広まった誤解の背景

なぜこれほど多くの人がオンラインカジノを「合法」だと誤解してしまったのでしょうか。その背景には、社会全体に浸透したある種のプロモーションも指摘できます。

特に、テレビCMなどで「オンラインカジノの無料版」が積極的に宣伝されていたことが挙げられます。

無料版は金銭を賭けないため賭博には当たりませんが、ここから「本物のオンラインカジノ」へと誘導されるケースが多く、あたかも有料版も問題ないかのような誤解を生んでしまったのです。

有名タレントやスポーツ選手が広告塔を務めていたことも、その信頼性を高めてしまった一因と言えるでしょう。

責任の所在と法の本質

この状況において、最も責任が問われるべきは、安易に広告を流したメディア側、特にテレビ局やラジオ局であると考えられます。

彼らはCMを放送する際に、その内容について審査を行う専門部署があるはずです。無料版から有料版への誘導があり、それが違法な賭博に繋がる可能性を認識しながらも、広告費欲しさにCMを流したとすれば、その責任は非常に重いと言わざるを得ません。

CMに出演したタレントやスポーツ選手は、その内容の違法性を知る由もなく、彼らを責めるべきではありません。

一方で、「賭博罪」が本当に必要なのかという議論も存在します。多くの国では、スポーツ賭博などが合法化されている地域も少なくありません。

日本においても、国や地方公共団体が胴元となる競馬、競輪、競艇といった「公営ギャンブル」や宝くじは合法とされています。

宝くじは構造的に見れば完全な賭博ですが、国が運営するものは法律で許可されています。この「一般人はダメで、政府はOK」という現状は、「賭博は本来、そこまで悪いことではないのではないか」という問いを投げかけます。

賭博を罪とすることには、確かに「ギャンブル依存症」による個人の破産や生活破綻を防ぐという建前があります。

実際に、依存症によって財産を失い、生活が立ち行かなくなる人は存在します。

私も、ギャンブルで借金を重ねてしまった多くの方の債務整理のお手伝いをしてきました。しかし、その一方で、賭博を犯罪とすることによる大きなマイナス面も存在します。

一つは、反社会的勢力(暴力団など)の資金源になるということです。もう一つのマイナス面は、多くの善良な一般市民を「犯罪者」にしてしまうことです。

違法性の認識が曖昧なまま、あるいは「みんなやっているから大丈夫だろう」という軽い気持ちで手を出してしまい、意図せずして法律を犯してしまう人が後を絶ちません。

今後の展望と利用への警鐘

今後、賭博に関する法制度が見直される可能性も議論されています。例えば、貸金業規制のように、年収の3分の1を超えるような高額な金銭を賭ける行為を規制対象とする、といった方策が議論されています。

また、ギャンブル事業者が得る収益の一部を、ギャンブル依存症の治療や支援を行う施設の運営費用に充てる、といった仕組みも有効でしょう。

多くの日本人は、自己責任の範囲内で娯楽としてギャンブルを楽しんでおり、ごく一部の人が依存症に陥るという実態を踏まえれば、このような立法政策は十分に合理性があると考えられます。

しかし、繰り返しになりますが、現行法の下では日本国内からのオンラインカジノ利用は違法です。

過去に多くの利用者がいたとしても、警察がその全員を立件することは物理的に困難です。

しかし、非常に頻繁に、あるいは多額の金銭を賭けている一部の利用者については、立件される可能性が十分にありますので、決して安易な気持ちで利用しないよう、くれぐれもご注意ください。

法律は社会情勢の変化に応じて見直されるべきものです。オンラインカジノを巡る現在の状況は、私たち国民が、そして政治家が、賭博に関する法制度のあり方を改めて深く考えるべき時期に来ていることを示唆しているのかもしれません。

もし、オンラインカジノの利用に関して不安や疑問をお持ちの場合は、お近くの法律の専門家にご相談いただくことをお勧めします。

第17回 家族を困らせない!デジタル時代の新しい「備え」:あなたのスマホ、PCに残された見えない遺産とは?

「相続」と聞くと、不動産や預貯金、有価証券といった“形ある財産”を思い浮かべる方がほとんどでしょう。しかし現代には、スマートフォンやパソコン、インターネット上に存在する「デジタル遺産」という、もう一つ無視できない重要な財産があります。

40代から70代の皆さま、ご自身やご両親の“もしもの時”に備え、デジタルの世界へ目を向けたことはありますか? 近年このデジタル遺産をめぐるトラブルは急増しており、過去8年間で相談件数は3倍以上に膨れ上がっているそうです。思わぬ問題に直面するご家庭が少なくないのが現状です。

なぜ「デジタル遺産」が家族の負担になるのか?

想像してみてください。大切な家族が突然この世を去った後、残された遺族は悲しみの中でさまざまな手続きを進めなければなりません。その過程で、次のような“デジタルの壁”にぶつかるケースが後を絶ちません。

  • ネット銀行や証券口座にアクセスできない
    ログイン ID やパスワードが分からなければ、残高確認も解約手続きも進みません。手続きは可能でも、膨大な時間と労力がかかります。相続人がデジタル遺産に気が付かず、相続手続きや確定申告を済ませたあとで、遺産分割協議のやり直しや修正申告となってしまうケースもあります。
  • サブスク料金の支払いが続く
    動画配信やオンラインストレージなどの月額サービスは、契約状況が分からなければ利用していなくても料金が引き落とされ続けてしまいます。
  • 思い出やプライベートな写真・データにアクセスできない
    デバイスにロックがかかっていると、写真や連絡先など大切なデータにたどり着けないことがあります。
  • 知られざる秘密のデータが見つかる
    故人が家族に知られたくなかった個人的情報が発見され、遺族が精神的ショックを受ける例も報告されています。

これらの問題は“他人事”ではなく、いつでも誰にでも起こり得る“自分事”です。

トラブルを未然に防ぐための「デジタル時代の備え」

司法書士としておすすめする三つの対策をご紹介します。

  1. ログインパスワードの共有方法を決める
    • 物理メモを活用:名刺サイズの紙などにデバイスや重要サービスのパスワードを書き留め、通帳や保険証券と一緒に保管しておく。プライバシーが気になる場合は、家族だけが解読できるヒントや暗号にし、スクラッチ加工で隠すなどの工夫を。
    • 緊急時情報伝達サービス:定期的に生存確認を行い、一定期間応答がない場合に指定家族へ情報を自動送信する有料サービスもあります。単身世帯や急変リスクが気になる方に有効です。
  2. デジタルデータを整理しプライバシーを守る
    • データ整理ツールの利用:データを「重要」「開示」「秘密」の三つに分類できるアプリを活用し、相続関連情報とプライベート情報を明確に分ける。
    • 生前整理を習慣化:不要データの削除や整理を定期的に行い、万が一の負担を軽減しましょう。
  3. 専門家へ相談する
    デジタル遺産は範囲が広く、すべてを把握して対策を講じるのは容易ではありません。情報開示の範囲や管理方法、法的手続きとの連携など、専門知識が求められる場面も少なくありません。当事務所では、デジタル資産の棚卸しから具体的な対策、ご家族への情報共有まで、状況に合わせた最適なプランをご提案いたします。例えば、死後事務委任契約や遺言での対策が理想的です。

今すぐ始められる「デジタル時代の備え」

「終活」はまだ先のことと思われるかもしれませんが、デジタル遺産の問題は“突然への備え”としての性格が強いものです。まずはご自身のスマートフォンやパソコンに何が入っているか、どのサービスと契約しているかを「見える化」してみましょう。そして「誰に」「どのように」伝えるかを具体的に決めることが、家族をトラブルから守り、平穏な相続を実現する第一歩となります。

ご自身とご家族の安心のために、デジタル時代の新しい「備え」を今日から始めましょう。ご不明点やご不安があれば、どうぞお気軽にご相談ください。


第16回【フジテレビ「サン!シャイン」取材協力】大阪・ミナミ14.5億円地面師事件から学ぶ「住民票不正取得」の恐ろしさと制度の課題


先日、大阪・ミナミで発覚した地面師事件のニュースは、多くの皆さんに衝撃を与えたことと思います。不動産会社代表になりすまし、土地取引をもちかけて約14億5千万円もの大金をだまし取ったとされるこの事件。その巧妙な手口は、私たちのすぐ身近にある制度の「隙」を突いたものであり、専門家としても強い危機感を抱いています。

私のもとにも、この事件について「一体どうやって、そんな大金が騙し取られてしまったのか?」というご相談やご質問が寄せられています。そして先日、光栄なことにフジテレビの朝の報道番組「サン!シャイン」から取材協力のご依頼をいただき、司法書士の立場から、この事件の背景にある問題点や、私たちが注意すべき点について解説させていただきました。

テレビでは時間の制約もあり、十分にお伝えできなかった点もあります。そこで今回は、ブログという形式で、改めてこの事件の詳細と、特に私が専門家として最も問題だと感じている、事件の「発端」となったある制度の悪用について、深く考察してみたいと思います。

事件の発端:巧妙に悪用された「住民票不正取得」の手口

今回の地面師事件で明らかになった、彼らの最初の、そしておそらく最も重要なステップは、「住民票の写し」を不正に入手したことでした。

彼らは、ターゲットとした不動産会社の代表に「数十万円を貸した」という虚偽の「借用書」を作成し、自治体の窓口に提出しました。そして、法律上、本人でなくても「訴訟提起などの必要性が認められれば」住民票の写しが交付される制度を悪用したのです。これは利害関係人からの請求という制度になります。

これが、事件の恐ろしい幕開けでした。なぜなら、大阪市によると、提出された借用書などの記載内容の確認は行うものの、原則として、当事者(本来の所有者である不動産会社代表)への連絡などは行わない運用になっているからです。つまり、悪意を持った第三者が虚偽の書類を用意すれば、本人に知られることなく住民票の写しを手に入れられる「抜け穴」が存在していたことになります。

本来の所有者の住民票写しを入手できたことが、今回の巨額詐欺事件の「なりすましの発端」となったことは、非常に重要なポイントです。個人の最も基本的な情報が記載された住民票が、不正な手段で第三者の手に渡ってしまったことが、その後の巧妙な犯罪を可能にしてしまったのです。

住民票情報からの「なりすまし」の連鎖

入手した住民票には、ターゲットの正確な氏名、住所、生年月日などの個人情報が記載されています。地面師グループは、この情報を悪用して、さらに巧妙な偽装工作を進めました。

  1. まず、住民票の個人情報を基に、ターゲットである不動産会社代表の運転免許証を作成しました。
  2. この偽の免許証を使って、役所でターゲットの「印鑑登録」を勝手に変更しました。
  3. 変更後の印鑑で、「正規」に見える印鑑登録証明書を入手しました。
  4. 次に、偽の印鑑登録証明書と実印を使って、不動産会社の代表印(法務局届出印)を変更しました。加えて、偽の株主総会議事録などの書類も作成しました。
  5. これらの偽造書類を用いて、不動産会社の「法人登記簿」を変更し、詐欺グループの男が会社の新しい代表取締役に就任したかのように見せかけたのです。

こうして、グループ側は、あたかも自分たちが正規の物件所有者であるかのように装う「公的書類」を次々と手に入れました。そして、これらの偽造書類を信頼させると同時に、交渉相手には「(本来の所有者の)おいにあたる」などと嘘をつき、巧みに土地取引を持ち掛けたのです。

なぜ巨額詐欺は成功したのか? 取引側の心理と背景

約14億5千万円という巨額の詐欺がなぜ成立してしまったのでしょうか。その背景には、取引された物件の特性と、不動産業界の心理が関係していると考えられます。

ターゲットとなったのは、いずれも地価が高騰する大阪・ミナミの繁華街に位置する「好物件」でした。特に、ある物件は国立文楽劇場からも近く、インバウンドも多く行き交う「絶好の立地」だったと報じられています。

このような物件は、購入後に転売することで簡単に利益が得られる期待が高く、「購入希望者が結構いたはずだ」 と言われています。そのため、少しでも早く手に入れたいという、不動産業界の「われ先に」という心理が利用された可能性があります。

また、今回だまし取られた売買代金の中には、ある物件だけで4億5千万円とされるものがありますが、不動産業界の関係者からは「立地を踏まえれば、考えられない安値。相場はもっと高い」 との声も上がっています。安値で購入できれば簡単に利益が得られる という思惑が働き、通常は行うべき下見や測量などを重ねた慎重な手続きを省略してしまう会社も業界内に存在する とされており、こうした事情も、地面師に騙されやすくなる一因だったかもしれません。

巧妙に作られた偽造書類、そして好条件の物件に対する「早く手に入れたい」「安く買って儲けたい」という心理。これらの要素が複雑に絡み合い、今回の巨額詐欺を成功させてしまったと言えるでしょう。

制度運用への問題提起:司法書士として訴えたいこと

今回の事件を通じて、司法書士として最も強く訴えたいのは、やはり事件の「発端」となった住民票の写しの不正取得を許してしまった、現行の制度運用に対する問題提起です。

前述の通り、大阪市では、利害関係人からの請求に対しては、提出された書類の記載内容を確認するものの、原則として当事者への連絡は行わない運用となっています。この運用が、悪意を持った第三者が、虚偽の借用書一枚で他人の住民票を手に入れることを可能にしてしまう「抜け穴」となっている可能性があるのです。

司法書士は、不動産登記手続きや相続手続きなどで、職務上他人の住民票を取得する機会があります。その際は、厳格な本人確認と、「なぜその方の住民票が必要なのか」という具体的な理由、そしてその必要性の確認が求められます。

一方で、自治体の窓口での「利害関係人からの請求」に対する審査は、より形式的にならざるを得ない部分があるのかもしれません。しかし、今回の事件のように、住民票という重要な個人情報が不正に取得されることで、その後のなりすまし犯罪に直結してしまう現状を考えると、自治体側にも、より厳格な審査基準や運用が求められるべきだと強く感じています。

例えば、

  • 提出された借用書などの書類の真偽を確認するための手段を強化する。
  • 不動産取引を目的とした請求など、特に悪用のリスクが高いと判断されるケースについては、例外的に本人に通知を行う、あるいは電話などで意思確認を試みるなどの対応を検討する。
  • 請求理由の「必要性」を、より具体的に、厳格に判断する。

個人の権利行使の機会確保は非常に重要ですが、それを理由に不正な情報取得が容易になってしまっては本末転倒です。悪用されやすい制度には、それに見合ったリスク管理策を講じる必要があります。今回の事件は、私たちの個人情報が、いかに脆い基盤の上に成り立っているかを痛感させるものです。

まとめ:地面師事件から学ぶべきこと

大阪・ミナミの地面師事件は、巧妙な詐欺師が、既存の法律や制度の「隙」を突き、いかに巨額の不正を行うことができるのかを私たちに突きつけました。そして、その最初の突破口が、まさか「住民票の不正取得」であったという事実は、私たちが日頃当たり前だと思っている公的制度の中に、思わぬリスクが潜んでいることを教えてくれています。

司法書士として、このような悪質な地面師の手口や、それを可能にしてしまう制度の課題を、広く社会に知っていただくことの重要性を改めて感じています。今回のテレビ取材協力も、そのための貴重な機会となりました。

私自身も、今回の事件から得られた知見を活かし、お客様の大切な財産や権利をこのような不正から守るため、より一層専門知識と注意力を磨いていく決意です。


第15回 相続放棄の費用、期限とは?売れない負動産を相続しない選択


負動産

「親が亡くなったけれど、プラスの財産はほとんどなく、借金や手入れされていない実家(いわゆる『負動産』)が残されてしまった…」

「遠い親戚に相続が発生したと連絡が来たけれど、全く付き合いがなく、どう対応すればいいか分からない…」

相続は、大切な方を亡くされた悲しみの中で行わなければならない、非常にデリケートで複雑な手続きです。特に近年、核家族化や高齢化の進展に伴い、相続に関する悩みも多様化しています。中でも、借金や価値の低い不動産といった「負の遺産」を相続したくないという理由から、「相続放棄」を検討される方が増えています。

しかし、相続放棄は安易に考えてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまう可能性も。今回は、相続放棄について知っておくべき基本的な知識や手続きの流れ、注意点について、司法書士の視点から解説します。

相続放棄を検討する方が増えている背景

なぜ今、相続放棄を選択する方が増えているのでしょうか?

主な理由の一つとして、亡くなられる方の数自体が増加傾向にあることが挙げられます。それに伴い、相続の発生件数が増え、相続に関する問題に直面する方も自然と多くなります。

また、都市部であればまだしも、地方に実家が残された場合など、買い手がなかなかつかない、あるいはそもそも値がつかないといった不動産(いわゆる「負動産」)が増えていることも背景にあります。こうした不動産は、所有しているだけで固定資産税などの費用がかかり、管理の手間も生じます。そのため、「手放すのにお金がかかるくらいなら、いっそ相続しない方が良い」と考える方が少なくありません。

親が残した借金を相続したくないという理由だけでなく、このように「負の遺産」としての不動産を相続したくないという動機から、相続放棄が検討されるケースが増えているのです。

相続放棄とは?その前に知っておくべき「相続人」の範囲

相続放棄は、亡くなった方(被相続人)の遺産を全て受け継がないという意思表示です。家庭裁判所に申述することで行います。この手続きが受理されると、初めから相続人ではなかったことになります。

相続放棄について考える上でまず理解しておきたいのが、「誰が相続人になるのか」という相続人の範囲と順位です。

  • 常に相続人になる人:被相続人の配偶者
  • 配偶者以外で相続人になる可能性のある人:
    • 第1順位:被相続人の子。子が既に亡くなっている場合は孫、孫も亡くなっている場合はひ孫と、下の世代へ権利が移ります(代襲相続)。
    • 第2順位:被相続人の父母。父母が共に亡くなっている場合は祖父母と、上の世代へ権利が移ります(直系尊属)。※第1順位の人がいない場合に相続人になります。
    • 第3順位:被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は甥や姪へ権利が移ります(代襲相続)。※第1順位、第2順位の人がいずれもいない場合に相続人になります。

もし、上記の相続人が全員相続放棄を選択した場合、相続権は次の順位の相続人へと移っていきます。例えば、配偶者も子も相続放棄した場合、相続権は父母や祖父母へ。さらに父母や祖父母も全員放棄した場合は、兄弟姉妹や甥姪へと移る可能性があるのです。

知らないうちに自分が「相続人」に?

ここで注意が必要なのは、自分が相続人であることを自覚していないケースです。特に、長年音信不通だった親戚に相続が発生した場合など、「まさか自分が相続人になるなんて」と考えている方も少なくありません。

しかし、上の順位の相続人が全員相続放棄をした結果、それまで全く関与していなかった方が、突然「あなたが相続人です。相続の手続きをしてください」と連絡を受けることがあります。

このような事態を避けるためには、上の順位の相続人が相続放棄をした場合、次に相続人となる可能性のある方へ、その旨を知らせる配慮が重要です。

相続放棄の手続きと「3ヶ月」の期限

相続放棄の手続きは、必要書類を揃え、家庭裁判所に申述書を提出して行います。戸籍謄本などを収集する必要があり、ご自身で行うことも可能ですが、専門家である司法書士にご依頼いただくのが一般的です。

司法書士に相続放棄の手続きを依頼した場合の費用は、1名あたり1万2,000円から8万5,000円程度が目安となることが多いようです。事案の複雑さなどによって費用は変動しますので、依頼前に確認することが大切です。

そして、相続放棄には厳格な期限があります。原則として、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述しなければなりません。

この「知った時」というのが重要なポイントです。被相続人が亡くなった日から3ヶ月ではなく、「自分が相続人になったと知った日」から3ヶ月です。例えば、遠い親戚で亡くなったことを知らなかった場合や、上の順位の相続人が全員放棄したことで初めて自分が相続人になったことを知った場合など、亡くなってから数年後、あるいは10年以上経過してから相続人になったと知ることもあります。この場合でも、自分が相続人になったと知った日から3ヶ月以内であれば、相続放棄の手続きが可能です。

ただし、この「知った時」がいつであるかを明確に証明できるよう、専門家と相談しながら手続きを進めることをお勧めします。

一度相続放棄をしたら「やっぱりやめた」は、できない!

相続放棄を検討する上で、最も重要な注意点の一つは、一度家庭裁判所に受理された相続放棄は、原則として撤回(取り消し)ができないということです。

「借金があると思っていたけれど、手続きをした後に実は多額のプラスの財産があったことが分かった」といった場合でも、残念ながら一度放棄したものを「やっぱり相続します」と翻すことはできません。

そのため、相続放棄の手続きを行う前には、被相続人の財産状況(借金や不動産だけでなく、預貯金や有価証券なども含め)をしっかりと調査することが極めて重要です。プラスの財産が借金よりも多い可能性もゼロではありません。

しかし、3ヶ月という期限の中で、被相続人の全ての財産を漏れなく調査するのは簡単なことではありません。特に、どこにどんな財産があるか分からない場合は、専門家のサポートが必要になることもあるでしょう。

全員が相続放棄しても残る可能性のある「管理義務」とは?意外な落とし穴

さらに、相続放棄をしたからといって、全ての問題から完全に解放されるわけではないケースがあることにも注意が必要です。

もし相続人全員が相続放棄をしたとしても、残された相続財産(特に不動産である実家など)について、「管理義務」が残る場合があるのです。

これは、相続財産が原因で第三者に損害を与えてしまう可能性のある場合、その損害を防止するための最低限の管理は行う必要がある、という考え方です。例えば、相続放棄した空き家が、地震や台風で倒壊し、隣家に被害を与えてしまったといった場合、損害賠償の責任を問われる可能性があります。

特に「現にその財産を占有している」場合、管理義務が残ると考えられています。例えば、相続放棄はしたけれど、たまに実家に行って掃除をしている、といったケースなどがこれに該当する可能性があります。

では、この管理義務から完全に解放されるにはどうすれば良いのでしょうか?一つの方法として、相続財産管理人を家庭裁判所に申し立てて選任してもらうという手続きがあります。相続財産管理人は、被相続人の財産を管理・清算する役割を担います。

しかし、この相続財産管理人選任の手続きには、数十万円単位の費用(予納金)がかかることが一般的です。そのため、この方法を選択することも、必ずしも容易ではありません。

相続放棄は、借金などを受け継がないための有効な手段ですが、これらのように「やっぱりやめた」ができないことや、管理義務が残る可能性があるといった意外な落とし穴が存在します。

終わりに:相続放棄を検討するなら専門家へご相談を

ここまで見てきたように、相続放棄は非常にメリットが大きい手続きである一方で、注意すべき点も多く、単純な手続きではありません。特に、期限が3ヶ月と短い中で、財産調査をしっかり行い、将来的なリスク(管理義務など)も踏まえて慎重に判断する必要があります。

相続が発生して、借金や空き家などの「負の遺産」のことでお悩みの方、あるいは自分が相続人であると知ったけれどどうすれば良いか分からないという方は、決してご自身だけで抱え込まず、まずは相続の専門家である司法書士にご相談ください。

司法書士は、相続放棄の手続きのサポートはもちろん、財産調査のアドバイスや、相続放棄以外の選択肢(限定承認など)も含めて、お客様にとって最善の方法を一緒に検討し、適切な手続きをナビゲートいたします。

当事務所でも、相続に関するご相談を承っております。どうぞお気軽にお問い合わせください。